第8話 いざ対決


「ほええ……!」


 チリーノは馬上から見える景色に呆然としていた。


「も、燃えてる……!!」


 チリーノたちカルメラ軍は遂にシェリン帝国との戦闘に突入していた。

 ところが、その前日に到着したライハナたち魔法騎士団の強いこと。チリーノたちはあっという間に後退を迫られ、多くの領土を放棄して今やエルリスの西端まで追い詰められていた。


「チリーノ様、こちらは危険です。一度左翼側に避難しましょう」


 プラチドが馬を操ってチリーノを先導する。


「うん……!」


 チリーノは目の前で戦士たちに襲い掛からんとする魔法の炎から逃れて、馬を駆った。

 聖剣の力で魔法を斬ってなんとかしのいでいたが、この魔法は強すぎる。焼け死んでしまっては元も子もない。プラチドの後に続く。


 向かった先でチリーノは、ふと覚えのある気配を察知した。

 ライハナだ。

 ライハナがこの先にいる。今は嵐の前の静けさのように何の攻撃も仕掛けていないが、おそらく炎から逃れた戦士たちをまとめてやっつける作戦だろうと推測がつく。


「チリーノ様、お早く!」


 プラチドが急かす。

 チリーノはライハナの言葉を思い出して、勇気を振り絞った。

 ──絶対に悲劇なんて起こさせない、という、あの言葉を。


「うん。今行く!」


 罠だと分かっていながらも、ライハナを信じて、チリーノは北側に向かって駆ける。他の多くの戦士たちもそれに追従する。

 一応、彼らも騎士だから、頼りない大将であるチリーノのことも守ってくれるのだ。


 そして、予想通り、チリーノが炎から逃げ切った途端、そこには暴風が巻き起こった。チリーノは確信した。これはライハナが風の精霊ルマの力を借りて起こした魔法の風だと。


 ……それにしても、ちょっと強力すぎないか?

 まるで竜巻のように粉塵とともに襲い掛かってくる魔法の風。下手をすると馬から引きはがされてしまいそうだ。

 そう思った途端、風の力が一層強まった。チリーノは必死に聖剣を振り回して風の威力を弱めようとしたが、それも焼け石に水。

 まさか、ライハナがこんなに強いなんて……長いつきあいなのに、チリーノはちっとも知らなかった。


「うわあ~!!」


 チリーノは馬ごと風に乗って空に巻き上げられた。


「チリーノ様!」


 そう叫んでいるプラチドも巻き込まれて空高く飛ばされている。チリーノも馬から離れてしまった。


「た、助けて」


 だが、怪我をする心配はすぐになくなった。どこからともなく透明な箱が現れて、チリーノを取り囲んだのだ。


「これは……魔法の盾?」


 風は、盾に守られたチリーノと、他の戦士たちを、敵陣の後方まで運んで行った。


「そんな無茶苦茶な」


 プラチドが絶望的な声を上げているが、チリーノは「なるほど」と思っていた。

 ライハナにとってはこれが最善策なのだ。

 チリーノという敵の大将を無力化するだけでなく、安全に捕虜にできる。そして戦局はシェリン帝国の有利に動く。


 それは、カルメラ王国にとっては非常に困った事態なのだが……。チリーノがこうもあっさり捕虜として捕まってしまっては、父は憤怒のあまり何をしでかすか分からない。


 さて、敵の陣地に着地したチリーノたちは、木の精霊リマの魔法によって、ツル植物で全身をぐるぐる巻きにされた。聖剣などの武器はみな没収された。そして捕虜用の天幕の仲間で連れて来られる。

 そこには、ライハナの姿があった。

 ライハナは何故かきらきらした目でチリーノのことを無言で見つめていたが、しばらくしてから目を逸らして、みなに語り掛けた。


「チリーノ王子をはじめ、みなには捕虜になってもらう。おとなしくしていれば悪いようにはしないが、くれぐれも抵抗などしないように。見張りの者に逆らってはいけないよ。……では私はもうしばらく席を外す」


 立ち去りかけたライハナに、チリーノは声を掛けた。


「どこへ行くの」


 ライハナは一瞬、歩みを止めてこちらを見た。


「……まだ、あんたらカルメラ軍の勢力が残っている。彼らをみな追い払うまで、私の仕事は終わらない」


 それだけ言って、ライハナは天幕の中から立ち去った。チリーノは不安げにその後ろ姿を見送った。


「チリーノ様、お怪我はありませんか」


 プラチドが真っ先に声を掛ける。チリーノはできる範囲で全身を見回した。


「うん。大丈夫。何か、魔法の盾が出てきて、僕のことを守ってくれたみたい。敵の気遣いかな」

「そうですか……。それは、不幸中の幸いでした」


 プラチドが安堵の溜息をつく。


「プラチドは? 怪我はしてない?」

「私は大丈夫です。他の者は……」


 プラチドはすばやく他のカルメラ戦士に目を走らせた。


「無傷か、軽症で済んでいるようです。御心配には及びません」

「そう……良かった」

「これから、どうしましょうか」

「……」


 チリーノは考え込んだ。

 ライハナはチリーノたちをどういう目に遭わせるつもりだろう。

 ひどいことにはならないという確信はあった。でなければ、チリーノの身を盾で守ったりなどしないはずだ。少なくとも相手は、敵には容赦しないが、おとなしい捕虜には寛大な姿勢を見せている。


「慌ててもしょうがないから、ここは成り行きに身を任せよう。きっとひどい目には遭わないよ」


 チリーノは言った。プラチドは今度はやれやれといった溜息をついた。


「相変わらず呑気でいらっしゃる。ですが、おっしゃる通りですね」

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