第一部:転生
「俺の名前は織部 冬弥」
「嫌ぁ! 裸じゃない!」
甲高い女性の悲鳴が響き渡る。それに呼応するように、部屋中が色めき立つ。
――何が起こっているのだろうか……
見慣れない部屋だ。石造りの部屋には、幅広い机が等間隔で配置してあり、それぞれの机には若い男女が立っている。皆、画一的な服を着用している。
机に向かってる男達の中には、ちらほらと服の上からでも分かる程の体格の者がいる。相当、鍛えているようだ。
裸の男は自分が置かれてる状況を整理するために、自分の体を確認する。机に向かってる男たちに比べたら、枯れ枝のように細い体が惨めな気持ちになる。
――体躯の事はこの際、どうでもいい。それよりも、何も身に着けていない事だ。
この姿では、悲鳴と罵声が飛び交う理由には十分だな、と納得する。
他にも、気になる事が一点あった。それは左胸の辺りに青白い蛍光の模様が浮かんでいる事だ。縁の下部が三角、上部が筒状。まるでフラスコみたいな模様だ。ご丁寧に縁の内側の、下半分には薬品が入っているかのように、水色で塗りつぶされている。指の腹で模様を強めにこすってみる。皮膚の感触を直に感じるだけだ。模様に触れた指には、何も付いてない。塗料でも無さそうだ。入れ墨の可能性も考えたが、それなら模様が完成する前に痛みで気づくだ。
「何、ぼけっとしてるの! 早く服を着なさいよ!」
顔を真っ赤にした女性が勢いよく立ち上がると同時に言い放った。
腰の辺りまで伸びた流麗な赤い髪は快活な印象を与えるが、整った顔立ちに縁のある眼鏡が知的な雰囲気を演出している。
言い終えた女性は着席せずに、怨みがましい視線を裸の男に浴びせている。
「何言ってんの。人は生まれた時は皆、裸なのは当然じゃない。それともお偉い貴族様は、お召し物を身に着けて生まれたのかしら?」
一人の女性が裸の男の前に割って入る。裸の男よりも一回り小さい女性が赤い髪の女性に向かって嘲るように口を開いた。
「着衣の赤子を産む母親、ね。今度、紹介してもらえないかしら?」
「イリス、話を逸らさないで!」
「そんなに見たくないなら目を閉ざすか、眼鏡を外せばいいじゃない。そんな事にも気づかないのかしら?」
「その言葉そっくりそのまま返すわ。イリスこそ、ホムンクルスの服を忘れてるじゃない。座学だけは首位の方は、そんな事も気づかないのかしら?」
「あたしは貴族様と違って、余分な衣服はありませんの。よろしければ、私に恵んでいただけませんか?」
「お生憎ですが、私は男物の服を所持してませんの」
「そんなのわかってるわよ。だから、あなたが今、身に着けてる、その制服を彼に着せればいいのよ。体格的に合いそうだから。ほらさっさと脱いで」
「嫌に決まってるでしょ! もう、あなたって人は! いつもいつも――」
裸の男の眼前にいる女性、イリスと赤い髪の女性は火花を散らしている。
「まあまあ、落ち着きなよロザリー。そんな事より、あのイリスがホムンクルスを呼び出した事の方が――」
「エリーは黙ってて!」
赤い髪の女性、ロザリーの矛先はエリーという女性に変わったようだ。
エリーは、線の細い体に少年とも少女とも見紛う無垢な瞳、サラリとしたショートヘアに中性的な顔立ちをしている。
捲し立てるロザリー、それを引きつった笑顔で受け止めるエリー。
そんな諍いを尻目にイリスが踵を返す。裸の男とイリスが対面する形になる。
肩の辺りまで伸ばした灰色の髪、少女のような幼さを残した顔立ち、深紅のつぶらな瞳が印象的だ。裸の男よりも一回り小さい体躯に、小ぶりな胸が幼さに拍車をかけている。子供と言われても、違和感が無い。そんな愛らしい少女は、鼻につくケミカル臭を漂わせている。
裸の男は今更ながら、生まれたままの姿でいる事が恥ずかしくなり、慌ててシンボルを手で覆った。自然と腰が引き気味になる。
「騒がしくてゴメンね。まさか成功するとは思ってなかったから、服も用意してなくて。えっと、何て呼べば」
「俺の名前は織部 冬弥。姓がオリベ、名がトウヤ」
裸の男は、自分の氏名を告げた。相手の名前から察するに海外の方なので、姓と名をきちんと伝える。
イリスは年頃の男の裸を見ても、顔色一つ変えてない。目を瞑るわけでもなく、まるで自分が視界に入ってないように思える。
――下手に騒がないのは助かるけど、ちょっと物足りない気がする。
トウヤは男として複雑な心境になった。
「それじゃトウヤって呼べばいいのね、あたしはイリス。あなたの――」
イリスの言葉を遮るように、戸が開け放たれた。戸が壁にぶつかるが部屋に響くと同時に喧噪が無くなる。
「あんたら! 廊下まで声が響いてるよ!」
怒気をはらむ、しわがれた声が続いた。ローブを羽織った老婆がずかずかと部屋に入ってくる。
「まったく私がお手洗いに行ってる間くらい、静かに待てないのかい」
「ライラ先生、服を調達したいので少しお時間をください」
「服? 確かにこの後すぐに模擬戦だけど、制服はまだ破けてないだろうに」
「いえ、私じゃなくて、こっちの」
そういってイリスは人差し指をトウヤに向けた。
「ぎゃああああああ! 何ておぞましいものを見せつけるのよ、あんたは! ああ、汚らわしい! もうホムンクルスを造るなら、可憐な乙女に限るってあれほど言ったのに」
老婆は悲鳴を上げると力強く目を瞑った。ただでさえ皺だらけの顔に、さらに深い皺が刻まれていく。
「おえええええ、気色悪っ! 目を閉ざしても、瞼に焼きついてるわ」
ライラは全身を振るわせつつ、背中を丸めている。
――あんな体いっぱいに嫌悪感を表すなら、いっそのこと無視してくれた方が気が楽だ。それとも年配に相応しくない反応が面白くないのだろうか? いやいや俺は露出症じゃないはずだ。現に今も冷静そのものだ。裸だけど。
「泥でも葉っぱでもいいから、さっさとその醜い体を隠しておくれ! このままじゃ一生、目開けらんないよ」
ライラは悪態をつきつつも、その体は部屋の隅っこでうずくまっている。トウヤは、親に叱られた子供を見ているようで、居た堪れない気持ちになった。
「トウヤ、服ちょっと待っててね」
イリスは自分の体を値踏みをするように見ている。寸法でも測っているのだろうか。
「あ!?」
「どうした?」
「トウヤは、衣服って分かる? ちゃんと一人で着られる?」
「バカにしてんのか!? 服を知ってるからこそ、今の姿が恥ずかしくて、シンボルを隠してんだろうが!」
「二人とも、早く服を取りに行ってきなさい!」ロザリーが声を上げた。
程なくして、トウヤとイリスは部屋を出て行った。
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