第14話 普段とは違う対話
チリーノは概ね、部屋の中で過ごしていた。
夕食はプラチドが持ってやってきた。
「お変わりありませんか」
「う、うん。ライハナにも親切にしてもらっているし、特に不便はないよ」
「左様ですか」
「プラチドは?」
「私にはもったいないほどの歓待を受けていますよ」
プラチドは苦笑した。チリーノはとりあえずほっとした。
それから二人で食事を摂った。相変わらず主食は薄いパンで、そこに色々な食材をくるむらしい。香辛料の効いた羊肉や、葉物野菜や、どろっとした乳製品のソースなど、彩り豊かな具材が並んでいる。飲み物には果実酒と水が用意されていた。
「食べつけない味ですが、美味ですね」
「あ、プラチドも気に入った? 僕もこの国の料理はだいたい好きだなあ」
「左様ですか」
「お茶とお菓子も風変わりだけど美味しいよね」
「はい。私も頂きましたが、甘くて不思議な風味でした」
日が暮れてからは、召使いが油の入った容器に火を灯してくれた。お陰様で眠くなくても暇をつぶすことができた。ライハナは部屋に書物を用意してくれていたのだ。
シェリンの言葉はカルメラのそれとは少し違う。使う文字は同じだが、単語や文法などが微妙に異なる。だから、読めないこともないが、理解できない部分も多い。そのことを見越してか、部屋には辞書まで用意してあった。
辞書を引きながら、チリーノはのんびり読書をして過ごした。シェリン帝国は文学が盛んであることが伝わってきた。
翌日からは、召使いに言えば、護衛の者つきで外出することも許された。といっても行けるのは中庭や前庭だけだったが、良い気分転換になった。いつもライハナと会っていた中庭に実際に足を運ぶと、馴染み深いような新鮮なような、奇妙な心地がした。
からっとした外の空気を吸ってきたチリーノは、外でのんびり座っていることにも飽きたので、部屋に戻ることにした。部屋の前に着くと、ちょうど隣の部屋からライハナが出てきて、チリーノの部屋に向かおうとしているところだった。
「あ」
「あ」
二人は言った。
「……ちょうどよかった。今からあんたの部屋に行こうと思っていたところだ」
「そ、そっか」
「入ってもいいか」
「構わないよ」
チリーノはライハナを連れて部屋に入り、昨日のように向き合って座った。
「昨日は取り乱してしまいすまなかった」
ライハナは何でもないことのように澄まし顔で切り出した。
「異性に慣れていなくてね。失礼なことをしてしまった。気を悪くしないでくれるといいんだが」
ばればれの大嘘をついてくれる。いつも男性に混じって魔法騎士団で暴れ回っている人が男性慣れしていないなんてあるわけがない。
「き、気にしてないよ」
チリーノは固い声で言った。ライハナはチリーノを凝視し、落ち込んだ声でこういった。
「……やっぱり気にしているか」
「してないよ」
「本当か」
「うん。心配いらないよ」
「そうか」
「うん」
「……」
「……」
沈黙が降りた。チリーノは何だかいたたまれなくなってきた。
「今日はいい天気だね。暑いくらいだ」
「……ああ。そういう季節だからな」
「そうなんだ」
「夜は冷えることもあるから気を付けてくれ」
「お陰様で快適に過ごせているよ」
「そうか」
「……」
再びの沈黙。
すると三人の精霊たちが、何やらライハナに耳打ちをして、ライハナのことをせっついた。
「でも……」
ライハナは珍しくしどろもどろである。
「いいからいいから、聞いちゃいなさいよ」
「~~~っ」
ライハナは唇を引き結んだ。
「……ところで、チリーノ」
「は、はい」
「チリーノには」
ライハナは俯いて目を逸らした。
「婚約者とかいたりするのか」
「……まだいないよ」
「そのうちできるんだな」
「父上のご意向次第かな。でも候補はたくさんいるよ」
「そうか」
「ど、どうしてそんなことを聞くの」
「……王子様の生活のことが気になっただけだ」
「そっか」
「そうだ」
「……」
「……」
いつもより格段に会話が弾まない。
それもこれも精霊が余計な情報をチリーノの耳に入れたからだ。チリーノだって一応年頃なのだから、目の前の親しい人物が自分に好意を抱いているとなれば、多少なりとも意識せざるを得ない。
「……あの」
ライハナも固い声で言った。
「直接会って話すのって、つまらないか?」
「エッ……そんなことないよ。楽しいよ」
「私が主人だからといって、無理をしていないか」
「してないよ。普段通りに接しているつもりだよ」
自分もばればれの大嘘をついてしまった。いつもなら何も気にすることなくあれやこれやとチリーノの方から話題を提供するのに、今日はさっぱり言葉が出てこない。
ライハナは何を思ったのか、軽く嘆息した。
「……私は最善の選択をしたつもりだった」
「ん? 何のこと?」
「シェリン帝国に勝利をもたらしつつ、あんたの身の安全を保障し、なおかつこれまで以上に、な、仲良く……なれるような……最善の策を、実行したつもりだった」
「……うん」
「だが、私は間違っていたのだろうか。やはりこの扱いはあんたにとっては負担か」
「そ、そんなことは……ないよ」
「気を遣う必要は無い。生身で会いたくないのなら……」
「そうじゃないよ!」
チリーノは少し声を大きくした。
「僕だって、直接会えて嬉しいってば。ライハナが不安に思うようなことは何も無いよ……」
今度は小さな嘘だった。
何も無いなんて嘘だ。
ライハナは、チリーノが恋慕の情を抱いてくれるかどうかが不安なのだ。
だから……ライハナの不安の種は、今もチリーノの胸の中にある。
チリ―ノは胸がチクリと痛む気がした。
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