第7話 一緒にお風呂に入ることくらい、当然のことでしょう?

 「これは……風呂なのか?」



 どうもこんにちは。


 知らぬ間に基本的人権が売りに出され、知らぬ間に買われた星見誠司です。


 俺は今、購入者である満月冬華さんに風呂に連れられたわけだけど……。


 「大浴場かな」

 「何を言っているの? ただのお風呂じゃない」

 「はい?」


 風呂とは、金属で正方形みたいな……一人はいればかなり狭い場所ではないのか?


 目の前に広がるのは巨大なホテルの中に設置されているような……温泉場と見間違えるくらいに広い。


 まず地面が大理石な時点で浮世離れしている。


 それに、浴槽が一つではない。効能などの種類が違うと思われる湯船がある。


 なんと外側に続く扉もあり、露天風呂さえも備えている。


 個人所有の風呂とはとても思えない。


 「……少しいいかな」

 「何かしら。特別に質問を許すわ」

 「ありがと。あの、満月さんは……」

 「冬華様でいいわよ」

 「じゃあね、冬華さん……いつもここに一人で入っているの?」


 さん、付け呼びに不服といった表情を露骨に見せるが、とりあえず俺は気づかないふりをして質問を続ける。 


 「そうよ。たまに妹が入ることはあるけど……一人で入るけど」

 「寂しくない、こんなに広いのに」

 「な、なんて下品な……私が異性と風呂に入っているような淫らな女に見えるというのかしら!?」

 「いや……」


 そこまでいってない。


 「姉妹がいるなら入るとかさ、女の人のメイドさんとか、いるんでしょ?」 

 「………………」


 さて、目の前の麗しいご令嬢は盛大に自爆したわけだけど……。


 「もしかしてだけどさ」

 「……なによ」


 キッ、と睨みつける。


 やや涙目なのも相まって、気迫のようなものは全然に感じられない。


 「冬華さんってさ、案外むっつりなの? ヘタレだけど」

 「む、むっつりなんかじゃないわよ! というか、ヘタレってなによ!」


 心外だと、両腕を振り、地団駄を踏んで……身振り手振りで怒りをあらわにする冬華さん。


 前半の“むっつり”の部分は兎も角、“ヘタレ”は流石に否定できないだろう。


 自分から煽情的な態度をしておいて、反撃を食らうと途端にダウンしたのだから……。


 まぁ、あの場面でほんとにこっちから唇を奪うことはなかったけどさ。


 「話がそれたわね……さっさとお風呂をつかいなさい。それで疲れも取れるでしょうし」


 誰が疲れさせているのやら、と内心で思う。


 悪い人ではないのはわかるけど、まだ彼女の人格を図りかねている。


 それに、この風呂に入るのが怖いのもあった。


 よく言うだろ? 普段食事にお金をかけていない人が、急に超高級なコース料理を食べると胃が驚いて体調が悪くなる……というやつだ。


 この場所では汚れは落とせても、精神面の疲れは取れないだろう。


 「どうしたのよ」


 俺がじっと冬華さんを見ていると、彼女は気づいて声をかけてくる。 


 「まぁ、うん。お言葉に甘えてお風呂は使わせてもらうけどさ」

 「感謝しなさい、この世界中の職人の才を散りばめたお風呂に入れる者はそういないんだから」

 「あの……お風呂入りたいんだけど、というか、服を脱ぎたいんだけど……外に出ないつもり?」

 「はぁ……」


 溜息をつかれた!?


 「アナタ、本当におばかね」

 「えっ」

 「なぜペットが風呂に入るのに、主人の私が外に出なければいけないのよ」

 「えっ」


 これは困ったことになったぞ。


 まさかここに居座るつもりだとは……。


 こういうのって、許可を貰う前に脱げだしたら怒られるものだと思っていた。


 「あの、本当に出てもらっていいかな。流石に女性に見られながら風呂ってのは……」

 「わかったわよ――」


 納得してもらえたようで。


 「私も入るわ、それで平等でしょう」


 前言撤回。


 納得はしていなかったようだ。


 というか……所有物という割には平等であることは認めてくれるか。


 なんというか違和感が凄い。


 「ああもう! じれったいわね!」


 すると、突然、お嬢様は俺のズボンのウェスト部分に指をかけ始める。


 「ええ!?」

 「面倒くさいわね! 脱がせてあげるからさっさと入りなさい!」 

 「んなご無体なっ……」


 着物の腰紐に手をかける悪代官のように、慣れた手つきで冬華さんは俺のズボンのベルトを素早く外した。


 すると、ますますズボンは緩くなり――下着が露わになる。


 「なっ、なるほど、お父様とは違う形態の下着なのね……ほら、さっさと下着も脱ぎなさい!」

 「少し気圧されてるじゃないか! わかった、抵抗しないから強引に脱がすのは……」

 「あ、アナタが遅いのが悪いのでしょう!? ほら、はーやーくー!」


 そして彼女はそのまま上着のシャツにも手をかけ始める。



 すると、突然、室内全域に警報が鳴り響く。


 「爺や!」


 彼女が呼ぶと数秒の内に爺やさんが到着する。


 「お嬢様、お忙しい所申し訳ありません。この屋敷に賊が入り込みました」

 「賊……?」


 物騒な話だ。 


 だけど、山中にあるとはいえ、誰が見ても金持ちであるから泥棒は狙うのかもしれない。


 「でもいったい、こんな時間にどなたが……」


 そのとき、浴場の壁が崩れた!


 「私だよ!」


 そこには、スコップを片手に乗り込んできた……夏未の姿があった。

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