第19話 関わり/特訓/C討伐②
渋谷区にある賃貸マンションの一室。
授業を終えた俺は自宅に直帰するのではなく、もう一つの自宅でもあるジル社長から与えられた変身時に使用するILDKの部屋へと向かった。
初めの頃は閑散とした生活感のない空間であったものの、今は少しずつ物が増え始め、今では本当の自宅にある自分の部屋よりも快適で、理想的な部屋となりつつあった。
最新のゲーム機器に、ゲーミングモニター、ゲームPC、ゲーミングチェア……ゲーマーにとっては欠かせない部類の物がしっかりと揃っている。
「これが全部タダって言うのも、些か気が引けるな」
これらに一体いくらかかるのか。
あまり想像したくないし、これらにかかった代金を払えと言われても一度に払える額ではない。
「あれ、あんた来てたの……」
長く綺麗な銀髪が見るに堪えない寝癖のまま起き上がったルーチェは大きな欠伸を搔きながら、脱ぎ掛けの寝間着シャツ姿で、服の中に手を突っ込み、身体の痒い箇所を掻いた。
見た目は本当に小さく可愛いい、銀髪碧眼美少女ではあるものの、その実態はズボラを絵に描いた性格。
昼夜逆転型で生粋のゲーム廃人。
麗しい見た目から想像出来ないくらいダメな部分は多く、兄のジル社長や御目付役のナイルさん、メンバーで世話係の幸香さんが手を焼くほどの問題児。
背丈も小さく、見た目年齢が小中学生に見られガチではあるが、彼女は都内の通信制高校に通う一年生。
通信制の学校は、主に学校側から与えられた課題をこなし、定期試験を受けて単位を取れば卒業出来るというシステムで、普通科の高校みたく毎日学校に登校する必要はない。
月に二度、全体のホームルームに参加しなければならないため、そこには必ず登校する必要があるものの、基本的に学業は自宅でというのが通信制の実態であるとか。
マイペースで協調性皆無な彼女にとってはこの上なく適した学業体制。
それでいて、通信制の高校ではトップの成績を修めるくらい優秀なのだとか。
日本語とロシア語。どちらもペラペラに喋れる時点でその優秀さは伺える。
「てか、なんで俺の部屋に入って、寝てるんだ?」
「あんたの部屋、落ち着くし。このベッド意外にも寝心地いいんだもん」
「そもそもどうやって入ったんだ?俺は鍵を掛けていた筈だが?」
「決まっているじゃない。防火扉を突き破って、空いてた窓から入ったのよ」
ガラス戸越しからベランダの方を眺める。
この間、ナイルさんが部屋に来て、修繕・強化された防火扉がまた見事に突き破られていた。その上、小さな窓の戸辺りに板のようなものが挟んであった。
手口が完全に不法侵入者……とツッコミたくなるが、この件の言及はもう諦めた。
「それで、何をしに来たの?今日、レッスンないけど」
「もう分かっているんだろ。ゲームをしに来たんだ」
聞くまでもなく分かっていたことをわざわざ尋ね、ニヤニヤと笑みを浮かべたルーチェは「あんたも生粋のゲーマーね」と嬉しそうに呟く。
「特訓特訓とか言って、わざわざ携帯で呼び出したのはどこのどなたでしょうか?」
今日の午前授業が終わる前、まだ授業中だというにも関わらず、携帯電話を鳴らしたり、連絡アプリで何回もメッセージを送り付けてくる迷惑行為をしてきたことを忘れたとは言わせない。
「ま、いいでしょ!こうして、わざわざゲームを運んで、組み立てたのは私だし」
「……はぁ。運んだのはナイルさんと俺だよ」
組み立てたのはルーチェだが。
「細かいことは気にしない。さてとゲーム、ゲーム~」
ルンルンな気分でガラス戸を開け、自ら突き破った防火扉を潜って部屋へと戻っていった。
ちなみに、ルーチェが自由にゲームが出来るようになったのはジル社長が寛容的な判断を下したからと言える。
前回、ポーチカのライブを観に来た大半のお客さんがルーチェの実況配信を見ていたアイドル好きのファンであったことが分かった。
ゲームとアイドル。そこに深い関連性はないものの、自分が好きなゲームを配信していて且つアイドルをしているともなれば一目でも見たいという意欲にそそられる。そこにルーチェのキュートな容姿が合わさり、ロリコンのファン達がわざわざやって来た。そうジル社長は分析していた。
これを機に、ジル社長はルーチェのゲーム行為及び実況配信を全面禁止という風な態度は取らず、集客に向けた新たな取り組みの一環であると容認した。
これにはルーチェも喜ぶ反応を見せたかと言うと……そうではなく。
当初、ルーチェの目的は動画配信の収益で得た稼ぎを大きくし、アイドルではなくゲーム実況者として生きていこうと考えていた。日本語・ロシア語が堪能である要素や幼いロリボイスを活かしたロシア人チューバー『べルーチェ』と名乗って自らを売り出し、少しずつ視聴者もといファンを増やしていた。それがルーチェにとっては大きく裏目に出ると知らずに。
結果的に、ゲーム配信を前向きに捉えたジル社長はルーチェのゲーム配信を取り組みの一環として見なし、活動そのものに悪影響を及ぼさない限りで認めた。
その一方でルーチェはゲーム配信を辞める旨を伝えてはいたものの、断固として拒否された。代わりに、ゲーム配信で得た収益の殆どはルーチェの元に入り、ゲーム配信の活動がスムーズに行うよう手助けするといった約束事まで取付け、半ば強制的に話は進んだ。
俺から言わせてみれば贅沢な話だ。
♢
『それであんたは行くの?』
「そりゃいくとも」
テレビ画面の中で、俺が動かすキャラクターがアサルトライフルを構えながら、スコープ越しに映る敵に目掛けてニ、三発発射。電脳空間で放たれた架空の銃弾が敵にヒットした際に、現れるダメージ数を確認する。
「40ダメ。まだ割れてない」
『オッケー、そのまま撃ってて、右から回る』
ルーチェの指示に従い、荒野を走る敵を目掛け、そのまま連射。
続いた一、二発は当たるも、撃ってくる方角に気付いた敵は射線が切れる場所へと身を潜めた。
「一番手前の奴、割れてる。それと、後ろから二人来てる」
敵の位置を確認し、報告しながら俺もルーチェの援護に向かって敵のいる前方に詰め寄る。
『一人落とした。もう一人も割と削った』
その直後、俺とルーチェの三人目の仲間であるキャラがルーチェの使う暗殺者(アサシン)のアバターと交代する形で前へと出る。
ヌルヌルとした素早く、小回りの利く動きで敵の弾幕を搔い潜りながら着実にキルを入れていく。
「つよ」
あまりの立ち回りと敵を当てるエイム力に舌を巻く。
俺が到着した時には敵が倒された後に現れるデスボックスが三人分落ちていた。
『流石は春ね!』
イヤホン越しでルーチェが褒め称えるも、当の本人である楢崎さんの返事はない。
『あの子、ゲーム音に集中したい人間だからランクマ以外じゃ、ミュートにしているんだった』
こういう連携を重視するゲームにおいて、他者との交流は必須。
マイク以外でも基本的に意志の疎通は図れる。
向かう場所を指定したり、敵を発見した際の合図や『よろしく』『お願いします』といった定型文のスタンプなんかもゲーム内にはあるため、必要最低限の会話はこれで成り立つ。
『春の場合、人と会話するのが好きじゃないから黙っている点が大きいけど』
「なんか、罪悪感あるな。それ……」
『気にしなくていいわよ。別にあんたが嫌いな訳じゃないから。ただゲームに集中したいだけだろうし』
それなら……納得いく。
俺としては楢崎さんという人間性があまりよく分からないので、こういうゲームを通じて少しでも仲良くなれればいいというのが本音。
現に楢崎さんは極度の人見知りなせいか、通常の会話でもまともに目を合わせてくれない所か、一対一で話す機会がほぼない。
俺よりも少し歴の長い白里やルーチェ達とは気ままに会話しているように見えるせいか、まだ彼女との間で大きな距離を感じざるを得ない。
『まぁその内あの子も心を開いてくれるから、今は目の前の敵に集中しなさい』
そう告げられると銃声を聞きつけた別の敵チームが奇襲を仕掛けてくる。
それに気付くのが遅れた俺は少し被弾。物陰に隠れて回復をしている間に、楢崎さんがカウンターを仕掛けて殲滅。ほんの数秒で戦闘は終了した。
もはや、圧巻の一言しかない。
『それであんた、唯菜と何処のデートに行くの?』
「デートか、どうかは分からない。ただ、相談に乗って欲しいって」
放課後に送られてきた白里からのメッセージはこう『来週の日曜日。お台場の有明に大きなデパートがあるからそこで相談に乗って欲しい』とのこと。
わざわざお台場に指定する理由は分からないが、その日はお互いに当然の如くオフな日、断る理由もないので『了解』という風に返信した。
『その相談場所がお台場あたりって……デート以外にないでしょ』
「って言われてもな……」
『その気持ち分からなくはないわ。唯菜に恋心なんてものはないだろうし、話を聞く限りあんたと唯菜はただの友達同士って感じね』
言われなくても分かっている。
白里にそんな気が一切ないのは端から知っていた。
『あ~そうだ。お台場に行くんだったらお台場のアニメショップ寄ってよ』
「いやいや、そっちの方じゃないぞ。確か有明の所だった気がする」
『有明、それに日曜日って……あ~分かった分かった』
「何が?」
『唯菜とのデート。何をするのか分かったってこと』
「え、ホントか?」
「それは……って、ヤバいヤバい!』
突然、悲鳴の如く叫んだルーチェは慌てて物陰に身を潜めて回復を行う。
ルーチェが悲鳴を挙げた直後、彼女が使うキャラのHPが凄まじい速度で削られ、瀕死状態へと追い込まれたのを見て、俺も慌てて援護に入る。顔を出して敵と撃ち合おうとするも、画面の奥の方から延びてくるビーム光線の如し熱線に焼かれ、同様なダメージを受けた。
「あっぶね」
『アレ、やってるわね』
やっている。という言葉の意味に俺は瞬時に理解した。
楢崎さんもチャットで『C!!』とだけ送ってきた。
「チーターか」
俺達と敵との距離はかなり遠い。敵の位置は恐らく前方にある大きな廃ビルの屋上。
今にも崩れそうな廃ビルの屋上を三人で陣取り、ライフルビームを撃ってひたすら嫌がらせに徹するという悪質極まりない上に必中のオートエイムを使ったチート行為。加えて、弾の消費はおろか無限にビームの光がチカチカと輝き続けていた。
これには流石に無視して、別のポジションへと移動したくなるが、最悪のことに次の移動すべきマップの位置がチーター達の辺りというシステムすら掌握したのかと思わせるような不利な安置が指定された。
『腹立つわぁ~』
顔を出せばオートエイムが反応してビームが飛んでくる。
ビームが放たれる対象は複数ではなく、一点の敵のみ。
誰かが囮になっている隙に、徐々に前へ詰めて忍び寄る。というのが理想的ではあるが、生憎とチーターの持つ銃から発せられるビーム光線が狙いを定めているチームは俺達。
今もなお、岩陰に潜む俺のアバターを狙って岩石の表面を高熱の光線が焼いている。
無論、岩石は無敵オブジェクトのため破壊して、貫通してくるということはない……筈。
「どうする?このままだと前に進めなくてアンチに呑まれる」
ダメージを受けつつギリギリで堪えれる範囲で物陰に隠れ、回復して移動する。これが現実的な形ではあるが、角度的にこれ以上前に詰めて岩陰に隠れても『お尻隠して、頭隠さず』といった具合で倒されるのがオチ。やはり……
『どっかのチームがあれの餌食になっている内に近付くしかないわね。キルログを確認しながら……って、この名前……』
他のチームがあれの餌食になったのか、右上欄にキルした者のユーザー名とキルされた者のユーザー名が表示される。そこに目を付けたルーチェはある名前を見て、不敵に笑う。
『見つけた…見つけた見つけた!しかも、こいつチーターって……』
「どうした?」
『この戦い負けられないわよ。あのチーターは絶対に倒す』
突如、ルーチェの闘志に強い火が灯る。
憎き因縁の相手との再会。
そんなシチュエーションに見舞われたのか、狂気じみた声でルーチェは勝利を誓う。
それと同時に、チーターの存在に気付いた他のチームが空に銃弾を打ち上げ、ある合図を全体に伝える。
『最高ね。本当はいけないことだけど、今回は乗ってあげる』
その意図に気付いたルーチェもまた数弾、空に撃ち放って共闘の意志を告げる。
現在、このゲーム内に生き残った部隊数は四チーム。
その内の一チームはチーター。
詰まる所、チーターを除いた三チームによる共闘の合図。
本来であれば敵である別のチームと共闘して戦う行為はルール違反と定められている。
しかし、敵の敵は味方と言うように害悪極まりないチーター討伐を行うべく、暗黙の協定が三チームの間で交わされた。
『多分、他のチームが一時的にチーターの目を引き付けてくれる筈だから、その間に廃ビルへと乗り込むわ』
「九人で一斉に畳み掛けるのか?」
共闘して戦うのはいいが、共闘して戦う味方がどのアバターを使っているのは分からない。
加えて、他の二チームがいるのは廃ビルを挟んだ向かい側。
屋上に上がった途端、混戦状態であれば瞬時にチーターの使うキャラを見抜くのは難しく、下手を打てばチーターと味方諸共撃ちかねない。
『ワンテンポ置く。その間に、春が狙撃による援護と敵と味方の位置を把握するために動いているから、チーターの一人を落としたタイミングで動くわ』
「了解」
作戦会議も束の間、岩の表面を焼いていたビームが別方向を捉える。
『今よ!』
俺とルーチェの二人は廃ビルへと乗り込み、楢崎さんは廃ビルと同じ高さのポジションを取るべく、岩石を盾にしながら斜面を登って行った。
廃ビルへと向かう最中、屋上の方からかなりの銃声音が飛び交う。
「始まった」
遮蔽物の多い、市街地エリアからチーターとの間で『だるまさんがころんだ』風にジリジリと近寄る共闘した二チームが囲い込む形で襲撃を開始。
その間に廃ビルの一階へと潜り込んだ俺とルーチェは屋上へと続く階段を駆け上がる。
屋上のある三階までの距離はそう長くない。
十秒もあれば十分に登れる。
三階の屋上へ続く階段の一番上まで先に上がったルーチェはキャラを少しずつ横へ動かして、戦況を確認する。
真っ先に目に映ったのは屋上の中央でこちらに背を向けたまま三人でビームライフルを使用したチーターチーム。そして、ルーチェ達と対極にあるもう一つの階段側で応戦している二チームが共闘している仲間。それを瞬時に判断し、自分らも加勢しようと動いた次の瞬間……
『どんな状況……って、やばーい!』
身体を乗り出したことでオートエイムが反応したのか、ビーム光線がルーチェの使用するアバターのヘッドに全弾命中した。
素っ頓狂な声をあげ、HPが全損する前に慌てて頭を下げた。
直ぐに回復アイテムを使用して、HPを全快させる。
『あのクソチーターめ、近くに居る敵を全弾ヘッドショットで命中させるチートを使っているわ』
「この距離だと、こっち側に向くのか」
『多分、今のでバレたから奇襲は通じない。向こうのチームが一人だけでも落としてくれれば……』
戦闘が始まって二十秒が経過した時点を境に数名のキルログが右上欄に表示され、一チームが壊滅した通知が届く。
どっち……。
ルーチェは戦況確認の為、顔をもう一度出す。すると、三人組のチーターの一人が横でダウン状態になっているのを確認。
奥の方でもう一チームが強い粘りを見せながらチーターと応戦する隙を狙って襲撃開始。
『今よ!』
勢いの乗った合図と同時に一番近くにあるコンテナにスライディング。
ルーチェが狙いを定めたチーターとは別の相手を狙うべく、コンテナの横から身体を出して発砲。
かなりの緊張感に加え、俺のエイム力が下手なせいか、一秒間で二十発出る弾の五発しか命中させられなかった。
くそっ!
自分が下手なことは分かっていたが、土壇場で当てられないその技量の低さに嫌気が指す。
しかし、二方向から銃弾を受けたチーターのHPは大きく削られていた。速やかにサブ武器へと変え、相手の反撃を受ける前にダメージを与える必要がある。
そう思いながらサブ武器でエイムを定めた次の瞬間、チーターのアバターが物凄いスピードで屋上の端っこへ移動。そのまま、落下して下階層へと逃げる。
「なっ!?」
チーターであれば高速移動をするチートを使ってもおかしくはないが、目の前で不意に不自然な動きと速度で消えれば流石に驚く。
「逃がすか!」
相手は瀕死も同然。
回復する隙を与えずにダメージを与えれば、チーター相手だろうと撃ち勝てる可能性は高い。
この好機を逃す手はないと判断した俺は同様に下階層へと降り、その後を追う。
一方のルーチェは……
『アハハハ!あんたがこの間、私に箱撃ちして煽ってきたブタ野郎ね。現実と見た目そっくりなアバターを使いやがって。このキモブタがあぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
前に初めてルーチェの配信を見た際に、ちょうどルーチェが敵に倒されてデスボックスを撃ってきた相手。その中の人がアイドルオタクで、前回のライブ時にルーチェと握手をするべくやって来た。そこで『この間は箱撃ちしちゃってごめんね~。あんまり強くなかったから、つい出来心でしちゃったんだ~』と言って、更に煽ってきたらしい。
ナイルさんを利用してその場で当事者を締め上げるのも恨みを晴らす一つの手であると考えたが、ゲームに関してはプライドの高いルーチェは『もしも次にゲーム内で見掛けたら絶対に殺す』と復讐を誓った。
ゲームで起きたことは、ゲームでやり返す。
その流儀に従い、自身の配信アーカイブを見直してユーザー名とIDを覚え、復讐鬼としてここ数日間血眼になって探していた。
その相手がようやく見つかり、しかもチーターであることを知ったルーチェは大義名分を掲げ、合法的に倍返しする機会に出くわしているせいか、テンションが物凄く高い。
『誰があんまり強くないって?チート使わないと勝てないカスが……イキってんじゃねえぇぇぇぇ!』
イヤホン越しから響く怒声に紛れ、激しい銃声音が上階からも聞こえる。
逃げたもう一体のチーターを追った俺は微かな足音を聞いて位置を掴もうと努めるも、ルーチェのあまりの五月蠅さに何も聞こえない。
アバター視点で見つけるしかない。
視点を素早く変えて、敵の発見を急いでいると向かい側の階段付近から銃声音が鳴り響く。
俺と同様にもう一チームの二人がチーターを追って降りてきた。彼らの方が早く発見したらしく、少し離れた地点で二対一の構図で戦っていた。
遅れまいと、直ぐに詰め寄った俺も援護に入る。
明らかに不自然な方向に飛んでいく銃弾の軌跡を目の当たりにするも、もう一チームが強力なオートエイムを前に一瞬で壊滅。その直前に背を向けたチーターにかなりのダメージを与えるものの、標的を瞬時に変更した追尾型の銃弾が有り得ない軌道で俺のアバターにヘッドショットを与える。
相討ちを狙って、相手のHPを全損させるつもりでいたが、僅差で先に俺のHPが全損させられた。
「くっ……」
届かなかった。ダメージ数的にあと一発でも当たれば敵を倒せる一歩手前で敗れた。
善戦したルーチェもチーターと相討ちになり、ダウン状態になっている。
「不味いこのままだと……」
目の前にいるチーターが回復し、味方を起こしに上がる。そうなれば、俺達の勝ち目はない。
チーターは高速移動を応用したHPの高速回復を行い、直ぐに全快。
あまりの理不尽さにイラつきを覚える間もなく、チーターのアバターが俺の使うアバターを確実にキルしようする特殊モーションに入った。
終わった。
そう諦め掛けた次の瞬間……
『良い位置だね』
廃ビルの空いた窓の隙間から音速を超える一発の銃弾が流れ、窓横で特殊モーションに入っていたチーターの頭部へと直撃。
完璧なヘッドショットを食らい、一撃でHPを全損させられた相手のアバターは一瞬でデスボックスへと変換。勝利チームが確定したことをシステムが認識すると、画面に『Winner』の文字が現れた。
「勝った……のか」
一瞬の出来事に遅れて理解した。
『ざまぁーないわね!このクソチーターが!』
歓喜に満ちたルーチェが思う存分にチーターの箱撃ちをしながら、通報画面を開いて運営側に報告を行う。また、怒りが収まらないルーチェはネットで晒上げるべくスクショして保存。知り合いが運営するアンチチーターアカウントに新たなネタを提供。
「危なかった。助かったよ、楢崎さん」
『……』
返事がない。
最後の一発が放たれる直前、確かに楢崎さんの声がイヤホンを通して聞こえた気がした。
お礼を言うべく、もう一度ミュートにされる前に伝えておきたかったのだが、開いたドアを閉じるのがあまりにも早過ぎて伝わらなかったようだ。
「仕方ない。今度、顔を合わせた時に…ってメッセ?」
画面の左下に表示されたチャットメッセージに『good!!』一言だけ書かれていた。
言葉を口にして返すのは苦手な楢崎さんらしい感情の籠った一言に何だか嬉しかった。
人見知りで、引っ込み思案な性格だとは聞いていたが、多分慣れてくれれば話してくれる。そんな期待が胸の中でそっと膨らんだ。
『いやぁー最高に楽しい戦いだった』
「こんなキツイのは二度と御免だ」
『何言ってんの、ほら次に行くわよ!春が待っているんだから』
精神的に疲労感を覚え、少し休憩したくも思うが鬼教官の二人はそんな時間は与えない。
『あんたの特訓なんだから、休んでちゃ意味ないでしょ』
そんなルーチェの言葉に従い、疲労感を溜め込みながらも準備完了ボタンを押した。
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