第17話 始まり⑩

 本日行われた全公演は終了し、続いてライブ会場の上階にある特設会場での特典会へと移行した。

 白里達のグループ『ポーチカ』がライブ中に他グループの特典会の握手券購入のため、我先に並んだファンの長蛇の列が階段先までが出来ていた。


「凄い列……」


 特設会場もそこまで広くはない。二つの参加グループに分けて握手券購入窓口を用意しているものの、どちらのグループの列が空いているのかは明白で、人気の差も明確である。

 そして、人気なグループの方でも人気なアイドルとそうでない人との厳しい現実を垣間見た。

 

「いつもこんな感じなんですか?」

「悔しいことにね。僕達はまだ知名度が圧倒的に足りないし、披露出来る曲も二つしかないから人気がなく、ガラガラなのはいつも通り……だけど、今日は少し多いかな」

 

 『ポーチカ』側に並んでいるのは約四十人。対して最初のアイドルグループの方は二百人以上居る。

 それと見比べてしまうと余りにも少なく感じてしまうがジル社長にはそう映らなかった。


「そうね。いつもはもっと少ないのにね」

「あれ、田村さん?」


 この人、いつの間にこの会場に居たんだ。

 てか、ツッコミを入れるべきは彼の格好(服装)だ。

 四十代くらいのオッサンがレオタードのままうろついているのは些か危ない気がする。


「それより、なんで今日は多いんですか?」


 その問いにジル社長は携帯端末を取り出す。前のアイドルグループが出したSNSでのライブ告知ツイートのコメント欄に書かれた内容を表示する。


 『ポーチカっていうアイドルグループに最近話題のゲーム実況者、ルーチェちゃんが出るぞ!!』

 『あのロシア人ロリチューバーの!?!?』

 『この間、俺が箱撃ちしちゃった子だ』

 『めっちゃ可愛いやん。絶対観よ!!』

 『銀髪白人美少女!しかもロリって……最高かよ』


 といった内容がルーチェを中心として呟かれていた。

 ここに並ぶ殆どの客がルーチェの動画配信の視聴者であるのは間違いない。

 その意外な効果が思わぬ集客に繋がっていた現実を目の当たりにしたジル社長は大きく溜息を吐く。


「案外、ルーチェのやり方の方が時代に即した活動なのかもしれない」

「あの子。あなたに似て賢いから」

「あの怠け癖とずる賢さは僕にはないけど」

「昔のあなたにそっくりと言っているのよ」

「……はぁ、前も言ったが善男。あんまりルーチェを甘やかさないでくれ。あの子は君と幸香の言葉しかまともに聞かないから兄として困り果てているんだ」

「そうね。肝に銘じておく」

「頼むよ……っと、話しているうちに特典会が始まりそうだ」


 ステージ衣装のまま特設会場へと立った四人と六人の少女達。

 『それでは特典会はじめまーす!』

 スタッフの合図と同時に握手券を持ったファンが推しの待つ前へと流れ、始まって数秒で六人側のブースの中に列が生じる。


 それに対して四人側の方はルーチェのみに集中して人が多く並んでいた。

 ルーチェ本人も意外な展開に驚いていたのか、口を半開きにして立ち尽くしていた。


「あいつ、こうなると予想していなかったのか」

「あはは、可愛いわね」

「何だか凄く嫌そうな顔になってきましたけど……」


 大人数を相手にお渡しや握手、一分間の会話がとても面倒だと気付き始めたのか、次第に表情が明らかに引き攣り出した。

 あれはファンには見せていけない顔であると判断したのか、ジル社長よりも先にルーチェの異変に気付いた幸香さんが肩に触れて御す。

 無言のオーラを感じ取ったルーチェはステージ上で見せる笑顔を絶やさずに特典会へと臨む。


「念の為にと、幸香を隣に配置しておいて正解だった」

「でも、幸香ちゃんだけじゃ限界でしょ」


 その指摘通り、ルーチェだけじゃなく幸香さんにも数名並んでいた。主に女性の方がちらほら…。

 幸香さんがファンに対応している間、ルーチェを御す人間がいなくなる。それを危惧したジル社長は予防策を執る。


「ナイル。ルーチェの側に付いてフォローを頼むよ」

「了解です」


 ボディーガードマンのナイルさんを真後ろに置いて、ルーチェの監視を狙ったのだろう。

 あれでは監視されているのはどちらかと言うと並んでいる側の方に見えてしまう。

 背の高く、屈強な男性がルーチェの後ろに立った途端、容姿は愛らしく、幼い彼女に癒しを感じていたファンの視線がナイルさんに向けられた気がした。


 その一方で、一番左端に立つ楢崎さんとその隣に居る白里の前にはたった二、三人しか並んでいなかった。その数はあまりにも少なく、何だか閑散とした雰囲気が感じられた。

 それでも白里は何処か嬉しそうな表情でファンと関わっていた。


「彼女達のライブはどうだった?」


 どうだった……か、と尋ねられても直ぐには思い浮かばなかった。

 見ていて凄いとか、可愛いとかいう感想というよりも少し淡泊な印象を抱いた。

 

「俺はアイドルに詳しくないのであんまり気が利いた感想は言えませんが……普通に良かったと思います」

「そうね。あの子達は普通に歌もダンスも上手。特にセンターの唯菜ちゃんはダンスに関しては光るものを持っているわ」


 ダンスには自信がある。

 白里は以前そう話していた。

 

「私としても今日の出来はいつもよりも良かったと思う。唯菜ちゃん何だか楽しそうに踊っていたもの」

「白里が?」

「えぇ、多分あなたが見てくれたことが嬉しかったのよ」


 俺から言わせれば、ステージ上で観た時と教室で見る時の白里はあまり大差ない。

 常に笑顔でいて、自分も楽しみながら周りを楽しませる。

 今日のライブを観ている限り、より一層その印象が強く感じられた。


 そして、白里がどうしていつも周りから人気なのか、理解が深まった気はした。

 白里は俺が思っている以上に真面目な性格。多分、そこが白里の魅力


「努力家で、何事にも一生懸命で優しい心根を持った少女。それが彼女の良さでもあり、彼女を知る者が惹きつけられる要素でもある。君もそうだろう?」


 「はい」と口にはしなかったが同意した。

 段々見ていると好きになってくる。

 思春期の男子であれば異性に対する感情なんて突発的な何か、あるいは特別な何かが上手く自分の中で突き刺されば自然と『興味』が『好き』へと変わり出す単純な生き物。


 特に『真面目』『可愛い』『笑顔』の三拍子が揃っていれば尚、好きになってしまうだろう。

 それらが揃った白里の魅力にクラスの何人もの男子が惹きつけられたか、教室の端から見ていた俺は分かっている……つもりでいた。

 

「どこにいても白里唯菜という人間性を演じられるのは凄いことだ。裏表がない彼女の誠実な部分に改めて触れた君なら分かる筈だ」


 ジル社長が何を言いたいのか。

 その先に出る言葉が自ずと察せられた。


「これはあくまでも、白里唯菜という人間を近くで観察し、触れ合わない限り発見出来ない魅力だ。教室という閉鎖的で、距離の近い空間でなければよくは見えないだろう。それもたった一度きりの関わりではなく何度も関わるからこそ、理解できるものだ。」


 人間例外なく他人に対する印象はゼロから始まり、プラスかマイナスになるか。

 例えば、初めてクラスメイトになった隣の席に座る生徒を見て、その人が異性であればプラス、容姿が良ければプラス、性格が良さそうであればプラス……と、勝手にラベリング処理を施すとする。時が流れるにつれ、教室での出来事や交流関係を通じてその人に対する印象は決まっていくものとなる。それが良いか、悪いかは個人の捉え方次第で、どれくらいその人と関わったかにもよる。

 そして、プラスに転じ続ければ興味が次第に膨れ上がり、いつの間にか意識せずに彼女を気にかけている。なんて心理状態が完成しつつあるに違いない。


 しかし、それはあくまでも教室といった空間での場合におけるで尚且つ同年代の男女が日常を共にするからこそ成り立つ話。

 こういった多くの大人達が集い、純粋にアイドルという美少女達を推しに来ている彼らに通用しないのは一目瞭然。

 

「たった一度では、唯菜ちゃんの魅力を理解することはおろか、応援したいという気持ちになる人は二百人中の一人か二人。まぁ、時には一人もいない……なんてこともあったね

「仕方ないわよ。知名度の差で埋もれてしまうなんてことはアーティストにとってよくある話でしょ。でも、ライブ中に抜け出して特典会へ並んでもいいというのは失礼な話だと思うけど」


 自分達のステージになった途端に退出していくなんて失礼極まりない上に気分を害される思いになるのは白里達に深く同情出来る。

 互いのアイドルグループを宣伝する目的で開かれた今日のライブは果たして本当にその効果がしっかりと現れているのかと疑いたくなるレベルであった。

 自分達の推しばかりに意識が向けられ、ライブ目的であった『相互認知』の部分が欠けている。

 それがこのライブ全体に対する率直な感想……ではあったものの、ジル社長や白里達はそう捉えていなかった。

 

「僕はゼロよりもイチを重視する主義でね……今日の結果は概ね満足している」

「この間は一人も来なかったものね」


 それと比べてはそうかもしれない。

 

「それに、彼女達の魅力がファンに伝われば次もまた彼女達を観に来てくれるかもしれない。それが次から次へと増えてファンは多くなる。隣にいる彼女達みたいに……」


 先ずは一人でも多く、ファンを集める。

 爆発的な注目を浴びて、一度に多くのファンを集める。

 一攫千金を手に入れるみたいな方針ではなく、コツコツと時間を掛けて少しずつ増やす。

 

「その為には僕も色々と手を回さないといけないのだけど…これに関してはもう一度、見直すべきかな」

「ルーチェみたくゲームを通じて、ファンを集めるとかですか?」

「そうだね。僕個人としてはルーチェが調子付く口実になるから、あまり許可出来ない部分ではあるけど……効果的な方法を見逃す訳にはいかない」

「そうね。ルーチェちゃんは結果的に自分の首を絞めているのだけど」

「自業自得ということで僕も大目に見よう」


 我慢の限界を迎えたのか、少し休憩しようとして逃げようと図るルーチェをナイルさんがしっかり逃走経路を塞ぐ。


 『退きなさい、ナイル』

 『申し訳ございません。社長命令です』

 『なら兄貴に言って、ゲーム配信辞めるからあの列の人達どうにかしてって』

 『私の口からは何も言えません』

 『このター〇ネーターが!!』


 などと人目の付かない場所でやり取りしているのが、インカムを通じて微かに聞こえる。


「はぁ、すまない。僕も少し行ってくるよ」


 ナイルさんでは手に負えないと判断したのか、自ら赴いて特設会場の裏手へと急ぎ向かった。

 

「あなたは行かなくていいの?」

「どこに?」

「唯菜ちゃんのとこ」


 そう催促され、自ずと白里のブースを眺める。

 今しがた対応が終わったのか、去っていくファンに笑顔で手を振る白里が正面へと向き直る。

 自分の空いたスペースを少しばかり眺めると、徐にこちらへと視線を投げた。


 また、お互いに視線が交わったことに少しだけドキッと心臓が脈打つ。

 気付いてしまった以上、ここで視線を外しては不自然と判断した俺は小さく会釈をした。

 それに白里は小さく手で招く。


「あら、お呼びみたいよ」

「……」


 『おいでおいで~』とあたかも小動物か何かを呼ぶ動作に応じるのは些か恥ずかしい。

 かと言ってあれ無視は出来ないので、大人しく従うことにした。


「これ持っていきなさい」


 ポケットのない服の何処かから握手券を取り出したのか気になるが、受け取って白里の待つブースへ並ぶ。握手券を回収した白里は交換に勢いよく俺の手を握り締め、嬉しさのあまり何度も上下に手を振る。


「来てくれてありがとう!ヒカリちゃん」


 何がそんなにも嬉しいのか、と尋ねるのは野暮だ。

 ここは彼女の好意を甘んじて受け入れるとしよう。


「うん……来ちゃった」


 我ながらこの返しはどうかと思うが、白里は見たことのないテンションで喜んでいた。


「どうだった?私達のライブ!」

「良かったよ」

「ふふん、でしょ!って素直に言いたいんだけど、ヒカリちゃんも分かっている通り、私達はまだまだなんだよね」


 両隣で手が空いていた二人も白里の言葉に耳を傾け、少し頷いていた。


「お客さんもまだ少ないし、知名度も全然ない。毎回毎回、自分達のステージが来た瞬間にお客さんは帰って行っちゃうくらい……私達はまだまだ。今日だって悔しくて、始まる瞬間に笑顔が作れなくなっちゃった」


 その時の表情はよく覚えていた。

 ステージが明転したほんの一瞬だけ、普段は絶対に見せないであろう積りに積もった感情が自分でも御す事が出来なくなり、その一端が表情へと出てしまっていた。

 それを見た俺は動いていた。

 彼女に何かしら応えてあげたいという思いに駆られて。

 

「でもね。ヒカリちゃんがみてくれているって分かった途端、何だか元気出たんだ」

「私は何もしていないよ」

「ううん。あの時、前に来てくれただけでも嬉しかった。私達のパフォーマンスを観てくれるだけでも嬉しかった。だからね、お礼を言わせて欲しいの」

「お礼?」

「うん。私達のステージに来てくれてありがとう。ヒカリちゃん!」


 真っ直ぐにキラキラとした笑顔から放たれる『ありがとう』という言葉に少し照れ臭くなる。

 少しばかり頬を赤く染めつつも辛うじてグッと表情が緩むのを抑え、鼓動が早まる心臓を落ち着かせる。

 

 流石、アイドルだ……。

 クラスでもアイドルである彼女は正真正銘、本物のアイドルであったことに改めて認識させられる。


「あ!でも、これだとファンの人達と一緒になっちゃうから少し違う言葉にしないといけないよね。何がいいかな……」


 そう言って特別感をアピールしようと別の言葉でやり直しをしようと考える。

 そんな白里にクスッと笑みを見せつつも俺は一つの覚悟を決める。


 お礼を言われるのはまだ早い。

 もしも、お礼を言われるのであればそれはもっと先のステージに立ってから。

 このメンバーで良いと思える、満足のいく舞台に立って、ファンを魅了した後に取っておく。

 

「違うよ。今はお礼じゃない」

「え?」

「一緒に頑張ろう!みんなで」


 これは始まりだ。

 俺……いや、私…三ツ谷ヒカリがアイドルとしてこのメンバーと一緒に同じ戦場(ステージ)に立って、想いを共有して、共に励んでいくための始まり。


 そこに三津谷陽一としての俺は要らない。

 必要なのは三ツ谷ヒカリというアイドルとしての私。

 白里が白里唯菜という人間を明確に演じ分けるみたく、二人の自分を演じ分けて彼女達をサポートする。

 それが今の自分がやりたいこと。


「うん!頑張ろう。私達、ポーチカがもっと上のステージに立つために!」


 今にも泣き出してしまいそうな白里はグッと涙を堪えながら、その代わりに強く手を握った。

 温かくも柔らかな手に握られながら、正式に『ポーチカ』へとメンバー入りを果たしたのであった。

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