一章(13)
二階から二人分の足音が降りてくる。
「連れてきたわ」
「こんばんわ、リュトさん」
スファラが連れてきた相手は、村で食堂を任されているルーシャだった。
「強そうには見えないが?」
リュトは素直に思ったままを口にする。
ルーシャは華奢な女性だ。見るからに非戦闘員と言った風貌をしており、村で一番強いとは、にわかに信じがたい。
「確かに見た目はそうよね。力だって私の方があるし」
リュトの見立て通り、ルーシャに戦闘能力はないらしい。スファラは何故ルーシャを連れてきたのか。意味が分からず、リュトは眉を顰める。
「条件が満たされていないが」
リュトは信用できて、尚且つ力のある者を要求したはずだ。ルーシャは信用という点については申し分ないが、力がなくてはそもそもエルを守れない。どういうつもりなのかと、スファラに訝しげな視線を送った。
「戦う力はなくても、権力は村で一番なのよ」
スファラが自身たっぷりな表情を返してくる。
権力ときたか。まさか辺境の村で権力を誇示されるとは思いもよらなかった。
小さな集落のような村では、最年長者か物理的な強者が権威を振るっているとばかり思っていた。
しかし考えて見れば、今生きている人の多くは国で暮らした経験があるのだ。腕力や歳の数などの単純な測りで、村の長を決めたりはしないだろう。
となれば、次はルーシャが村一番の権力者だという理由が気になるところだ。
リュトは並んで立つ二人を見た。自分ごとのように胸を張るスファラと対照的に、ルーシャの方は申し訳なさそうな顔で縮こまっている。
「スファラちゃん、私そんなに偉くないのだけど……」
どうやらルーシャは、自分に権力があるとは思ってはいないようだ。まだ根拠を聞いていないため、どちらの言っていることが正しいのかわからない。
リュトは話の続きをするよう、スファラに視線で催促した。
「ルーシャさんはヴォルガンの奥さんよ。つまり、村のリーダーの奥さんなの。ルーシャさんを無下にすることは、この村を敵に回すようなものよ。誰もできやしないわ」
「私、そんな凄い人間だったかしら……」
この村は自警団が統制してるため、自警団のリーダーであるヴォルガンが、事実上の村のリーダーだ。その妻であるルーシャは、本人の思いとは関係なく一目置かれる存在になる。
「それと、ルーシャさんはこの村に初めから住んでいた人よ。信頼度も村一番なの」
原住民でリーダーの妻。確かにこの上ないカードを持っている。ルーシャが守ってくれるのならば、村でのエルの安全は心配しなくても良いだろう。
「みんなと仲良くしているだけよ?」
それに、ルーシャの人柄はリュトにも好ましいものだった。
「エルに傷一つつけさせないと誓えるか」
リュトは真剣な眼差しで、ルーシャを見つめた。
「もちろん。エルちゃんには傷ついて欲しくないから頑張るわ」
ルーシャも同じようにリュトを見返している。
「頼んだそ」
リュトは目を閉じ、小さく頭を下げた。
「ところで、スファラとリュトさんは、こんな時間にどこへ行くのかしら?」
事前に説明なく連れてこられたのだろうか。今更ながらにルーシャから問われ、リュトは呆れ顔でスファラを見やる。目が合ったスファラは、苦笑いで応えた。
「ルーシャさん。私達はこれから遠征に行った仲間の元へ向かいます。リュトがいない間、エルちゃんを守って欲しいんです」
「わかったわ。リュトさん。夫と仲間をお願いします」
「それは本人次第だな。死んだ人間は生き返らない」
「あなたは何ってこと言うの!」
とんでもないと叫ぶスファラを、リュトは愉快に思った。城にはリュトの言葉に声を荒げる者などおらず、スファラの反応は新鮮だった。
「生きてたら助けてやる。仮に死んでても、遺品ぐらいは持ち帰ってやるさ」
「……お願いします」
かけた言葉にリュトの感情は入っていない。本気でも冗談でもなく、現実とは無情で、流れた時は戻らない。それを知っているからこそ、リュトは夢を見るためだけの希望を、ルーシャに与えようとはしなかった。
「だからお前はここで自分の役目を果たせ。しくじれば、せっかく助かった命も目の前で消えることになるからな」
ヴォルガンが生きてるのか死んでいるのか分からない以上、ルーシャはリュトが帰ってくるまでの間、必死でエルを守ってくれるだろう。戦場に出られないルーシャにとって、エルを守ることがヴォルガンを守ること同義なのだから。
「行くぞ」
「必ず皆を連れて帰って来ますから。エルちゃんのこと、お願いします」
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