ダンジョン・イン・アナザーワールド

風ビン小僧(カラビンコゾウ)

プロローグ 異端者の行進

どす黒い夜空から白い球体が町に降り注ぐ。幾つも幾つも。幾つも。

 それらは家を焼き、潰し、並びに人の尊厳さえも踏み躙っていった。

 そして煙と血飛沫は辺りを覆い、石畳は割れ、次第に地獄絵図となる。


 ――ある町角。


 その場所は路地裏であり、左右にそびえ立つ壁が少女を守っていた。

 人気は無く、騒音は遠いが、安心は出来ない。


「――――」


 少女は身を屈め、震えながら両親を待つ。

 彼女にとって今日は七回目の誕生日。

 いつも両親からサプライズをされ、その度に喜びを噛み締めていたのだが、とんでもない皮肉となってしまった。


「誰か……誰か」


 叶わないのに希望を持つ。

 それだけが、彼女を唯一現世に繋ぎ止める要素であったからだ。


 息を殺し、涙を押し込めてただ只管に。ただ只管に待つ。

 だが尻から伝わってくる石畳の冷たさと、約十メートル先で立ち昇った火柱が、少女の希望を毟り取ろうとする。


「ひっ――」


 近くに、かち割れた瓦礫が飛ぶ音と共に白い球体が落ちてきた。何度も何度も聞いた音だ。

 それらに従って砂煙と歪な匂いが漂ってくる。

 少女は膝に爪を食い込ませた。


 ――白い球体が芽吹き、息をし始める。


「誕生日ぎお祝あっあっアっメアりっどこ逃げて、ガ、逃げて、ガ、お父さん殺ざないでェっ!!」


 少女は目を見開く。

 心が、体が、存在自体が酷く強張っていくのを感じる。

 母親との思い出が連続で脳裏に浮かびあがった。


 今まで、少女は耐えてきた。耐えてきたのだ。

 しかし、もう、限界だ。その矮小な躰ではもう耐えられない。

 膝から血が流れる。


「――おか」


 その時、どこか粘着質な音が鳴った。

 その正体は言わずもがな、目の前に転がってきた妊婦と思わしき物体。

 腹は両断され、未発達の赤子がそこから漏れ出していた。

 千切れかけた臍の緒だけが、二つの物体を繋ぎ止めている。


 立ち上がりかけていた少女。

 その足に纏わり付いてくる赤い液体に滴を落としながらゆっくりと、振り返る。


 ――その後に起こった騒音は、この町から上がる絶叫の一部と化した。



               ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「――召喚。爆灯鼠ばくとうねずみ500」


 主の声に応じ、尻尾が導火線になっている黒鼠が周辺からボゴボゴと溢れ出す。

 それらは既に焦土化した草原を駆けずり回り、打ち潰された死体の下に潜り込んでいった。


「この……ガキがッ!!」


 他の探検者達が白く巨大な怪物群と殺し合い、空と地に様々な魔法が炸裂する。

 そしてまた一人また一人と散っていく中、顔面に大きな火傷を負った男は叫んだ。


 その全身は自らの血に濡れており、左肩から下は消失している。

 満身創痍。まさにこの言葉が似合う程、男の体はボロボロであった。


「愛も憎悪もいらない。夢も希望もいらない。俺は、俺はずっとゴミのままでいい。だから――」


 対して、空虚な顔をしながら独り言を呟く少年は無傷。

 そして、その全身は返り血で染まっていた。


 ここに来る道中で敵の腕を切り落とし、首を捻り潰し、また、相手の肋骨を引き抜きその腹に突き刺したからだ。


 ――つまり、もうこの少年を止められる者は誰も居ない。


「戻れ 統合 倍増 私の体となれッ!!」


 この惨劇の元凶である男の生存本能が叫ぶ瞬間。

 荒々しく息を吐き、口の周りを赤黒い血で汚した少年に異常な殺意を向けながら声を響かせた。


 そして、それに呼応する死体の顔は薔薇の形に歪み、その全身から白く泡が吹き上がると共に、巨大に異質に変化していく中。


「ぶっ殺してやるよ。――開放ッ! "血鉈ニリケル"ッ!!」


 "シシメミナト"はとても人とは思えない笑みを浮かべ、口から黒煙を吐きながら叫んだ。


 ――今、最終決戦が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る