変わらない、何を知ったとしても

「……よし!」


 翌日、色んな意味で気合を入れた俺は部屋を出た。まあ約束したのは放課後になるわけだからまだまだ当分だけど。

 一階に降りて玄関に向かうと丁度姉さんが顔を出していた。一応朝食の時に顔を合わせたし会話もしたけど、やっぱり少しだけぎこちなかった。これからどうするのか、その答えを姉さんも亜梨花のように待っていてくれているんだろう。


「それじゃあ姉さん、行ってくる」

「えぇ……いってらっしゃい」


 玄関を出る直前、ちょこんと裾を掴まれた。


「あ……その……」


 どうして掴んでしまったのか分からないようにあわあわとしている姉さんの様子だ。俺個人としての素直な感想としてこんな姉さんも可愛いなと思ってしまうけど、このまま姉さんを抱きしめてしまうと俺の方が満足するまでそうやっていそうだ。


「また夕方にね。行ってくるよ」

「……うん。いってらっしゃい」


 二回目のやり取りを経てようやく俺は家から出ることが出来た。まさかと一度振り返ってみたけど、流石に姉さんが追いかけてくるようなことはなかった。考えすぎかもしれないがそこまでは流石にないだろうと苦笑して俺は足を進める。

 しばらく歩いていると一人の女の子が立っていた。


「……どうして」


 その子はもちろん俺にとって見覚えのある子、亜梨花だった。昨日は突然に家に来たから一緒に登校したわけで、今日に関しては待ち合わせはしていないはずだ。それなのに彼女は待ち続けていた……俺を待っているとは限らないけど、この様子だとおそらくは……。


「……あ! 蓮君!」


 俺を見つけた彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて駆け寄ってきた。


「今日は約束してなかったけど……」

「うん。でもどうしても蓮君と一緒に居たかったから……ダメかな?」

「ダメなわけない。一緒に行こう」

「! うん!」


 ……横に並んだ亜梨花の嬉しそうな笑顔を見ているとやっぱり守りたいなって思う。もちろんまだ俺は彼女の何者でもない、そんな俺が守りたいだなんて烏滸がましいかもしれないが、そう思ってしまうくらいに惹かれているのは間違いないんだろう。


「亜梨花」

「うん? どうしたの?」

「無理していないか?」


 ただ、こうやって肩を並べて歩いていると気づいたことがある。いつものように笑顔を浮かべている亜梨花だが、どこか無理をしているようにも見えた。本格的に一緒に過ごし始めたのはつい最近だけど、雰囲気なんかで亜梨花に元気がないような時が分かるようになった気がする。


「あはは……分かりやすいかな?」

「何となくそんな気がしたからな……ごめんな。理由は間違いなく俺だろうけど」


 そして亜梨花にそんな顔をさせている理由が俺にあることも分かっている。そう言うと亜梨花はそんなことないって首を振ってくれるけど……なんにしても放課後だな。それから俺は少しばかり調子を取り戻した亜梨花と一緒に学校に向かった。相変わらず傍に亜梨花が居るということで注目を浴びるのは昨日と変わりない。それは教室に入った時も同様だった。


「……そんなジロジロ見なくても良いと思うのにな」

「仕方ないだろ。それだけ亜梨花のことをみんな気にしてるってことだ」


 俺もそうだけど、そうやって気に掛けてくれる友達は大切にした方がいい。たとえ高校だけの知り合いになるかもしれないとしても、せっかくの縁だからな。

 さてと、教室に着いてすぐだけど用を足しに行ってこよう。鞄を置いて廊下を出てトイレに向かった。そして済ませてトイレの外に出た俺だったが、そこで予想外の人物が俺の前に立っていた。


「……有坂?」


 以前に少し話をしたことがあるくらいだが……何の用だろうか。


「神里君、少しいいかな?」

「あぁ」


 別に断る理由はない、俺は有坂の言葉に応じた。俺と有坂が向かったのは空き教室、すぐに朝礼が始まるわけではないのである程度ならゆっくりしても大丈夫そうだ。


「それで、何の用なんだ?」


 亜梨花のこと……くらいしか有坂が俺に話しかけて来た理由の見当は付かない。さて、有坂が俺をここに連れて来た理由は何か……それは俺が思った通りのものだった。


「最近亜梨花とよく一緒に居るよね? 付き合ってるの?」

「いや、付き合ってはいない」


 それについての答えも今日出すつもりだが……たぶん有坂は今の俺と亜梨花の関係を詳しくは知らないだろう。亜梨花を好きだったから何かを言いたいのか、けれど有坂の様子から嫉妬などの感情は見られないように思える。

 有坂は一息を吐くようにして言葉を続けた。


「亜梨花と付き合うのはやめた方がいいよ。あの子は……ちょっとおかしいから」


 ちょっとおかしいから……か。たぶん少しオブラートに包んだ言葉だ今のは。以前有坂が亜梨花に向けていた目、そして亜梨花が言っていた「あんな私を見せたから」って言葉……たぶん繋がるのはここだと思う。

 ……でも、亜梨花が何を有坂に見せたのだとしてもこんなことを言われる筋合いはない。別にイラついたりしたわけではないけど、本当にそう思ったんだ俺は。


「おかしいからってのは酷くないか? 幼馴染だろ?」

「……そうだね。幼馴染だった……でも、あんな気持ち悪い一面を知ったら恋も冷めるよ」

「ふ~ん」


 有坂の様子から本当に亜梨花に対して良い感情を持っていないことが分かる。一体亜梨花は有坂に何を見せたんだ? 少し気になるけど、それを有坂から聞こうとは思わなかった。別にだからと言って亜梨花に無理に聞こうとも思わないけど。


「有坂がどう思っているのか知らないけど、俺はそれで亜梨花の傍を離れるつもりはない」


 亜梨花の気持ちを知っているし、何より俺自身が亜梨花を大切に想っている。その意味でも、他人に何かを言われて亜梨花への気持ちが変わることはない。そう言った意味を含んだ言葉だったが、有坂は考えなおせと言わんばかりに俺に詰め寄る。


「あいつはストーカーみたいなことをしてるんだよ!? 君に変な手紙を出し続けたのもそうだし、何より彼女の部屋は君の写真で埋め尽くされているんだ。そんなの気持ち悪いだろう!?」

「……………」


 手紙はともかく、写真のことは知らなかったなぁ……。ま、それほど強く想われている証ってことにしておこう。


「君のことをジッと見つめることだって少なくない……気持ち悪いって思わないのか!?」


 そうか、時折感じる視線ももしかしたら亜梨花だったのかもしれない。ただ、やっぱり亜梨花のことを知っているかどうかなんだな受け取り方ってのは。前世から抱える亜梨花の想い、それを有坂は知らない……だからこそこんな言葉が出て来たんだろう。


「手紙のことは知ってたけど、写真のことは知らなかったな。なるほど、以前に拓篤と遊んだ時に亜梨花が部屋に入ったのかって聞いて来た意味が分かったよ」

「そうか拓篤と……ならそれを知ったなら――」


 けど悪いな、今更そんなことを聞いたくらいで亜梨花への気持ちが変わることはない。


「それを知ったからって亜梨花の傍を離れようとは思わない。俺は亜梨花が……いや、ここでお前に言うべきじゃないな」


 この先に続く言葉を伝えるのは亜梨花だ。俺の出した答えと共に……ね。

 俺の様子から亜梨花への気持ちが変わらないことを知った有坂は信じられないモノを見るような目で見つめてきた。それ以上に亜梨花の強い想い、彼女の魅力を知ってしまったからな……悪いけど俺が知っててお前が知らないことを教えるつもりはない。


「話はそれだけか? それなら戻るぞ」


 有坂にも悪気はないんだろう、ただ自分で言うのも何だけど相手が悪かったとしか言えない。背を向けた俺に有坂は何も言ってこなかった。もしかしたら亜梨花に関する悪い噂を流すようなことも一瞬考えたけど、少なくとも有坂はそんなことはしないだろう。何というか、そういうことをする度胸がないように思えたからだ。

 教室に戻ると俺の机の傍に亜梨花を含めいつもの面子が集まっていた。


「あ、蓮君おかえり」

「トイレに行ってたんだって? 随分長かったがウンコか?」

「ちげえよ。それは家でしてきたわとっくに」


 健一、傍に女子が居るのにそういうとこだぞ本当に。


「渡辺君さ……そう言うことを大きな声で言うのはどうかと思うな」

「由香の言う通りだぜ。そんなだからお前は――」


 そんな話を聞きながら俺は席に座る。すると亜梨花が顔を寄せて来た。


「……彰人君も出て行ったけど、もしかして何かあった?」

「……………」

「何を言われたの?」


 やっぱり勘が鋭いなと、そういう意味で黙ったのだがどうやら亜梨花の受け取り方は違ったらしい。いつもの彼女らしからぬ雰囲気を漂わせ始めた。


「だ、大丈夫だから! ちょっと話をしたんだよ。大したことじゃない」

「……分かった。蓮君がそう言うなら」


 スッと切り替えた亜梨花にホッと溜息を吐く。有坂も有坂だけど、亜梨花も亜梨花で有坂に思う部分があるようだなやっぱり。

 それから朝礼が始まり学校での一日が開始するわけだが、ビックリするくらいにいつも通りだった。まるでこれから大事な話をするのだから気持ちを整えろと言われているみたいだった。そして時間は流れ放課後になり、俺は亜梨花を連れて自宅まで帰ってきた。


「さ、入ってくれ」

「お……お邪魔します」


 姉さんの靴もあるし、どうやら本当に早めに帰ってきてくれたみたいだ。


 さて、気張るとするか。

 俺の出した答え、二人への想いをちゃんと伝えるために。

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