宗吾と由香の馴れ初め

 亜梨花と一緒に教室に入ると当然というべきか視線が集まる。

 いつも有坂と一緒に登校していただけにこうして傍に俺が居るということで注目をされてしまったみたいだ。


「ふふ、やっぱり見られちゃうね」

「亜梨花は気にしてなさそうだな……」


 少しばかり居心地の悪さを感じる俺と違い亜梨花はいつも通りだ。いや、いつもよりも笑顔が輝いているようにも見える。俺の言葉に亜梨花は頷き、ギュッと俺の腕を抱いた。


「全然気にしてないよ。寧ろこうして私は蓮君のだよって思わせないと!」

「……………」


 今の亜梨花の言葉はそれなりに聞き取れる音量だったこともあり、そこそこ近くに居たクラスメイトがギョッとしたような目になった。それからそれぞれがヒソヒソと話をして広がっていく。……こういう時、気の利いた言葉の一つでも言えればいいんだけどな。


「大丈夫だよ」

「え?」

「私は蓮君がどんな答えを出しても受け入れる。もちろん私が欲しい答えは一つだけどね。だからこうしてたくさんアピールしていくの」


 付き合ってから過ごすことで芽生える愛というのはあるのかもしれない。明確な好意があるわけでもなく、そういった提案をしても亜梨花はきっと頷いてくれるだろう。けれど……けれどどうしてだろう。亜梨花の告白に頷いてもいいじゃないかと囁く自分を押し退けるように、姉さんの笑顔が脳裏を過ってしまうのは。


「……ごめんな。きっと答えは出すけど時間は掛かるかもしれない」

「うん。いつまでも待つから……待てるもん。何年も待てたんだから」


 笑顔に隠された決意とも言えるそれを理解できるわけじゃない、でもお互いに今はこれでいいんだと笑顔を浮かべた。ただ……このやり取りはある意味で俺と亜梨花だけの空間を構築していたらしく、更にクラス中の視線を集めていた。

 そんな中、俺は今最も気になっている人物とも言える有坂の姿を目に留めた。彼は俺に対して複雑そうな視線を向けたが、すぐに同情するような目となり……え? 次いで有坂が視線を向けたのは亜梨花だったが、彼女を見つめる有坂の目は気持ち悪いモノを見るような視線に様変わりしていた。


「……?」


 俺の視線が気になったのか亜梨花も有坂に視線を向ける。一瞬だけ交差した二人の視線だが、先に有坂が亜梨花から視線を外した。一体これは何があったんだ、そんな疑問を浮かべる俺の隣で亜梨花はあははと笑みを浮かべる。


「まあ仕方ないよね。あんな私を見せたんだもの、そりゃ気持ち悪く感じちゃうか」

「何かあったの?」


 そう聞くと亜梨花は頷いた。


「実は――」


 何があったのか教えてくれるのか、亜梨花の言葉に耳を傾けようとした時だった。誰かが強く俺の肩に手を置いた。一体誰が、振り向く間もなく地獄から聞こえてきそうな声が俺の鼓膜を震わせた。


「れ~ん~く~ん! 一体何がどうなってるのかなぁ!?」

「……おはよう健一」


 俺の肩に手を置いたのは健一だが……うん、亜梨花と一緒に登校した時点でこうなることは分かっていた。別に亜梨花と彼氏彼女の関係になったわけではないが、少なくとも友達以上の関係には見えているだろうし。


「おはよう渡辺君」

「おはよう夢野さん。一体何がどうなってるんだ?」

「ふふ、私が蓮君のことを好きだから今アピールの最中なんだ」


 特に隠すこともなくそのままを亜梨花が告げると、ピシッと音を立てるように健一は固まった。亜梨花に向けていた視線を俺を移し、信じられないモノを見るようにそっと呟く。


「……お前はもう俺の友達じゃねえ」

「オーバーすぎるだろ」


 そのままユラユラと席に座り込んだ健一だが……俺は別に悪いことはしてないよな。何とも言えない表情を浮かべる俺とは違い、亜梨花はずっとニコニコと俺の傍で笑みを浮かべ続けている。


「……なんか朝から疲れたな」


 そう言って俺も席に座った。亜梨花はちょっと待っててと告げて席に向かい鞄を置いた。その間に周りの連中から色々と質問されていたが上手く躱すようにして再び戻ってきた。そんな亜梨花を見てまた隣から舌打ちが聞こえてきたが……もういいや。

 それから暫く亜梨花と談笑するのだが、ふとこんなことを聞いてきた。


「ねえ蓮君。斎藤君と新城さんって中学の頃から付き合ってるの?」


 宗吾と新城さんのことについてである。その問いかけに俺は頷く。すると亜梨花はそっかと頷いて何かを考え始めた。


「気になるのか?」

「ううん、これからのことを考えて新城さんにアドバイスでももらおうかなって」

「アドバイスって……」


 新城さんは基本宗吾のことを第一としているが、結構他人の恋愛とかに関しては興味を持つ人だ。何だろう、新城さんも一緒になって揶揄ってくる未来が見えてしまうのが怖い。

 でもそうか新城さんか。よくよく思い出してみれば、俺と新城さんのファーストコンタクトはあまりよろしくない。間に宗吾が居て初めて彼女との会話は成立したようなものだ。


「昔の新城さんは今と大分違うからなぁ……なあ健一」


 亜梨花とのことで気が荒れただろうがこうして問いかければしっかり返事を返してくれる男だ。まあ既にどうとでもいいと思っているのか、改めてこちらに向いた彼の視線は今まで通りのものだった。


「だな。中学の頃に新城に初めて話しかけた時ゴミを見るような目で見られたし」

「……へぇ」


 その若干の間は今の新城さんから到底想像が出来ないからだろう。今となっては新城さんは俺や健一のことを友人として認識してくれているが、中学の時に初めて会った時は本当に他者に興味を示さないような人だったからだ。


「それなのに今はあんなに仲が良いの?」


 その問いに俺と健一は頷いた。まあ何もなかったわけじゃない、何かがあったからこそああいうタイプの人間と友人になれたわけだ。


「ちょっと新城さんに色々あってな。その時に助けたのが宗吾だったんだ。それから新城さんから宗吾に話しかけることが多くなって……はは、俺と健一も色々頑張ったよな」

「押せ押せの新城にタジタジの宗吾をどう引っ付けるか頑張ったよなぁ。結果付き合うってことになったけど、その時に仲を取り持ったことでめでたく新城の友人にランクアップしたわけだ」

「……そうなんだ」


 妙に考え事に耽る亜梨花が気にはなるけど、それから俺と健一はその時の話で盛り上がった。中学の時は閉鎖的な性格だった新城さんだけど、宗吾という恋人と俺や健一という友人が出来たことでその性格は大分明るくなっていった。目元を隠していた長い髪を切り、その隠された綺麗な顔を見た時特に健一は驚いていたっけ。


「……けどよ」

「どうした?」

「……俺は所詮恋のキューピットにしかなれねえんだな」

「……………」


 こいつまた落ち込みやがった。

 ズズンと暗い雰囲気を醸し出した健一に、俺は傍に居た亜梨花と顔を見合わせ苦笑する。


「その出来事があったから蓮君たちは斎藤君や新城さんと仲がいいんだね」

「だな。あの出来事がなかったら……宗吾はともかく新城さんとは打ち解けてないと思う」


 当時のことになるが、中学という多感な時期だとやっぱり問題になるのがイジメというものだ。暗い性格の人間や周りとコミュニケーションが上手く取れない人間が標的になることが多い。だから新城さんは一時期その標的にされてしまったことがあったらしい……らしいというのは宗吾に聞いただけだから俺も詳しくは知らない。

 そして別の人から聞いた噂だが、そのイジメの主犯格にえげつない仕返しをして転校にまで追い込んだみたいな話もあったけど、まさかあの新城さんに限ってそんなことはあり得ないだろう。


「蓮君? 考え事?」

「あ、あぁ……って!?」


 少し前に顔を動かせばキスが出来てしまう、そんな距離から亜梨花に見つめられていて俺はかなりビックリしてしまった。隣から爆発しろと呪詛が聞こえてきたが、とりあえず聞こえていないフリをしておこう。


「……けど」

「どうしたの?」

「よくよく考えればなんであんなにお節介をしたのかなって。面倒だと思っていたはずなのに」


 他人の色恋に口を挟むのは面倒だとそう思っていたのに進んで俺たちは関わった。一体どうして、今になってそれを疑問に思う。


「……それは蓮君が優しかったからじゃない? 友達の斎藤君を放っておけないって、“今の”蓮君がそう思ったからじゃないかな」


 なるほど、そんなものなのか。最終的な結果はハッピーエンド、それが今も続いているのだから変なことを考えずにそれを喜ぶことにしよう。他でもない友人二人のことだからな。


「おっす!」

「おはようみんな! あれ? 夢野さんもいる?」


 おや、ようやく来たぞバカップルどもが。

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