第24話 関わり/ライブ⑦
「お隣、失礼します」
ステージ上から見て左側、全身純白のスーツに銀髪碧眼の青年が二階席に位置する関係者席に座るスーツを纏った女性の隣の席へ腰かけた。
見た目年齢はだいたい四十代後半。凛々しい座り方で会場内を眺める女性に一言、挨拶を交えた礼を述べる。
「今日はお招きいただきありがとうございます。麗華さん」
麗華と呼ばれた女性は「そうね」と反応するだけで見向きもしない。
それにやれやれと首を横に振った青年は文句混じりに言う。
「人を呼んでおいて、相変わらず素っ気ないですね」
「今回が初めての大規模会場でのワンマンライブなの。集客状況を確認するのは重要よ」
「ごもっとも」
「それとここに呼んだのは前にあなたが私に言ったお願いの答えを聞かせてあげようと思ったから」
「それはつまり……」
「私の口から言うつもりはないわ。彼女達が発表してくれる」
「僕に最後まで付き合えと?」
「無論。それにあなたは最後まで彼女達を見届ける義務がある。そうでしょ、ジル」
義務という言葉にジルは目を細め、過去の記憶と少し向き合う
「……僕は何か、しましたっけ?」
惚けた口調で知らない振りで誤魔化すも、麗華にはお見通し。
ジルも簡単に見破られると分かっていながらそう演技をした。
「別に責めているわけじゃない。まぁ、あなたが一時の感情に振り回されて、あの子を貶めようとしたことには未だに許していないけど」
「……」
恨みの籠った鋭い眼光が真横から放たれ、内心で物凄く気圧されるも決して振り向かないで受け止める。
「結果的にあの子達……特に香織は成長した。私の知らない所でアイドルグループを誰かさんが勝手に結成して、勝手にデビューステージに立たせていたのはい・ま・だに引き摺っているけど!」
「いやぁ~、酷いことをする人もいますねぇ」
「その整った顔面引き裂くわよ」
麗華の目が如何に本気かとジルは悟った。
香織のマネージャー兼アイドルグループのプロデューサーを務める麗華にとってその事件は本気で度し難く、許し難いものであった。半ば忘れようとしていた当時の記憶を薄っすらと彷彿とさせたジルは自身が首謀者だと発覚した際、麗華に何をされたのか鮮明に思い出す。
「取り敢えず、見なさい。あなたが生み出した彼女達の輝きを」
腕時計で開演時間を確認し、会場内の照明が徐々に落ちていく。
それに伴い、騒めいていた会場が静寂を纏う。
♢
静かだ。
照明が落ち、真っ暗闇に包まれた会場内はシーンと静まり返った。
先程まで談笑していた隣に座る香織ファンだと分かるTシャツを着た二人の男性は今か今かと待ち遠しい表情でステージを黙って見詰める。
ポツリポツリと桃、青、黄緑の三色の光が現れる。
事前に渡されたペンライトのボタンを押し、俺は周囲が青く光っているのを確認した上でピンク色で待機しようとするも、横から脇を小突かれ渋々青色へと変える。
往生際の悪さが取り柄ではあるが、それを許さない熱狂的なファンの意向にあっさりと従う。
束の間、ステージの両サイドに備えられた大きなスピーカーから音楽が流れ始める。
一曲目がどういう曲か完全に熟知していたファンは一斉に片手、あるいは両手に握られるペンライトをリズムに合わせて振るう。
ステージ側に目を凝らして見るといつの間にか三人の黒い影が映った。
中央に立つ少女が大きく息を吐き出し、左右に首を振った後、口元にマイクを近付け……
『いくよ』
一曲目の前奏が終わる直前、掛け声と同時にステージ側の照明が明転。
真っ先に中央に立つ香織を捉え、歌唱が始まった瞬間に俺は一瞬で吞まれた。
いや、吞まれかけた。
感情の乗った歌声に魅せられた。
香織の歌声を聞くのは初めてという訳でもない。
たまに新曲の練習を家でしていたりする際に部屋の壁越から聞こえてくることはあった。
だから、歌が上手いのは知っていたが……それとはまた次元が違った。
集中して聞き入ってしまうくらい、マイクとスピーカーを通じて耳に届く香織のビブラートボイスを素直に綺麗だと認めた。
そのまま一曲、ペンライトや名前の入った団扇を振ってステージに魅入るファンとは違い、ただ立ち尽くしたまま妹のパフォーマンスに圧倒されていた。
あるがままに受け入れる。そう決意して立っているが、これは予想以上だ。
白里が絶賛する気持ちも分からなくはない。
もしも、俺が香織と何の関係もない赤の他人だったら完全に引き込まれていた。
パワフルでクールな歌とダンスに、時折見せる明るい笑顔。
心の底から見ている人達に楽しんでもらいたい。
そして、自分達も精一杯楽しむ。
言葉にせずとも身体全体でそれが明らかに表現されている。
迷いのない自信が備わったスタート。
それが一曲目の勢いを出している。
「これが香織のステージ……」
色々と考えている内に一曲目を終える。
たった一曲目にして会場内を熱気立たせ、香織達も少し汗を掻きながら息を整える。
二人が落ち着いたタイミングを見計らって香織は深々と一礼した、
『皆さん、こんにちは!私達……』
『『『SCARLET(スカーレット)です!』』』
決めポーズと同時にグループ名を叫ぶ。
それに反応したファンが一斉に拍手喝采を沸き起こす。
『お~凄い人いる~』
『今日は四千人の人がここに集まって来てくれているらしいよ、はるのん』
『四千!?夢かな、これ』
『そんなに息上がってて夢はないでしょ。春乃』
『香織~それだと雰囲気ぶち壊しだって』
真面目な指摘をした香織の右側に立つ桃色髪の少女の言葉に正論だと頷く。
ん、あの桃色髪……
『まあまあ取り敢えず初見さんも居るかもしれないし、いつもの簡単な自己紹介に行こうよ』
『そうだね。じゃあ、先ずは私から!』
ステージのライトが桃色髪の少女に集まるとファンもそれに応じてペンライトをピンク色に変える。
『は~い。SCARLETの元気担当、安達春乃です!今日は最後までよろしくお願いしまーす』
湧き立つ大歓声の中、手を振りながらノリノリにポーズを決める。あの明るく親しみやすい笑顔とかなり目立つ色のゆるふわ髪型がつい昼前に再会した、あの少女と完全に一致した。
「マジか……」
あの少女がアイドルでしかも香織と同じグループだったという驚愕な事実に口を半開きにしたまま小さくペンライトを振った。
「あれれ、もしかして三津谷君ははるのん推し?さっきもペンライトをピンクにしてたし」
「いや、そういう訳じゃないけど……見知った顔だったからつい」
「あーそっか、二人は仲良いし三津谷君が知っててもおかしくないよね」
「ん?あぁ、そうだな」
会場内の音が大きく何を言ったかは薄っすらとしか聞き取れなかった。
にしても、こんな形で一方的に彼女を知ることになるとは思いもしなかった。
意外にも世界は狭いのかもしれないな。
『じゃあ、次は私の番だね~』
ゆったりとフワフワした雰囲気を纏う少女にスポットライトが当たると次は会場内が髪型に合わせた黄緑色を帯びる。
『お~凄く鮮やかだよかおりん、はるのん』
『それは分かったから早く自己紹介しないと』
『あう、そうですた。あ、嚙んじゃった』
ファンにささやかな笑いを提供しつつも、改めて自己紹介へと移る。
『SCARLETの三崎柚野(みさきゆずの)です。えっと、盛り上がっていこーね。ん~いぇい』
筋肉モリモリマッチョマンポーズを決めるも、あまりの不格好さといつもはしないポーズに会場内のファンもどう反応をしたらいいか一瞬迷う。
自分が滑ったことに気付き、センターモニターに大きく映る彼女の顔が真っ赤に染まるのが一目瞭然。それをフォローしようとファンも大きな声で必死に励ます。
『あはは~今日は一段と緊張しているね、柚野』
『さっき考えてたポーズはどこにいったの?』
二人の指摘に涙目を浮かべながら答える。
『だって……人いっぱいいるんだもん』
『うん。分からなくないよ……私も心臓バクバク言ってるし』
今にも決壊しそうな不安定な感情を香織が寄り添って落ち着かせようとする。
その健気な姿にファンもまた応援する。
『みんな~ありがとう。一先ず、自己紹介進めようか』
香織とアイコンタクトを交わした春乃の合図でスポットライトの位置がずれる。
青色へと戻し、周囲の気配が戦闘モードに移行。
『はい、皆さんこんにちは。SCARLETのリーダーを務めます三津谷香織です。よろしくお願いします』
おいおい、もっとアイドルらしくキラキラとしたイタ可愛い挨拶でもしないのかよ。と、内心で酷評しようとする間もなく、会場内全体から大歓声が沸き上がった。
両隣の香織オタは飛び跳ねながら物凄く歓喜しているのを横目に、俺も紛れてペンライトを振るった。
『うわ~相変わらず凄い歓声』
『かおりん人気だもんね』
『正直、私も驚いてる』
いや、俺も。
白里の話からして香織がどれくらい人気なのかはある程度把握しているつもりだった。
会場内に半分以上が香織のファン。それはライブ前の様子を見ていても分かってはいたが、こうして目の当たりにするとより人気度の凄さが際立つ。
グループの顔でリーダー。
SCARLETが香織を中心として成り立っているというのも納得がいく。
『この熱気が冷めない内に次の曲に行くよ~』
『行こういこ~う』
『私達が厳選したメドレー曲です。一緒に盛り上がりましょう!』
香織の掛け声と共にメドレー曲の一曲目が流れる。
『聞いて下さい。SCARLETメドレー』
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