時にはこんなやり取り
夢だ。夢を見ている。
『アンタって本当にビッチよね。恥ずかしいと思わないの?』
『ちょっと見た目がいいからってお高くとまってさ。生意気なのよ』
目の前で一人の女の子が囲まれていた。
女の子は口を開きはしないが、それでも周りを取り囲む者たちに向ける目付きは鋭い。
臆することなく睨みつけるその眼差しは、周りの者からすればさぞ反抗的に見えたのだろう。
『このクソ女!』
一人の女子が手を上げた。
それを見た時、俺の体は自然と動いていたんだ。
『でやあああああああっ!!』
大きな声を上げながら小さい体に力を込めるようにその女子にタックルをかましたのだが、いくらまだこの体が幼いといっても不意な一撃はその子の体勢を崩すのは十分すぎた。
無様に転げるその子と驚く周りの人たち、そして目を丸くして俺を見つめる女の子……姉さんだ。
『ど、どうしてアンタが……』
アンタ……そうか、昔の姉さんは俺のことを名前では呼ばなかったな。
驚きを露わにする姉さんを背に俺は大きな声を張り上げた。
『お姉ちゃんをいじめるな!! お姉ちゃんをいじめるなら俺が相手になってやるぞ!!』
中学生の彼女たち相手にまだ小さい俺はどんなことを思ってこんなことを口にしたのだろうか。
ま、昔の俺は何も知らなかったからただ目の前で肉親がいじめられている光景に我慢が出来なかったんだろう。
早々に両親を亡くした俺にとって、姉という存在は間違いなく親代わりと言ってもいい大切な存在だったのだから。
『何よ、生意気なクソガキね。ほら、引っ込んでなさい!』
『がふっ!?』
男と女、けれど体格の差があり過ぎた。
当たり前のように俺は蹴り飛ばされ、姉の目の前に転がるようにその身を投げ出した。
それでも俺はこの人を……姉さんを守りたかったのだ。
『……お姉ちゃん、俺が守るよ。絶対に……っ!!』
立ち上がった俺を見て蹴った女が一歩退いた。
まだ小さかったからこそこうして蹴られたりしたらやり返そうと思うのは当然だった。
体を動かそうとしたその時、俺の肩に姉さんがポンと手を置いた。
『ありがとう……大丈夫よ。下がってなさい蓮』
そう言って笑みを浮かべた姉さんは誰よりも頼もしかった……むしろ、生意気にも助けに入った俺が馬鹿に思えてしまうくらいの惨状が後に広がったのだ。
懐かしい記憶……起きたら忘れているだろうか。けれど思えばこれが、姉さんが俺の名前を初めて呼んでくれた瞬間でもあった。
「……っ」
頬に触れられた手の感触で俺は目を覚ました。
まだ少し寝ぼけているのか視界はぼんやりとしており、目の前にある大きな膨らみは何だと首を傾げる。
ゆっくりと手を伸ばしてそれを掴む。
何と言うか一言で感想を述べるならとても柔らかい。
それこそずっと触っていたいとさえ思えてしまう感触だった。
「ぅん……ふふ、蓮ったら大胆ね」
「……え?」
二つのお山から声が聞こえたぞ……って、そこで俺は完全に脳が覚醒した。
どうやら俺が掴んだそれは姉さんのご立派なお胸様だったらしい。
しかも今の俺は姉さんに膝枕されている状態らしく、手を離したからと言ってすぐに姉さんから距離を取れる体勢ではなかった。
「ダメよ、もう少しこうしていなさい」
「……何故に?」
「お姉ちゃんに甘えてほしい」
ストレートですね……。
姉さんの言葉に従うように俺は体に入れていた力を抜いた。
すると姉さんが満足そうに笑いまた俺の頬を撫でるように手を当ててきた。
「さっきのはわざと?」
「違うよ……って姉さん分かってるよね?」
「ふふ、そっかぁ。わざとなら嬉しかったのにな」
いくら姉弟とはいっても胸を触りたくて触る人はそうそう居ないと思う。
それにしてもどうしてこんなことになっているんだろうか。
「姉さん、なんで俺は膝枕されてるの?」
そう聞くと姉さんは教えてくれた。
どうやら姉さんがリビングに来た時に既に俺は寝ていたらしく、どうやら俺は夢野に返事を送ってすぐに寝落ちしてしまったみたいだ。
「ほら、前も言ったけど最近あまり甘えてくれないでしょう? だからこれ幸いにと思ってね」
だからこの膝枕か……こうして姉さんに膝枕をされるのは初めてじゃないけど、やっぱり家族だからか恥ずかしさよりも落ち着く感覚の方が強い。
「やっぱり膝枕っていいものね」
「それって俺の台詞じゃないの?」
膝枕をされている側の台詞じゃないだろうかそれは。
姉さんは俺の言葉にそれもそうねと笑った。
「それにしても……ふふ」
「?」
「さっき蓮に胸を揉まれて感じちゃった。他の男だと何も感じないのにどうしてかしら」
「……知らないよ」
そう言われて俺はどう答えればいいんだ……? 他の男だと感じないとはどういう意味だろう。
俺は姉さんに頭を撫でられながら記憶を思い起こす。
神里麻美、確かにこの人は有坂を絶望させる役目を担う人だ。
有坂を献身的に癒すその姿はプレイヤー側にちゃんと味方は居るんだという安心を与えた直後に、その薄汚い心の内が彼女の心情という形で暴露される。
(……思えば有坂とヤッている最中この人の表情に変化はあまりなかったような)
ヒロインである夢野はもちろん表情の変化はあった。
快楽に蕩ける表情はもちろん、兄の思い通りになってはならないと気丈に我慢する表情だってあった。けどこの人は、姉さんはどこか淡々としていたようにも思えた。
まあそれも綺麗な絵と声優さんの演技もあってどうしても気になるというレベルではなかったけど。
「そう言えば蓮」
「っ……何?」
考え事をしていた俺に姉さんは少し視線を鋭くして言葉を続ける。
「蓮が帰ってきた時誰か来ていたの?」
「……あぁ。朝倉さんが来てたよ。すぐに兄さんと出掛けたけど」
その瞬間、姉さんが盛大に舌打ちをした。
「この家に女を上げるなんてあいつ……蓮は何もされなかった?」
薄暗くも燃え盛る焔のような激情を携えた目、だが俺にそう聞いた瞬間には優しい目に戻っていた。
今の急激な変化に戸惑いつつ、俺はただ話をしただけだとありのままを伝えた。
「そう、もし冗談でもあなたに何かしようとしたら血祭りにするところだったわ」
「血祭りって……姉さん流石に冗談――」
「冗談じゃないわよ。どんな形であれ、あなたに手を出すなら私は……っ!?」
思わず姉さんの口を手で押さえた。
これ以上聞くのが怖かったのもあるし、何より姉さんの口からこれ以上の言葉を聞くのが嫌だっただけだ。
「姉さんその辺にしておこう。これ以上は聞きたく――ううん!?」
聞きたくない、そう言おうとしたのだが俺は続く言葉を口にすることが出来なかった。
姉さんの口を押える手に感じたヌメリとした感触に驚いたからだ。
「れろ……じゅる……ふふっ!」
「ちょ、ちょっと!?」
何てことはない、ただ姉さんが俺の手を舐めただけだ。
いきなり舐められたら驚いて手を離すのは当然のこと、だが姉さんは離れた俺の手をガシっと掴んで指を口の中に含む。
「蓮の手……おいひぃ……」
噛んだりは決してせず、あくまで舌を使って入念に舐められた。
数秒ほどして姉さんは指を解放してくれたのだが、とりあえず俺は立ち上がった。
「人の指を舐めるのは普通に気持ち悪いのでは……」
「……そこはちょっと興奮するところでしょう。手強いわね蓮」
ちょっと興奮してしまったことは黙っておこう。
しかし流石は姉さんと言ったところで、さっきの指を舐めている光景はゲームで見たスチルそのものに見えてしまったくらいだから。
指に付いた姉さんの唾液を洗い流し俺は改めて姉さんの横に座った。
「……っ!?」
ハッと息を吞んだ姉さんに俺は首を傾げる。
「ね、ねえ……どうして隣に座ったの?」
「どうしてって……特に部屋ですることもないし、姉さんの傍に居ようと思っただけで――」
「もう蓮ったら!!」
「むぐっ!?」
めのまえがまっくらになった!!
俺の顔面を包む姉さんの胸、たまらず離れようとするが頭の後ろにガッチリと腕を回されて……って力が強いなビクともしないぞ!
「嬉しい事言ってくれるわね本当に! もうそんな蓮が好き! 大好き愛しているわ!!」
「むぐ……むぐぐっ!!」
どれだけ顔を動かしてもこの柔らかさから逃げることが出来ない……息が……っ!
ギブアップだと言わんばかりに姉さんの背中を数回叩くと、姉さんは正気に戻ったのかすぐに体を離してくれた。
「そ、そうね……これだと息が出来ないわよね」
「……死ぬかと思った」
ぜえぜえと息を吐く俺に申し訳なさそうな表情の姉さんだったが何かを思いついたのか手をポンと叩く。
ソファの背もたれに背中を引っ付けて腕を大きく広げた。
「?」
「ほら」
「??」
「ほらほら」
「???」
ごめん、姉さんが何をしたいのか分からない。
「胸に口の位置が来るようにすると呼吸に困るでしょう? なら胸を枕にするように頬を乗せてみればいいと思うの。そうすればふんわり枕の出来上がりよ?」
「やりません」
「……良い案だと思ったのに」
本当に残念そうにシュンとする姉さんの様子に困るのは俺だ。
「隣に座るのでいいじゃん」
「……うん、それで我慢する」
我慢ってなにさ我慢って。
もう一度隣に座ると今度は抱き着いて来なかった。
二人で並んでテレビを見ていると思い出したように姉さんが口を開いた。
「ところで蓮」
「何?」
「夢野亜梨花って誰?」
「……………」
姉さんの声が少し冷たかった。
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