幼馴染として思うこと

「……悔しいけど美味しすぎる!!」

「だよなぁ。本当に姉さんの作る弁当は美味いよ」


 昼休み、今日に限っては……もしかしたら今日から多くなるかもしれないけれど、亜梨花と二人っきりで昼食を食べていた。いつもの面子で食べるのも良かったのだが、亜梨花から二人で食べたそうな雰囲気を感じたので今に至る。


「私もそこそこ料理は出来る方だけど……これには勝てないかなぁ」


 ぐぬぬと悔しそうに唸る亜梨花に苦笑する。姉さんの場合は弁当だけでなく普段の料理も本当に美味しいのだ。兄さんから聞いたことだが、姉さんが料理をここまで上手になったのは俺の笑顔が見たかったからだそうだ……うん、こんなことを聞かされるともっと姉さんのことを好きになっちゃうよな。


「今麻美さんのことを考えてるね?」

「……分かるか?」

「分かるよ。蓮君のことだもん」


 不満そうな様子はなく、むしろ嬉しそうに……そしてどこか羨ましそうだった。


「私は弟は居るけど兄や姉は居ないからさ。もし居たらこんな風なのかなってちょっと羨ましく思っちゃうよ」

「そっか。でもこれから先を考えたら亜梨花にとっても姉と兄みたいなもんなんだし甘えてみてもいいんじゃないか?」


 いつぞや女狐とか女郎蜘蛛とか言い合っていたけど、二人ともお互いを尊重している部分は感じるし何より亜梨花も姉さんもお互いを信頼している。兄さんだって亜梨花のことを気に掛けているし、俺が言ったように甘やかしてくれると思うんだが。

 

「う~ん、それは魅力的だけど甘えるなら蓮君がいいなぁ」


 チラッチラッとこちらを見てくる亜梨花……ふむ。俺としても亜梨花に甘えられるのは嫌ではないけど流石に弁当を食べている途中だからな。亜梨花の構ってほしいオーラをヒシヒシと感じつつ、姉さんが作ってくれた弁当を食べ終えた。


「おいで、亜梨花」


 お互いに昼食を終えてすぐに、手を広げて亜梨花を誘うと彼女はすぐに胸に飛び込んで来た。椅子に座ってたりしてたらこういうことをするのも難しいが今俺たちが居るのは屋上だ。敷物を敷いて地面に座っているからこそできることでもある。コンクリートの壁を背もたれにしているから少し汚れるけど……亜梨花に甘えてもらっていると思えば大したことじゃない。


「私って単純だな……こうやってるだけで幸せなんだもん」

「そいつは俺も同じだな。こうしてるだけで本当に安心する」


 片方の手で頭を撫でながら、もう片方の手で背中に手を回すというこの体勢……何だろうか、こうしてただお互いに抱きしめ合っているだけなのに凄く幸せな気分になれる。いい匂いと柔らかな感触、なるほど……これは癖になるかもしれない。

 そんな風に抱きしめ合っていると、ガチャッと屋上に続くドアが開いた。


「そうそう、それであいつが――」

「どうしたの……あ」


 入ってきたのは二人の女子、あまり見たことがない顔なのでおそらく上の学年の人だろう。二人は抱きしめ合っている俺たち二人を見て口をあんぐり開けてフリーズしていた。そしてしばらくして再起動するかのように、二人してほぼ同時に回れ右をした。


「ご、ごゆっくり~」

「お邪魔しました~」


 バタンと扉が閉まった。

 彼女たちにしても俺にしても、どちらかも言葉を発することは出来なかった。彼女たちからすれば不意打ちに近いし、当事者の俺としてもああいう場合何と取り繕えばいいのか分からなかった。


「? どうしたの?」

「いや、さっき人が来てさ」

「本当に? 全然気づかなかったなぁ……」


 どうやら亜梨花は全く気付かなかったみたいだ。さて、そろそろこの体勢に数分は経つのだが……亜梨花は全く退く気配がない。それどころか顔を上げて俺に唇を突き出してくる始末だ。


「……ぅん」


 そしてそれに応えないわけにもいかず、俺は亜梨花にキスをした。触れ合い啄むようなキス、だが亜梨花は次いで舌を入れて来た。いきなりのことに動揺するものの、拒むつもりはないので俺も応えるように舌を絡める。

 常々……というか疑問に思うのだが、どうしてこうやって深いキスをすると人間って生き物はスイッチが入ってしまうのだろう。そういう風に脳の構造が出来ているのか、それともまた何か別の理由があるのか。


「麻美さんはフライングしたんだもん。私もいいよね?」

「……………」


 コクリと、俺は小さく頷いた。





 さて、昼休みにそんな時間を過ごして午後からの授業が始まる。午後最初の授業を終えてトイレに行きたくなり、健一と一緒にトイレを済ました後にそれは起こった。


「神里、ちょっといいか?」

「うあ?」


 突然の問いかけに気の抜けた声が出てしまった。一体誰だと視線を向けると、そこに居たのは今朝俺に意味深な視線を向けていたクラスメイトだった。


「三上? 蓮に何の用だ?」


 三上と呼ばれたその男子はこんなことを口にした。


「お前、夢野さんに何したんだ?」

「……は?」


 何したんだって……何もしたつもりはないんだが。健一と一緒に顔を見合わせると、苛立ったように三上は言葉を続けた。


「おかしいだろ。夢野さんはずっと有坂と一緒に居た……それなのにいきなり夢野さんはお前と付き合い始めるし、有坂との仲は悪くなってるしどう考えてもお前が何かしたんだろう!」


 なるほど、ようやく言いたいことが分かった。朝に向けられていた視線の意味、どうやら三上は俺が亜梨花に何かをしたのだと思っているようだった。確かに俺も部外者だったら亜梨花の変わりようには疑問を持つくらい驚くだろう……けれど、俺たちの事情は他人に理解できることじゃない。

 しかし……どう答えるのがベストだろうか。少し考え込んでいると、痺れを切らした三上が俺の胸倉を掴んだ。


「有坂だから……あいつだから俺も諦めたのに! なんでいきなりお前なんかが――」


 認められない、そんな強い意志を感じさせるその瞳に俺はあの夢の出来事を幻視した。決して俺ではないのに、突き飛ばされて電車に轢かれた時のあの光景が鮮明に脳裏に蘇る。


「……っ!」


 肉が飛び散り飛散するようなあり得ない感覚、亜梨花と姉さんが泣き崩れる光景……見たことがなく感じたことがないそれが一気に脳に入り込んできた。唐突な吐き気に思わず手で口を抑えるが、そんな俺の様子も見ても三上は解放してくれない。


「おい、何か言えよ!!」

「いい加減にしろよ三上! 夢野は何もされちゃいねえ、どうみても蓮のことが好きじゃねえか!!」


 傍に居た健一が三上を突き飛ばしたことで俺はようやく解放された。突然の幻視と胸を襲う気持ち悪さ……背中を擦ってくれる健一の優しさに感謝しつつ、顔を上げようとした時あいつの……有坂の声が聞こえた。


「何してるんだ! 神里君大丈夫か?」


 俺と三上の間に入るように有坂が現れた。三上は突然現れた有坂に驚きつつ、でもそいつがと俺を指さして言葉を続けようしたもののそれを有坂が遮った。


「彼は亜梨花に何もしてないよ。それどころか亜梨花は本当に神里君が好きなんだ。だから変な言いがかりはやめてくれ」


 有坂に三上も何かを言い返そうとするが、有坂はこう言葉を続けた。


「俺にも色々あったし思うことはある。でも、今日の亜梨花の幸せそうな姿を見たら神里君が何かしただなんて思えないだろう? 亜梨花が、あの子が幸せそうに笑ってる。幼馴染として、俺はそれが何よりも嬉しいって思ってる」

「でも!」

「二人の関係に口を出す権利は誰にもない。お前にも……そして俺にもだ」

「っ……」


 三上はそのまま走って行ってしまった。俺の前に立った有坂はふぅと溜息を吐き振り返った。


「……何となく分かるんだけどね。聞くところによると、あいつも亜梨花が好きだったらしいし」

「……そうだったのか」

「へぇ~……」


 いきなりのことでビックリしたが、いつの間にか気持ち悪さはなくなっていた。助けに入ってくれた有坂には感謝しないといけないな。


「ありがとう有坂。助けてくれて」

「どういたしまして。ま、人として当然のことをしただけさ」


 でも意外だったな。あんなに俺に亜梨花のことを言っていたのに何か心境の変化でもあったのだろうか。俺の視線から察したのか、頬を掻くように有坂は苦笑した。


「……確かに色々あったけどさ、それでも亜梨花が俺の幼馴染って事実は変わらない。昔からよく遊んでいた子が幸せそうに笑ってる……それを考えると俺自身も自分のことのように嬉しくてさ。あんな亜梨花を見ていると、俺も誰か素敵な人を見つけたいって思ったくらいだから」

「そっか……」

「うん」


 照れくさそうに笑う有坂の肩に健一が手を置いた。


「それなら俺とお前は仲間だな! 蓮と宗吾は彼女居るから仲間外れみたいで嫌なんだよ! だから俺と有坂も二人に負けないくらいのカワイ子ちゃんを見つけるとしようぜ!」

「そ、そうだね……」


 おい、有坂引いてるぞ健一よ……。

 そういう感じで色々あったのだが、それから三上が俺にちょっかいを掛けてくることはなかった。一応亜梨花にこういうことがあったんだと伝えると、物凄い形相でキレていたが……もう済んだからと何とか収めてもらった。


「……やっぱり警戒しとかないとだよね。蓮君、これから学校に居る時や出掛ける時は可能な限り私は傍に付いてるからね」

「はい」


 ほぼ反射的に頷いた……だって亜梨花の目が怖かったし。

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