二十八話 その壊れ方、絶対おかしいでしょ

「皆さん、良いですか? 演奏とは芸術、歌唱とは自己表現。なら音楽とは。そう、心の安らぎオアシスです。悲しい時、寂しい時、楽しい時、ふとした時もそう。音楽は人の心を豊かにしてくれます」


 何の代わり映えも無く、何度も繰り返した学園生活が始まった。秋晴れの続く毎日も、見慣れた登場人物達も、いつもと同じだ。


「それでは自由に自分を表現してみましょう。さあ、バイオリンを持ってください」


「「「はい!」」」


 私は今、芸術の講義を受けているところだ。

 それにしても今更弦楽器の演奏なんて、貴族や富裕層の間では出来て当たり前なのに。まぁ、来週に行われる演奏会の為に、各教室の代表生徒を精査しているのだろう。


「アンスリア様のバイオリン、とても素敵な装飾をしていらっしゃいますわね」


 譜面を捲る中、隣に座るジェニファーさんが声を掛けてくる。それは一つの事象が始まる警笛。

 何度も体験した流れだ。決まってこの後はジェニファーさんがこう尋ねてくる。


「どちらのお店でご購入されたんですか? 偶然なのですが、私バイオリンをもう一挺持っておきたかったんです」


「そう、誉めてもらえて良かったわ。確かこのバイオリンは……」


 ここで私が教えても教えなくても、結果は変わらない。ジェニファーさんは必ず手に入れて来る。そして演奏会の代表候補生に選ばれる私を蹴落とす為、一芝居を打つのだ。


 でも残念ね。そんな事をして私を脱落させたところで、貴女が舞台に立つ未来は無いの。だって三人目の代表候補生が勝ち取るのだから。

 そう。あの人が……。


「素晴らしい! 貴女の奏でる旋律は本当に美しいですね、ルールカさん」


「ベラドンナ先生にそう言って頂けるなんて、誠に光栄ですわ」


 それはルールカ・ミュア・バルモーデン辺境伯令嬢。一つ結びにされた赤茶色の髪を肩から流し、清楚で物静かな印象の典型的なお嬢様。

 学園内でも私に次ぐ魔法学の成績を誇り、主に治癒術を得意とする事から聖女の再来等と噂されている人物だ。

 あの演奏技術だって大したものだわ。私は元の世界に居た頃からピアノとバイオリンを習っていたけれど、彼女にだけは勝てる自信が無いもの。


「ちっ、あの女狐が。絶対に化けの皮を剥いでやるわ」


 爪を噛みながら嫉妬に狂うジェニファーさん。突き刺すように睨み付けるその先は、明らかにルールカさんだった。

 でもおかしい。私の記憶の中でその台詞は覚えが無い。もしかしたら、単に忘れているだけなのかしら。


 ━ヴェロニカ邸・寝室━


 その日の夜、いつもの如くカウチソファに寝そべる私。

 何かが好転する事を期待していた学園生活。

 また訪れるであろう苦痛の日々。

 残念ながら、この先にある未来は後者のようだ。


 そう思えば思う程、身体とソファが密着していく。最近の私には気品エレガント何てものは無い。

 別に良いでしょう? どうせメア以外は訪問に来ないんだし。


 ガチャ。


「お嬢様、今夜は少し冷えますのでココアを持ってきましたー!」


 最早ノックすらしなくなったメア。無礼過ぎてレオニード公爵に解雇されないか心配していたけど、どうやら私以外の者には礼節を弁えているみたい。

 ……何で私にだけこんな感じ?


「ところでお嬢様、今年の演奏会は代表になれそうですか?」


「さあ、どうかしらね」


「もう! もっと危機感を覚えて下さい!」


 どうして演奏会とは無関係な筈のメアが熱くなっているのか。

 それは去年の演奏会を私が棄権したからね。そのせいで観覧に来ていたレオニード公爵に殴られたから、今回もそうなるのではないかと、心配しているんだわ。


 でも私は、初めから代表になるつもりは無い。その原因は、あの時の出来事があったから。


 ━一年前・演奏会当日━


「ねえ、ビルカさん。お願いがあるのだけど……」


「はい、私で良ければ何なりと」


「ちょっと眩暈がしてしまって、良かったら代表を代わってもらえないかしら」


「……はい! 喜んで!」


 既に悪役令嬢と陰から揶揄されていた私は、その悪評を払拭する為に代表の座を譲った。

 譲った相手の名はビルカ・カスティーリャさん。

 至って普通の平民でありながら、レムリア学園に通う楽器工房店の一人娘だった。その家柄の為か、ビルカさんは代表に選抜されようと必死に努力していた。きっと自分のご両親が作ったバイオリンの素晴らしさを披露したかったのだろう。


「えっ、何で、どうして……」


 ところがビルカさんの演奏直前、ある事故が起きてしまった。

 それは彼女のバイオリンの糸巻きペグが全てへし折れ、とても演奏できる状態では無くなってしまっていた事。

 普通では有り得ない現象に動揺するビルカさんを見た私は、自分のバイオリンから糸巻きペグを外し、彼女へ手渡した。

 ……でも。


「違っ! 違うんです! これはお父さんの作った部品じゃないんです!」


 大勢の生徒と来賓の見守る中、ビルカさんのバイオリンは演奏中に破損した。

 私が渡した糸巻きペグが抜け落ち、ペグ穴から亀裂が走り、やがて全ての弦が無惨に溢れ落ちて。


「アンスリア様! 私が貴女に何かしましたか!? 貴女に渡された部品のせいで、お父さんのお店が潰れたんですよ!」


「……ごめんなさい」


 信用を失ったビルカさんのご両親の工房は、間もなく閉業した。

 王都は貴族や富豪が多く住む街。貴族の娯楽である楽器店は自ずと乱立していき、競い合う。恐らく今回の件で、他の店に得意先を奪われてしまったのだろう。


「絶対に許さない! 例え公爵の娘だろうと、必ず復讐してやるから!」


 それから暫くの間、レムリア学園ではこんな噂が流れていた。

 ビルカさんのバイオリンを壊し、ペグ穴に細工した犯人、それは悪役令嬢のアンスリアわたし

 その悪役令嬢が何故そんな嫌がらせをしたのか。理由はただ一つ、ただの気紛れ。


「私が余計な事をしなければ、あんな事には……」


 私欲の為にビルカさんを巻き込んだのは、間違いなく私だ。

 だから私は、今年の演奏会も代表にはならない。

 初めから代表にさえならなければ、何も起こらないのだから。

 何度やり直しても、その意思は変わらないんだ。

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