悲劇の魔女、フィーネ 8
「あ、貴女は…?昨夜の…」
その女性は今日も真っ黒のワンピース姿に黒いパンプスを履いていた。腰よりも長い漆黒の髪は光沢を帯び…本当に美しかった。
「あの…少し、お話宜しいでしょうか…?」
彼女は、外見だけでは無く…その声もとても美しかった―。
****
俺と彼女は近くのカフェに入った。
2人で窓際の一番奥のボックス席に座り、コーヒーを頼むとすぐに俺は彼女に話しかけた。
「それにしても嬉しいです。まさか貴女の方から俺に声を掛けてくれるなんて夢のようです」
すると、彼女は怪訝そうに首を傾げた。
「あの…私の事を御存じなのでしょうか?」
「ええ、実は昨夜偶然入ったレストランで貴女のピアノ演奏を聴いたのです。あまりにも美しい音色だったので、どうしても貴女の事が知りたくてウェイターに頼んでお話を聞かせて頂きたかったのですが…実は俺はルポライターで取材をさせて頂きたかったのです。けれど生憎貴女に断られてしまったと…」
「あ…もしかしてそれは貴方だったのですか?それは申し訳ございませんでした」
彼女が頭を下げた時―。
「お待たせ致しました」
俺と彼女の前にウェイターがコーヒーを運んできた。そして2人の前にカップを置くと「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げて去って行った。
さっそく運ばれて来たコーヒーを2人で飲むと、俺は再び声を掛けた。
「俺は、ユリウス・リチャードソンと言います。貴女の名前も教えて頂けますか?」
「名前…ですか?私は…フィオーネ…フィオーネ・アドラーと申します」
何故か、彼女はまるで俺を値踏みするかのような視線で名前を名乗った。
だが…。
「ハハハハハ…それにしても凄い偶然ですね~。この国に残る伝説の魔女と名前がとても似ているし、それにアドラーだなんて…」
笑いながらじっと彼女に言った。
「…別にアドラーと言う名字は…早々珍しくもありませんから」
そんな俺の様子を彼女は黙って見ている。その姿を見れば見る程に、もし万一あの伝説の魔女が存在していたとすると、彼女のような姿だったのではないだろうかと錯覚をしてしまいそうになる。
「あ、あの…?何か…?」
すると彼女…フィオーネは言った。
「ユリウスさん」
不意にフィオーネが俺の名を呼んだ。
「はい」
「何か…お困りの事があったのではありませんか?」
「え?」
突然の質問に戸惑った。ただでさえ、いきなり声を掛けられただけでも驚いているのに、ましてや俺がつい先ほど神父から見捨てられた事を見透かされているのではないだろうか…?
すると、俺の心の機微に彼女は気付いたのだろうか?笑みを浮かべると言った。
「実は、私はちょっとした霊感を持っておりまして…ピアニストの傍ら、占い師の仕事をしているのです」
「占い師ですか…道理で何処か神秘的なイメージの女性かと思いました」
フィオーネは黒髪に全身黒で固められた服装の為か、パッと見た感じではまるで葬儀の参列者の様に見えるが、占い師と言われればそう思えて来るから不思議なものだ。
そこで俺は答えた。
「え、ええ…確かに貴女の仰る通り…少々困ったことがありまして…」
俺はコーヒーを一口飲んだ。すると彼女は言った。
「ユリウスさん…。貴方…アドラー城跡地に行きましたね?」
「え?ええ。さすがは占い師ですね?御見通しですか?」
何故か彼女にアドラー城へ行った事を非難されているような感覚に陥った俺は罪悪感を隠す為に笑いながら言った。
「はい…分ります。何故なら…」
フィオーネは俺の肩越しを指さすと言った。
「貴方の背後には…無数の悪霊が憑りついているからですよ」
「え…?」
思わずその言葉に背筋がゾクリとした。
「ま、まさか…み、視えているんですか…?」
声が震えているのが自分でも分った。
「はい、はっきりと…」
フィオーネはコーヒーを一口飲むと悲し気に言った。
「…何故、貴方はあのような場所に行ったのですか?あんな…悍ましい殺戮があったあの城に…」
「もしかすると…貴女は何かご存じなのですか?」
「ええ、知っています…」
「お願いです、知りたいのです。その話を…是非聞かせて下さいっ!」
俺はボイスレコーダーを取り出した。すると、フィオーネは意外そうな顔をした。
「ユリウスさん、その前に貴方は自分に憑りつかれた怨霊をどうにかしたいと思わないのですか?」
「それは確かにありますが…ですが、それ以前に俺はアドラー城で何があったのか知りたいのです」
そう、俺はオカルト専門のルポライター。ガセネタに踊らされて嘘を書きたくは無かったのだ。
「いいでしょう…そこまで仰るのでしたら…お話します」
そしてフィオーネは目を閉じると、話し始めた。
300年前のアドラー城の惨劇の話を―。
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