悲劇の魔女、フィーネ 9

「あの城にはフィーネ・アドラーと言う当時17歳だった娘が住んでおりました。彼女には優しい両親がおりましたが馬車事故で亡くなり、代わりに叔父家族が城に乗り込んできたのです」


目の前の女性…フィオーネは妙に具体的な話を始めた。


「フィーネには愛する婚約者がいましたが…彼は髪の毛の黒いフィーネを嫌悪していたのです。フィーネは魔女に違いないとして。そして叔父家族の娘といつしか恋仲になり、挙句に彼女を邪魔に思う叔父家族と共謀してフィーネを殺害しようとしたのです」


その話は衝撃だった。俺の知る処では婚約者に裏切られたフィーネが悲しみと嫉妬に狂い、魔女となって城中の者を虐殺したと聞かされていたからだ。


「愛する人の裏切りと…魔女と罵られ、何度も殺されそうになったフィーネの怒りと絶望は凄まじく…ついに本物の魔女へとフィーネを生まれ変わらせたのです」


淡々と話をするフィオーネ。しかし、その瞳は悲し気に震えていた。

…本当に、なんて美しい女性なのだろう…。俺は目の前の彼女から目が離せなくなっていた。


「そして満月の夜…1人、城を離れたフィーネは森の中で飢えた狼の群れを手なずけ、彼らと共に城を目指したのです…」


飢えた狼…?まさか…?


先程から俺の背後では何者かの気配が強まっている。背筋がゾワゾワし、鳥肌が立っていた。


「フィーネは狼を城に放ち…城中の者達を生きたまま狼の餌にしたのです」


「!」


あまりの衝撃的な話に俺は言葉を失った。

そ、そんな…生きたまま狼に食べられたのか…?その事を想像するだけで気分が悪くなってくる。


だが、そんな死に方をしたとなると…。


「それでは…狼に生きながら喰い殺された人々の恐怖と苦しみは…相当のものだったでしょうね…」


「ええ、そうです。床と言わず壁にも天井にも彼らの血しぶきが飛び、美しかった城はあっという間に惨劇の城と化したのです。」


フィオーネはまるでその光景を見て来たかのように詳しく語る。聞いているこちらの胸が悪くなってくる程だ。


「成程…ですがそのような死に方では…当然彼らは浮かばれないでしょうね…」


お俺はすっかり冷めてしまったコーヒーを口に入れようとし…黒い液体に顔面を食いちぎられたような形相の化物が写り込んでいる姿を目にしてしまった。


「ヒッ!!」


ガチャンッ!!


乱暴にコーヒーカップをソーサーの上に置いてしまい、コーヒをテーブルにこぼしてしまった。


「あ…」


あまりの恐怖で背後を振り返ることすら出来ない。


「…大丈夫ですか?」


フィオーネはペーパーでテーブルに零れたコーヒーを拭きながら俺に声を掛けて来た。


「は、はい…だ、大丈夫です…。すみません、取り乱してしまって…」


女性の前で自分がこんな失態を見せてしまうなんて情けない。冷や汗が身体を伝う。


「いいえ、無理もありません…。視えてしまったのですよね?ご自身に憑りついている者を…」


零れたコーヒーを拭き取った彼女は俺をじっと見つめた。


「え、ええ…。まぁ…」


ポケットからハンカチを取り出すと、額の冷や汗をぬぐい取りながら返事をした。


「大丈夫です。私が…助けてあげましょう。両手を出して頂けますか?」


「え?ええ…」


フィオーネに言われるままに両手をテーブルの上に差し出した。すると彼女は俺の両手を無言でそっと包むように重ねて来た。


「!」


突然の事に動揺し、思わずフィオーネを見つめた。


「…」


しかし、彼女は頭を下げたままじっと目を閉じている。まるで何か祈りを捧げているように…。

そして俺は徐々に身体が楽になっていくのを感じ取っていた。あれ程酷い悪寒も嘘のように消えていた。


これは一体…?


戸惑いを感じていると、やがてフィオーネは顔を上げて俺の手をそっと離した。


「今の処、貴方に憑りついていた怨霊は全て私が取り除きました」


「え?!本当ですか?そんな事が出来るのですかっ?!」


「はい。私にはそれが出来ます。…ですが、まだ完全に取り除けた訳ではありません。夜は怨霊の力が最も強まります。そうなると…貴方の身に危険が及ぶかもしれません」



その時―


トゥルルルルル…


突如、俺のスマホが鳴り響いた。


「うわぁっ!」


またしても情けない声をあげてしまう。そして着信相手を見ると、俺が観光ガイドを頼んでいた会社からの電話だった。…一体何の用件なのだろう?


「あの…電話に出ても宜しいでしょうか?」


目の前の彼女に尋ねた。


「ええ。どうぞ」


そこでスマホをタップし、電話に出た。


「もしもし…」


『あ、ユリウス・リチャードソン様ですね?』


電話口から妙に切羽詰まった口調の男性の声が聞こえて来た。


「ええ。そうですが?」


『実は、昨日貴方のガイドを担当したチャールズ・ウォルトが…自殺したと連絡が入ったのです』


「な、何ですってっ?!」


その時、思わず目の前のフィオーネと視線が合った。


彼女はただ静かに…俺をじっと見つめていた―。




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