転生妖怪ケツデカロリババァの話

葛城2号

プロローグ(いつものお約束)



 ──フッと我に返った瞬間、『あれ、俺って死んだのでは?』と彼は己の身に起こっている状況を理解出来なかった。




 何故なら、目の前には何も無い。



 どこまでも真っ黒な闇ばかりが広がり、右を見ても左を見ても振り返っても上を見ても、景色が全く変わらない。


 なのに、自分の身体だけは分かる。光っているわけでもないのに、何故か自分の身体だけはハッキリと目視する事が出来た。


 しかし、何故か裸だ。身に着けていた物、所持していた物、一切合財無くなっている。


 そのうえ、体格こそ見慣れた己のモノではあるが……生まれたその時よりぶら下がっているモノが、無くなっている。



 女に成った? 


 いや、違う。



 思わず手を当てれば、ツルリとした手応え。


 そこに、亀裂は感じない。まるで、人形の股を摩ったかのような硬い感触。


 周囲の景色も含めて、明らかに只事ではないナニカが起こっていることを彼は察した。


 ……不思議と、彼は気持ちが落ち着いたままなのを自覚していた。


 普段の己なら、動揺のあまり立ち尽くしているはずなのに。



(……夢か、いや、違う。もしかして、これが死後の世界なのか?)



 とはいえ、理由は察しがつく。それは、そうなってしまうのも仕方がない事。


 何故なら、彼の認識というか記憶をそのままに語るのであれば、己は死んでしまったと思っていたから。


 会社からの帰宅途中、突然の強烈な頭痛と共に、冷たいナニカが脳裏に広がるのを最後に……死ぬ瞬間をはっきりと記憶していた。


 実際にアレが死を迎える瞬間なのかは断言出来ない。


 だが、そうとしか思えず、実際に意識を失うその瞬間、彼は己の死を察し、何も出来ないまま……だったのを覚えている。


 とてもではないが、アレが夢なはずがない。


 感情的な面で左右される夢はあるが、痛みを伴う夢など聞いた事がない。仮にあったとしても、あれ程の激痛を伴う事があるならば、SNSなどで誰かが発信しているはず。



 ……まあ、スマホ一つ持っていない今、考えたところで何の意味もないのだけれども。



 とりあえず、彼は……いっこうに変化のない景色を前に、まずは歩き出す事にした。


 足裏には、感触は無い。なのに、歩いている。


 自分が立っているのか浮いているのかすら分からない中、彼は……ひたすら、歩き続ける。


 特に、深い意味は無い。ただ、何となく……こうしなければならないと思って、それを行動に移したまでである。


 これまた不思議な事に……不安を一切感じない。


 不安を感じない事が不思議ではあるが、それすらも彼は不思議と当然な事のように受け入れていた。



 ……もしかして、死後の感覚とはこういうモノなのだろうか? 



 なんとも表現し難い感覚ではあるが、当然の感覚なのでそれ以上の疑問が出てこない。それを含めて、死後の感覚なのだろうが……と。



 ──不意に、視界の中心に、ぽつんと光が現れた。



 それが何なのかを確認するよりも前に、光は瞬く間に勢力を増し……気付けば、景色の全てを覆っていた闇が消え、代わりに真っ白な世界が広がっていた。


 眩しくはないが、あまりの落差に彼は何度も目を瞬かせる。


 と、同時に、彼は……これは、明るくなっただけではと思った……が。



『──ようこそ、輪廻の間へ』



 ふと、声を掛けられた。ビクッと、彼は思わず震えた。


 もしかしたら、自分が思っているよりも長く闇の中を歩いていたからなのかもしれないが、一瞬、彼はそれを声ではなく音として認識した。



『ようこそ』



 けれども、振り返った彼は……直後、今しがたの音が声であり、それは己に掛けられたモノである事に気付いた。


 彼の視線の先には、輝いている人間が……いや、人間の形をしたナニカが居た。


 身長は、彼よりも少しばかり低い。だが、気配が明らかに違う。


 表情というモノは無く、黒い穴が三つ空いているだけ、必要な分だけで構成されたといった感じの、そのナニカは……変わらず、平坦な声で挨拶をしてきた。



「……ど、どうも」



 とりあえず、挨拶を返す。挨拶は、何時の時代も大事である。


 先ほどの不思議な感覚と同じく、何故か、こちらから何かをしない限りは、相手はこちらを害する事はないという事を理解していた。



『はい、どうも。お早いお着きで何より、それでは只今より転生の儀式を始めますが、よろしいですか?』

「え、いや、待ってください、転生の儀式って何ですか?」



 とはいえ、事前説明なしでいきなり本題(と、思われる)に入られると、困惑するのは彼の方である。



 というか、そもそも論ではあるが、彼は何も知らないのだ。



 あくまで、『そういうものだ』と本能的な感じで理解している気分になっているだけ。理解しているのを前提に話を進められては堪らない。


 後は、純粋に確証を得たいという理由もあって、彼は率直に自分がどのような状況に居て、此処が何処なのか尋ねた。


 すると、眼前のナニカは……相変わらず平坦な言い回しというか口調というか……ではあるが、サラサラッと教えてくれた。



 ……それらを簡潔にまとめると、だ。



 まず、彼が不思議と理解していたように、此処が死後の世界(空間?)であることは間違いない。


 今しがた通って来たのは輪廻転生をする為に進む、三途の川のようなモノ。つまり、本当の意味で魂を死後の世界へと移動する道であった。


 ナニカ曰く、実際は川ではなく、その人によって見え方が異なるだけで決まった形ではないらしい。


 彼のように真っ暗で何も見えないまま進むこともあれば、三途の川のような光景が広がっていることもある。これ自体に特に意味も理由も無い、とのこと。



 ──で、だ。



 この真っ白な空間は、言うなれば三途の川を渡った先……本当の意味で現世から離れた場所であり、次の転生先を定める場所。


 転生先は、言うなればランダム。天性の素質ならぬ、様々な才能や性質、どのような身体になるかがココで決まる……とのこと。



 ただし、このランダムに関しては、生前のカルマによって多少なり条件が変わるらしい。



 具体的には、生前の行いが良ければ恵まれた環境にて生まれ変わり、悪ければ悲惨な環境に生まれ変わる……等々。


 この罪の内訳は、ナニカにも分からない。もっと上位の存在が定めるらしく、己はあくまでその定めに従って用意するだけ……とのこと。


 そして、眼前のナニカは、言うなれば案内人、ガイドみたいなもので、ナニカ自身が出来る事は何も無い、とのこと。


 名前も無く、姿形もその人によって変わるので、特に気にする必要もない……あくまで、転生するまでのガイドと思ってもらって構わない……という事であった。



「……あの、俺が死んだ後ってどうなりましたか?」

『さあ、私には何とも……コレしか分からないし、コレのためだけに存在しておりますので……さて、宜しいですか?』

「あ、はい……」



 一通り話を聞いた彼は、率直に思っていた事を尋ねる。



 しかし、説明した通りに役割以外の事は何も分からず、役割以外の事を求められても何も出来ないとナニカは断言した。


 そう言われてしまえば、彼としては何も言えなくなる。


 なので、言われるがまま彼はナニカの横に立ち、手渡されたダーツの矢を片手に、数メートル先にて回転している超巨大なまとへ……いや、待って。



 何時の間に、出現したのか。


 いや、何時の間に変化したのか。



 気付けば、彼の前方一メートルぐらいの地点で崖となっていて。目測でも、数百……数キロメートルに及ぶのではと思ってしまうぐらいに巨大な円形の的が、クルクルと回転していた。


 いわゆる、ルーレットだ。しかも、ただ巨大なだけではない。


 端の方は分からないが、正面にて確認出来る的の文字が2,3秒毎に変化しているのが見える。さすがに、書かれている内容までは確認出来ないが……じゃ、なくて。



「……ダーツ?」

『どんな投げ方をしても、必ず的に当たるようになっています。さあ、貴方の場合は4本投げる事が出来ます』

「……それって多い方なんですか?」

『さあ、何とも言えません。今までの最高は17本、最低は1本となっております』

「……それじゃあ、この4本を投げると?」

『良いか悪いかは私には判断出来ませんが、何かしらの能力、素質、性質……そういうモノを4つ習得する事が出来ます』

「──なるほど」

『つきましては、ダーツを投げる前に選択して頂きたい事が一つありまして……』



 その言葉と共に、ナニカが告げたのは……少しばかり、使い切れない過剰分(ナニカ曰く、善行ポイントだとか)があるのでそれも使用してほしい、とのこと。


 曰く、残すと色々と不具合が生じるので、過剰分を使い切る必要がある……らしいので、彼はどのように使い切るのかを尋ねた。



「『書かれている項目を良くする』か、『記憶を保持したまま、転生先の言語を習得した状態で転生』のどちらかになります」

「記憶を保持したままの方にしてください」



 迷うまでもなく、彼は後者の記憶保持を選択した。


 あまりに早い即答だったので、『……よろしいのですか?』逆にナニカの方が驚いていたが……構うことなく、彼は首を縦に振った


 彼としては、多少なり的の中身が良くなったところで、自分が自分で無くなった時点で何の意味もない……という考えである。


 つまり、記憶を失った時点で、彼はもう己は消え去ったと同じ。それならば記憶を保持して、己が己のままでいたい……と、思うわけであった。



『分かりました、ではそのように致します』



 幸いにも、本当にどちらかを選べば良かったらしく、ナニカは特に気にした様子も無くそう答えると……さあ、と回転している的へと促した。



 ……。


 ……。


 …………で、だ。



 促されるがまま、彼はダーツを放った。


 投げ方はおろか、ダーツの矢を触ること事態が初めてだったので、4本ともまっすぐ飛ばなかったが……説明のとおり、外れる事もなかった。


 どう言えば良いのか……強いて見たままを言葉にするなら、重力の向きが異なっているのだろう。


 まるで、上から下へ落下するかのように途中で加速を始めたそれらは、的へ向かって垂直に針を立てると……ストン、と軽い音を立てて4本とも綺麗に突き刺さった。



『……はい、決まりました。それでは、生まれ変わった貴方様に備わるのは……この四つになります』



 少し間を置いてから、ナニカが何処からともなく取り出したのは4枚の紙。それらを恭しく差し出された彼は、軽く頭を下げて受け取り──。





 “妖怪(ドライアドの性質)”


 “ケツがデカい”


 “美しさ補正+++(不老派生)”


 “緑の超越者”





 ──言葉を失った。



 それは、紙に記された内容が予想外過ぎて、理解するのが遅れたから……という理由もあるが、何よりも彼の喉から声を奪ったのは、2枚目の紙。



「……あの、『ケツがデカい』って何ですか?」



 その意味が分からずに尋ねれば。



『ケツがデカい、という事です。そのままの意味です』

「……え?」

『ですから、ケツがデカいのです。言い換えれば、お尻が大きいのです。ご理解いただけましたか?』

「……こんなピンポイントな事もあるんですか?」

『ありますよ』



 嘘でしょと思って尋ねたが、現実は無情であった。


 そんな彼を他所に、ナニカはサラッと他の三つの説明を始めた。




 ──『妖怪』。


 これは、いわゆる人外の総称。言い換えれば亜人とも呼べるらしく、言葉が違うだけで本質は同じらしい。


 ドライアドと呼ばれる木の精霊の性質が備わったことで、自動的に人外に設定されたとのこと。ちなみに、あくまでも性質なだけで、ドライアドではない……とのこと。




 ──『美しさ補正+++(不老派生)』


 これは、文字通り当人の美しさに補正が入る。『+』が三つ付いているのは、通常の補正よりも3段階増し増しで補正が入るという意味。


 その結果『不老』という、美しさが損なわれない性質が備わったとのこと。




 ──『緑の超越者』


 これは、主に草木などの植物に対するスキル。植物系のスキルの中では最上位ランクのスキルであり、これはドライアドの性質が絡み合う事で、このランクになった。




 ……一つ一つの要素だけを抜き取れば、かなり当たりなのでは……と、彼は思った。



 『妖怪』は判断出来ないので分からないが、『美しさ補正』は正直嬉しい。


 必ずしも幸せになれる保証はないが、美人であるのはそれだけ得であり、はっきり言って不細工でいるよりもはるかに良い。


 『緑の超越者』なるスキルも、滅茶苦茶嬉しい。


 実際にはどのような効果になるかは分からないが、想像通りなら、このスキルさえあれば、最悪でも飢えから無縁になりそうだ。


 ……『ケツがデカい』は、正直よく分からん。本当に、どう判断すれば良いのかさっぱりわからない。


 というか、デカいって言われてもどれぐらい大きいのか分からないし、デカかったらどのような影響が出るのかが分からないからだ。



 まあ……ケツがデカいだけで、何かしらの悪影響が出るとも思えない。



 むしろ、『肥満』とかそういう明らかに悪影響が出るやつじゃなくて良かったと思った。生まれついての肥満とか、病死待った無しでしょ。


 それに比べたら、可も無く不可も無し……それで終わるならば充分だと思った……が。



『──というわけで、これにて説明を終えます。では、良き来世を』

「えっ」



 質問とか、そういうのは一切受け付けないの!? 



 そう言いたかったが、遅かった。


 あっ、と思った時にはもう、白い空間は瞬時に形容しがたい光景に切り替わり、合わせて、強烈な眠気が彼の意識を覆い……何一つ抵抗出来ないまま、彼の視界は闇に閉ざされた。




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