初恋は最期の時まで秘密
龍神雲
初恋は最期の時まで秘密
私こと、八尾りんか16歳は男子から好きだと告白されることが多々ある、だが一度も付き合ったことはなかった。私がある条件を伝えた途端にどの男子も告白をなかったことにして逃げてしまうからだ。条件を伝えてなかったり逃げたりするのはそこまで好きじゃなかった話になるが、告白をなかったことにされる度にもやもやとし、幼馴染みで幼稚園から高校になってもよくつるむ菅村ひとし、通称スガピに屋上でランチをする際に話すのが恒例で──
「りんかはさぁ、なんでいっつも条件を言っちゃうわけ?ぜってぇ萎えるって」
毎度突っ込まれるという流れになっていた。毎度のことなのでこの流れがくるのは分かっていたがやはり言い返されると腹立たしく、自ずと反論してしまう。
「なんでって、最初に言えば本気度分かるじゃん。本気で好きか嫌いかぐらい」
「まぁ、そりゃそうだけど……でもさ、一緒に墓に入るならいいよなんて条件出されたら引くし逃げんの当たり前だぞ」
「明るく言ってるのに?」
「うん、明るさは関係ない」
「でもさ、付き合うってそういうことじゃないの?」
「うーん……」
スガピは紙パックのジュースを飲みながら頭を捻り「そうだけど、そうじゃないんだよなぁ」と口にした。煮え切らない返事にムカッとするも購買で買ったサンドイッチに齧り付きながら聞き返す。
「じゃあさ、スガピはどんな子と付き合いたいって思うわけ?」
「俺?俺はまぁ、可愛くて清楚で素直な子かな」
「そんな子いるわけないでしょ。どんなに可愛い子でもみんな心にどす黒い闇抱えってからな。何なら自分より可愛い子見付けたら容赦なく貶したり集団で蹴落とそうとすっからな」
「ちょ……おま、そういうこと言うのマジで止めてくんねぇ?それにそういうのは一部だろうが。つーか毎回さ、俺に当たり散らすのもやめてや」
「だって、これ言えるの幼馴染みのスガピしかいないし。同姓の友達なんかに話したら『え~なにそれ、自慢?モテる女は大変ね』って思われそうだし……はぁ、もう面倒でしんどい。なんで女に生まれたんだろう……ねぇスガピ、私とスガピが入れ替わる奇跡が起きないかな?」
「起きるわけないだろう。それにそんな奇跡起きても困るわ」
スガピは紙パックのジュースを飲み干すと、焼きそばパンを齧りながら考えを口にした。
「俺が思うにさ、りんかは悪くないし何も間違っちゃいないと思うよ。だけどちょっと行き過ぎてんだよ。告白されたあとに、墓まで入りたいってことだよねって聞くのとかさ、それ止めれば改善されると思うぞ。それに付き合っていく内にそいつのこと理解できるようにもなるし、好き嫌いや合う合わないも見れるし、分かるっしょ?だからいきなり墓までって言うのはなぁ~って思うわけよ」
「うん──でも知ってるでしょ。私がそれを言う理由」
「あれだろ、童話読んでからだろ。タイトルは……」
「三枚の蛇の葉だよ」
三枚の蛇の葉というのはグリム童話で美しい王女が先に死んだ際、王女と共にお墓に入る人を結婚条件として展開される話だ。
「それそれ。なんというか、乙女だな」
「だって、その話が好きなんだもん。私の人生のバイブル!でも実際は残酷なんだよね、童話の真実。だけど私は敢えてその残酷な部分は見ないで、綺麗な部分だけを切り取ってバイブルにしてるだけだけどね」
「お、おう……まぁなんだ、頑張れや。応援してる」
「うん、ありがと」
幼馴染みのスガピとのランチタイムはとても楽しい。幼馴染みだからこそ友達に言えないことも話せるし、スガピも遠慮なく言ってくれるので物事が解決しないにせよすっきりできた。だけどスガピにもいつか好きな人ができて彼女ができたりしたらきっとこのランチタイムもなくなり、気軽に話すこともなくなるだろう。それならいっそスガピが彼氏になればいい話だが、幼稚園の頃からずっと一緒にいるせいかドキドキせず、そもそもスガピに対し恋心の「こ」の字も抱いたことがない──が、少し気になったので聞いてみた。
「ねぇスガピはさ、今好きな人っていたりする?」
「なんだよ急に、どした」
「いやさ、いるならあんま一緒にいるのよくなくない?って思って」
「いないし。でもまぁ、気になる子はいるけどな」
「そうなんだ、どんな子?さっき言ってた可愛くて清楚で素直な子?そういう子はスガピには絶対振り向かないと思うよ?」
「うっせ!いいんだよ、思うのは自由だろが」
そんな会話をしている内に昼休み終了の時刻が近付いてきた、私もスガピも食事を済ませたので一緒に教室に戻る。
「そうだ、明日は部活の連中とミーティングしながら食うことになったから、また明後日な」
「うん、分かった。あ、そういえばさ、新任の美術の先生、24歳の男の先生が転任してきたけど妙に女生徒にモテてるよね。なんでだろう?」
「そういやモテてんな。わりと囲まれてること多いよなあの先生。うーん……顔じゃね?」
「顔かぁ」
そして教室の席に着いたと同時に五時限目のチャイムが鳴り教室の扉が開くが、現れたのは今し方話していた新任の美術の幸村たかし先生だった。改めて全体像をまじまじと見るが容姿は普通だ。何故この先生が女生徒から人気があるのか今一分からないが教室がざわついた、何故なら五時限目は美術ではなく国語の授業だからだ。すると幸村先生はざわつきを制してから説明した。
「国語の先生が体調不良の為、この時間は自習になりました。各自静かに勉学に励んで下さい」
自習を促した後、幸村先生は教卓に設置された椅子に座り本を開いた。私は前よりの席に座っていたので先生が読み始めた本の表紙が自ずと視界に入り直後、二度見してしまった。というのもその本は私が好きな三枚の蛇の葉が載っているグリム童話で尚且つ初版本だったからだ。
(この先生も好きなんだ!)
感性を磨く為に読んでいるのか、それともただ単純に好きで読んでいるかは分からないが一気にこの先生に興味が湧き、三枚の蛇の葉の件を聞いてみたくなった。そして授業終わりのチャイムが鳴ったので早速、先生の側に近付き話し掛ける。
「幸村先生、先生もグリム童話が好きなんですか?」
「え?ああ、うん、好きだよ。残酷だけど人間の本質が此処には書き記されている気がしてね。何度も読み返す度に違う印象を受けて、それが良い刺激になるんだ。勿論グリム童話以外の本も読むんだけど、一番はこのグリム童話が好きかな」
幸村先生が穏やかに語った内容に私は酷く共感してしまった、そうなのだ、何度も読み返す内に違った印象、解釈にもなるのだ。しかし私が知りたいのは三枚の蛇の葉の件なのでそれを聞いていく。
「幸村先生、私はそのグリム童話に載ってる三枚の蛇の葉の話が好きで、好き過ぎて、告白してきた男子に墓まで一緒だよねって、王女が出す条件と同じ条件で言って返すんですが毎回引かれ、告白自体なかったことにされるんです」
「ほぉ、そうなんだ」
「幸村先生も墓まで一緒といった条件を言われたら、引きますか?」
「そうだなぁ……私はそこは重要視してないから言われても引かないかな。ただ、人の心はどうなるか分からない物だから、それでもいいと受け入れてくれる人なら成立するんじゃないかな」
幸村先生の話は肯定や否定とは違い中立だった。でも中立としてもどこか違うような感じかしそれが気になるが、幸村先生は話題を転じていく。
「君は確か、八尾さんだったよね。もし良ければ今日から美術部でデッサンするのはどうかな?まだ他の部活に入部してなければだけど……」
「デッサンですか。絵は下手ですが、それでも構いませんか?」
「絵の上手い下手は関係ないよ。さっき八尾さんが言ってた条件の理想の人を一度絵で描いたらどうかなって思ってね。描くことで客観視できるし、それがどういう意味かも理解できるかもしれない。そこでもう一度じっくり考えるのもいいんじゃないかなって思ったんだけど、どうかな?」
「なるほど、それありです!私、帰宅部なんで今日から美術部で描かせて下さい!」
「うん、それじゃあ八尾さんの席を用意して待ってるね」
そして迎えた放課後、美術部に行けば何人かの生徒が既に集まっていた。男子生徒は数人で殆どが女子生徒ばかりだが円卓上に囲んで座り、イーゼルに立てたキャンバスに向かって描いている。だがモデルとする人物も物も無いまま皆黙々と何かを描いているので異様な感じだが、どの生徒も真剣だ。
「やぁ八尾さん、早速きてくれたんだね。君の席はそこだよ」
幸村先生に呼ばれ空いている席に案内され座ったところで、改めて説明をしてくれた。
「いいかい八尾さん。君が理想とする者を強く念じながら思いを込めて、一筆一筆丁寧に描いていくんだ。下手でも構わない、パースも一切気にする必要性はない、ただ自分が思う感情を入れてそれを筆にのせて描きあげる、ただそれだけでいい」
「分かりました」
イーゼルに立てたキャンバスに向き合った私は早速、三枚の蛇の葉の童話に登場する王女様と自身が理想とする、墓に入りそうな人物を想像しながら描いていった。下手でも構わない、パースも一切気にする必要性はない、それを復唱しながら一筆一筆描く──キャンバスに一筆のせるごとに妙な緊張が走った、難しいと感じつつも段々と形にはなるがよく見ると人の形を成していないような気がした。これが私の理想としていた人物なのか、そう考え自ずと筆が止まる。これは単純に好きだと、何も考えずに告白してきた男子と変わらない気がしたからだ──
「うん、いいじゃない」
幸村先生は褒めてくれた。しかしどの辺をいいとしているかが分からず返事に窮すれば、幸村先生は続きを口にした。
「ここには八尾さんの『好き』な気持ちと『理想』と『心の葛藤』が表現されてていいなって先生は思った。特に葛藤、迷いがあるよね。八尾さん自身もそれに気付いたんじゃないかな?」
「はい、気付きました。私も結局、ただ単純に告白してきた男子と変わらないなって。グリム童話の話にあった、三枚の蛇の葉のような墓まで一緒に入ってくれる人を思って描いてたんですけど、いざ付き合って、お互いに合わない部分があって、それを許容できるかできないかの場面がきた時、もし合わないなってなればお墓まで一緒なんて考えは先ず無理で、それで私がお墓まで一緒がいいなって思えた相手でも、相手がそうでなければ結局は駄目で、私が考えていた理想の恋愛も、結婚も、最期の時も──付き合うと決めた瞬間から答えを出すのは無理で、難しいのがよく分かりました」
「うん、そうだね。でも先生はね、八尾さんが言った墓までって考えはとても一途で素敵だと感じたよ。その一途な思いを大事にして色々な経験を積み重ねていけば八尾さんは間違いなく強く成長できる」
「ありがとう御座います。私、色々な経験を重ねていきます。恋愛だけに限らず、勉強もしていきます」
「うん。応援してるよ」
今ので幸村先生が女生徒に人気の理由がはっきり分かった。本人が抱える問題や本質部分を描かせて引き出し、さっと答えに導いて解決させてしまうからだ。
そしてその日から私の恋愛観の本質部分は変わらなかったが日常は大きく変化した。二人仲良く墓までというのを前提に、将来何になりたいかを真剣に考えるようになった。将来を決めるには知識や経験が必要だと知った私はグリム童話に限らず、今まで読まなかったジャンルの本も読んだ。本を読むと知見が深まると幸村先生が教えてくれたからだ。そして何の為に勉強をしているのか、何の為に勉強をしたいのか、それも気付けるようになり将来も定まった。今まで漠然としたことが急に明瞭になったせいか愚痴も減り、話す内容まで変わり充足感も訪れた。しかし幼馴染みのスガピは私が変わってから口数が減った。私が愚痴を言わなくなったからなのか、はたまた私が変わったからなのか、前みたいに気軽に返してくれず頷くことが増えていた。それがとても不思議で、前みたいに会話がしたかった私は然り気無く聞いてみた。
「ねぇスガピ、前と違ってあんまり喋らなくなったけど……なんか悩みでもあるの?」
するとスガピは「悪い……」と口にし、真面目に切り出した。
「いや、なんつーかさ、りんかは変わったなと思って。勿論、良い意味でだよ。でさ、りんかの話を聞いてたら俺も頑張らんとなって思ったわけよ。でもどう頑張っていいか分からんくてさ、ちょっと悩んでた……って、なんかすまん。愚痴みたいになって」
「そうなんだ!スガピも悩むんだね、へぇ~意外」
「いや俺だって悩むっつーの!それでさ、りんかが将来の夢を叶えたら、その、俺はどうするのがいいのかなって思って……」
「ん?なんで私が将来の夢を叶えたら、スガピが関係してくるのさ?」
「いや、だからさ……」
スガピは口籠りとてつもなく言いにくそうにしていた。こんなスガピを見るのは初めてだったので物珍しく、ついまじまじと見ていればスガピの顔が見る間に赤くなり、耳までも赤く染まってしまった。
「スガピ、大丈夫?なんか顔が赤いよ、熱でもあるの?」
「ねぇし。つーか何で気付かないんだよ……」
「何が?」
そんな応酬をする最中、屋上の扉が開き、そこに現れたのは美術の幸村先生だった。
「あ、幸村先生、こんにちは!」
「こんにちは、八尾さんに、菅村君だね。お昼のランチタイムの邪魔しちゃったみたいかな?ごめんね、直ぐに行くね」
「いえいえ、邪魔じゃないですよ。あ、そうだ!スガピの悩み、幸村先生だったら解決してくれると思うよ!幸村先生に相談してみたら?ねぇ幸村先生!今、スガピめっちゃ悩んでるみたいなんですよ」
幸村先生に言うと何故かスガピは慌てて「いいから」と止めてきたが、私が告げた『悩み』という言葉に反応した幸村先生は興味深げに近付き切り出した。
「悩みがあれば、一度美術部においでね」
幸村先生はどの生徒にも同じように対応するので、これも人気の一つだ。
「……考えときます」
スガピがおずおずと受け答えれば幸村先生は微笑み、それから屋上で新鮮な空気を吸い込むように伸びをすると去って行った。
「スガピの悩みも解決するといいね。応援してるね?あれ、これ前にスガピが言ってた言葉なのに、私が言うようになってるね。不思議」
「成長したってことだろ。取り敢えずさ、俺もまじで頑張るわ」
「うん」
そんなスガピにときめくも直ぐに心の奥底にしまった。実はスガピの気持ちは言いにくそうにしてる時に気付いた。だけどこの関係性を壊したくなくて態と気付かないふりをした。いつかばれてしまいそうだがそれまでは秘めたい。三枚の蛇の葉のような、二人仲良く墓までに憧れているからだ。なので私の夢が実現した時もその先もスガピが一緒にいて気持ちが変わらず続くなら『こんな初恋をしてたんだよ』って人生最期に打ち明けて終えたい。だって初恋は一生に一度きりなのだから、ね?
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