未来を一緒に歩いてください
リビングで俺と向き合うように亜梨花と姉さんが座っていた。二人ともソワソワして落ち着きがなさそうなその様子に、俺は少し苦笑して用意されていた麦茶を飲んだ。二人の様子もそうだけど、緊張しているのは俺も一緒だ。俺の場合は緊張よりも……そうだな、少しだけ怖いって思っている部分もある。
「……………」
俺が出した答えに二人は何と返してくるか……はは、今更ビビっても仕方ないよな。どんな答えを出しても、何を伝えるにしても立ち止まっていられない。二人と過ごした前世の記憶はない、それでも辛い過去を背負いながら今の俺を好きになってくれた二人と向き合いたい。
手に持っていたコップを置いて、俺は口を開いた。
「……正直さ、俺には荷が重いって何度か思ったんだ。亜梨花と姉さんの気持ちを、想いを知れば知るほどこんなに想われて嬉しいと思う反面、その想いにどう答えればいいのか悩んだ」
贅沢な悩みだなと笑えれば気が楽だっただろう。けど俺にはそんな余裕はなくて、こうして答えを伝えると決意をしても結局迷いの中に居るようなものだ。誰かに想われるというのは幸せなことではなく、時に苦しんでしまうことも知った。でも苦しんでいるのは俺だけじゃない、それも分かっているから俺はこうしてこの場に居るんだ。
「俺は――」
下を向くな、前を見ろ。そう思って顔を上げた時、俺の両手をそれぞれ亜梨花と姉さんが包み込んだ。俺を見つめてくる亜梨花と姉さんの眼差しは優しくて、どんな言葉でも受け入れるからと……そんな言葉が伝わってくる気がした。
「……本当に強いな」
兄さんにも背中を押されたようなものだけど、最後の最後にこの二人にも背中を押してもらったみたいだ。何を迷う必要がある、俺は素直に自分の気持ちを伝えればいい。亜梨花と姉さん、俺にとって大切な二人にこの想いを。
「亜梨花、姉さん――好きだ」
好きだと、蓮の言葉がリビングに木霊した。
亜梨花と麻美にとって、願わくばとその言葉を望んでいた。けれどもどこかで、どちらも諦めていたのは確かだった。好きだからこそ結ばれたい……しかし同時に亜梨花は麻美の、麻美は亜梨花の幸せをそれぞれ願うからこそ身を引く覚悟もしていた。
「蓮君……」
「蓮……」
好きだと言ってくれたことは嬉しい、でも同時に困惑があるのはもちろんだ。二人の様子に蓮は苦笑して言葉を続けた。
「亜梨花と姉さん、二人と関わりながら色んな時間を過ごして……話をしてもっと知って、その上で俺が出した答えはこれだった」
悩み続け蓮が出した答え、麻美に男として最低の答えだと言った意味はこれだったのだ。今蓮たちが生きているこの世界に前世のことは関係ないだろう。しかし、二人の話を聞いてそれは無関係だと切り捨てることが蓮には出来なかった。
仮にここで、蓮が二人にとって望まない答えを出したとしたら悲しむとは思われる。けれども蓮が感じたように二人は強く逞しい、だからこそ立ち直って前に進むことは間違いなく出来るはずだ。それでも蓮がこうしてこの答えを出した意味、それは色々あるが……とても単純なものでもあったのだ。
「亜梨花――正直なことを言えば最初の頃はなんでこの子は俺にこんなに絡んでくるんだろうくらいにしか思わなかった。昔会ったのも覚えてなかったし、初対面だと思っていた入学の時からすぐだったからな」
「……ふふ、そうだね。私が蓮君の立場ならそう思うかな」
蓮の言葉に亜梨花はクスッと笑みを浮かべた。そんな亜梨花に握られた手を蓮も強く握り返しながら言葉を続ける。
「けれど、亜梨花と話をすることは楽しかった。俺自身気づかなかったけど、少しずつ惹かれていたんだと思う。知らなかった一面を見る度、積極的に想いを伝えてくる亜梨花と過ごすうちに……俺は君を好きになっていた」
「……あ」
蓮の両手で握りしめる亜梨花の手の力もまた強くなった。蓮は亜梨花から視線を外し、次は麻美へと向いた。
「姉さん――姉さんは本当に誰よりも身近な存在だった。小さい頃から寂しがっていた俺の傍に姉さんはずっと居て守ってくれて……一度姉さんにちょっかいを出してた人に喧嘩売ったこともあったけど、あの時も守られたよな」
「……覚えてたのね。でも私は嬉しかった。たとえ小さくても、あの時の蓮はとても大きく見えたもの」
どうやら麻美もその時のことを覚えていたようだ。まだ小さい蓮がビッチと呼ばれていた麻美を庇うように同級生に立ち向かったこと……麻美がそう言葉にしたように、あの時のことはとても鮮明に覚えているのだから。
「そんな守ってくれてた強い姉さんだけど、俺も姉さんを守りたくなったんだ。恩返しって意味もあるけどそれだけじゃない……姉としても、一人の女性としても俺は姉さんの笑顔を守りたいって思った。ずっと傍に居てくれた姉さんを俺は好きになったんだ」
「……っ!」
ギュッと手の力が強くなった。
二人に言葉を伝えた蓮は小さく深呼吸をして、そしてまだ伝え足りないと話を続けた。
「普通なら……いや、普通はこの好きって気持ちはどちらかに伝えるべきなんだろう。けど、俺にはそれが出来なかった。どちらかを好きになるとか、諦めるとかそういう話じゃなくて……俺は二人を好きになったんだ」
色々な話を聞いて二人の気持ちに応えたい……それよりも蓮の気持ちはもっと単純だった。そう、好きになった……ただそれだけなのだ。けれどこの答えが世間からすれば間違っているのは分かっているし、不誠実なのも無責任なのも百も承知だ。それでも、蓮はこれ以外の答えを出すことがどうしても出来なかった。
「もちろん、二人にとって望まない答えなのは分かってる。男として、俺は最低の言葉を言っているのも理解しているつもりだ。これで二人に拒絶されても仕方ないと思ってる……だからその上で、伝えさせてください」
蓮は頭を下げ、一番伝えないといけない言葉を口にした。
「亜梨花を、姉さんを愛しています。これからも、俺の傍に居てくれませんか。恋人として、ずっと俺と一緒に未来を歩いてください」
伝えるべきことを蓮は言葉にして伝えた。
この言葉の返事として罵声を浴びせられたとしても、頬を叩かれたとしても、二人との繋がりが断ち切れたとしても、それでもこれが蓮が出した答えだ。頭を下げ続ける蓮だったが、そんな蓮の鼓膜を二人の声が震わせる。怒りでもなく呆れでもない、全てを包むかのように優しい声音が蓮に届いた。
「蓮君、顔を上げて」
「蓮、顔を上げてちょうだい」
そう言われ顔を上げた蓮は驚いた。亜梨花と麻美、二人が涙を流しながらも笑みを浮かべていたからだ。呆然とする蓮にまずは亜梨花が口を開く。
「凄く苦しめちゃったんだよね。蓮君の様子を見て分からないほど、私は蓮君を見ていないわけじゃない。ずっとずっと見てた、ずっとずっと好きだったから……そしてそれはこれからも変わらないよ」
「亜梨花……」
亜梨花に続くように麻美も口を開いた。
「蓮が言った最低な答え、その意味がやっと分かったわ。けれど、私は嬉しかった。蓮が必死に悩んで、必死に答えを出してくれたから。私も変わらない、あなたを愛する気持ちはこれからも変わることはないわ」
「姉さん……」
亜梨花と麻美は頷き合い、そして蓮への答えを口にする。
これが、今この瞬間がこの三人にとっての新たなスタートになる。
「私、蓮君が好きです。ずっとあなたの傍に居たい、私も蓮君と一緒の未来を歩きたい!」
「私も蓮が好き。これまで以上に蓮の傍にいたいの。私も蓮との未来を一緒に歩きたい!」
二人の言葉に、蓮は目を大きく見開くと……次いで涙が溢れ出るのを感じた。必死だった、どんな結果になるにせよ必死だったのだ。大好きな二人の前で涙を流すことは情けないかもしれない、それでもこの涙は止まってくれなかった。しかも二人に手を握られているから拭うこともできないのだから。
「あはは、蓮君が泣いたところ初めて見たかも」
「あら、私は小さい頃に何回も見たわよ? ふふ、その点では私の勝ちね」
「むむっ! ねえ蓮君、そっちに行くね?」
「え?」
驚く蓮を他所に亜梨花はその場を立って隣に歩いて来た。その様子に麻美は微笑ましそうに亜梨花を見つめ、蓮にしっかり甘えなさいと言わんばかりにウインクした。
隣に座った亜梨花は蓮の胸に飛び込むように身を寄せる。
「昔の記憶なら麻美さんには負けるけど、これからは私だってそうはいかないもん。だってもう、こうするのを我慢する必要はないんだから」
スリスリと胸に顔を擦りつける亜梨花の様子に動揺する蓮だったが、すぐに彼女の頭を撫でるように手を置いた。相変わらず右手は麻美に握られているが、今はそれを気にする様子も無い。これはつまり、蓮の言葉に二人が頷いたということに他ならないだろう。
「……夢みたいだな。こんな嬉しいことがあっていいのかな」
思わずそう言葉を零す。するとすぐに胸元から言葉が返ってきた。
「それは私の台詞かな。こんなに嬉しいの、今でも夢じゃないかって思っちゃうから」
次いで麻美の声も届く。
「私もよ。これは夢で目が覚めたら嘘だった、なんて思っちゃうもの。でもこれは夢じゃない、こうして感じる蓮の温もりは夢なんかじゃない」
そうだ。これは夢ではなく現実、だからこそこの幸せの向こうに困難が待っているのも確かだ。けど今は、この幸せにたっぷり浸ろうと蓮は目の前の光景に目を向けた。
「亜梨花、姉さん……これからよろしくな」
「うん! よろしく蓮君!」
「ええ! よろしくね蓮!」
何が起ころうとももう大丈夫だ。強く結ばれた想いは途切れはしない、お互いがお互いを想い合えば何があっても乗り越えることが出来るだろう。
こうしてようやく、蓮は辿り着いた――望んでいた場所へ。
亜梨花と麻美も過去を乗り越え、愛する者と歩む未来を手にした。
「でも蓮君、これから大変だよ?」
「そうだな。これまで以上に覚悟をしないといけない」
「ふふ、そうね。私と亜梨花、二人を相手しないといけないんだもの」
「そうそう。思いっきり甘えちゃうよ? だって恋人だもん」
「……あ、そっちか」
【あとがき】
これで本編は終わりとなります。
本当はこの先もうちょい続いていたんですが、見返してもここが一番区切りが良いのでこれで終わりです。
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