二十四話 関係ない命を、巻き込まないで

 夏期休校も終盤に差し掛かった頃。

 最早、朝の日課となっているアメリナとの魔法訓練に今日も励んでいた。

 この見慣れたルヴール湖とも直にお別れ。そう思うと実に名残惜しい。


「はあ! やあ!」


 でも、魔法は相変わらずのアメリナ。どうしてなのか、全く上達していない。

 まぁ、必修科目ではないし、このままで良いか。


 そして私が汚してしまったジュリアン様のコート。当然レオニード公爵の耳に入り、私は懲罰を……。

 なんて事はなかった。

 あの一件は全て、ジュリアン様が対処してくれていたのだそう。元より処分する予定だったコートを、私に頼んで廃棄させた、と言う創作物語カバーストーリーに仕立て上げ、不問となった。

 家政婦長のエヴリンだけは、全然納得していなかったみたいだけれど。


 ━レーゲンブルク城・薔薇園━


「よし、これで完成だわ。後は塞き止めていた水路を開けて……」


 そしてこれも、私の日課となっていた。

 その甲斐もあって、遂に完成した小さな薔薇園。

 サンテリマーノで調達した石材を積み上げ、石膏で塗り固めた噴水に水を送ると。


 ピシャピシャ、ピシャピシャ。


 控え目な水量を吐き出す噴出口。

 ……あれ、思っていたより、水の出が悪いわね。水路と噴水の水位差が足りないのかしら。


「まぁ、これはこれで良しとしましょう。後は……テーブルと椅子ね」


 最後の仕上げとして、ガーデンテーブルと椅子、ついでに三人掛けの長椅子も置く予定だ。そればかりは自分で作るのは難しそうだし、買いに行こうにも大仕事となってしまう。

 だから私は、予てより本邸の五階を探して回っていた。幾つもある部屋を探索し、雨風にも強い材質の物を選定して。

 勿論、私の腕力では家具を運び出せる訳が無い。せいぜい一人掛けの椅子が限界。

 そこで考えたのがこれ。魔法で呼び出した火の鳥に委ねればこの通り、足で掴んだ家具をバルコニーから運んできてくれる。


「やっぱり魔法って便利だわ」


 細かな微調整が済み、あっという間に配置を終えた私は、額の汗を拭う。久々に感じたこの達成感は何事にも例え難い。

 完成記念に、今夜はリヒトとメアをここに招待しようかしら。

 紅茶を用意して。あっ、お菓子も必要よね。他に必要な物は……。


「ねえ、見てよあれ」


 遠くからそう話すのは、城内の周りを清掃する使用人達。耳許で囁き合い、冷めた視線を送る。こうやって些細な会話まで聞き取れてしまうのは、今までずっと、人の顔色ばかり気にしてきたせいなのだと思う。

 どう思われているかなんて知りたくない筈なのに、どうして意識が向いてしまうのか。


「嘘……あれって魔物? 長女が魔女って噂、本当だったんだ」


「しっ、聞こえるわよ。目を付けられたら最後、命は無いんだから」


「あっ、それ私も聞いた。一二年前、行方不明になった下女が居るって……」


 そこから先は、聞き取る事ができなかった。彼女達の方へ振り向いても、既に姿は無い。一二年前に消えた下女。その人はメアの前任だったメイドだ。そう。私の世話役だった人。


「……もう、部屋に帰ろう」


 そして私は、裏玄関から本邸へと戻った。汚れた土を払い、手も洗って。


「ねえ、エヴリン! この間のケーキは美味しかった?」


 大広間ホールから伸びる大階段を上がった先には、アメリナとエヴリンの姿が。何やら楽しげに談話をしているみたいだけど。

 エヴリンは大きな洗濯籠を持っているし、アメリナも部屋へ戻る途中なのだと思う。なら、長くはあの場に居ないはず。


 しかし、なんてタイミングの悪さなのだろう。ここはまだ二階。早く部屋に帰りたいのに、階段の前にはあの二人がいるし……。

 何か名案を閃かないかと、わざと歩調を遅らせる私。


「はい、それはもう。使用人の皆が感謝していましたよ。やっぱりアメリナお嬢様はお優しいですね」


「ううん、そんな事無いわ! 私の為にお仕事をしてもらっているんだもの! たまにはお礼をしないとね!」


「まあ嬉しい! こんな使用人の私達まで労ってくれるだなんて。あーあ、誰かさん・・・・も見習って欲しいくらいだわ」


 さりげなく流し目で見てくるエヴリン。

 ……明らかに私に言っているわね。


「また街に出掛けたら買ってくるから、その時も楽しみにしててね!」


 そっか。アメリナも同じ事を考えていたのね。きっとサンテリマーノの街で見掛けた時だわ。あの時に買っていたケーキは、使用人達に配る為の物だったんだ。

 やっぱり私が薔薇園を完成させても、誰も喜びはしないわね。慕われているアメリナの後に何かを贈ったとしても、それはただの模倣。滑稽な真似事。


 ドンッ!


「きゃあっ!」


 突然押し倒された私。遅れて頭上に降り注ぐのは、天日干しされた暖かいタオルの数々。


「あらあら、気付かなくてごめんなさいねぇ。こんな所でボケッと突っ立ってるからですよ」


 絶対にわかっててやったわね。って言うか、さっきから視線を感じていたし。


「……邪魔して悪かったわね、エヴリン」


 静かに身を起こし、散らばったタオルを拾う私。綺麗に折り畳み、エヴリンの持つ洗濯籠に戻す。終始、冷ややかに見下ろされながら。


「悪いと思ってるんなら、早く退いて貰えますか? 仕事の邪魔ですから」


 無言で壁に身を寄せた私は、素直にエヴリンに道を譲る。


「はぁーっ、全く。こそこそ街で無駄遣いして、意味も無く土遊びもして。つくづく困ったお嬢様だわ。どうして王太子殿下はアメリナお嬢様をお選びにならないのかしらね」


「……。」


 ……そんな事、今更言われなくたってわかっているわよ。

 でも大丈夫。皆が願うままに、もうすぐそうなるのだから。この長い休みが終われば。


 ━本邸・寝室━


 その日の夜。

 寝室に訪れていたメアは、私の荷物をまとめてくれていた。外行きの衣服を手に取り、綺麗に畳んではトランクケースに押し込む。その後ろ姿を見ていると、嫌な未来現実が迫ってくるのを感じる。


「お嬢様、他に王都に持って行く衣装は無いですか?」


「ええ、それで十分よ。ありがとう」


 それにしても最近のメアは、仕事を卒無くこなしてくれる。リヒトに対抗心を燃やしてるみたいだけれど、それが良い切っ掛けになったのだろう。


「はぁ……やだなぁ。もうすぐレムリア学園に戻るのかぁ」


 ベッドに寝そべり、枕を抱きながらそう呟く。

 それは必ず起こる大きな事象。夏期休校を過ぎた後、学園では本格的に私への迫害が始まる。

 ヴェロニカ家での私の立ち位置がどこからか露呈し、学友から遠ざかられる。それを機に、私に恨みを持つ者達が一斉に反旗を翻す。

 誰が敵になるのかは転生する度に変わる。要はその時の私次第という事。


 でも、このまま本邸ここに居てもそれは変わらない。変わるのは、私を拒絶する敵だけ。何処に行っても、私に居場所は無い。


 はぁ……こんなに陰気臭くしていたら尚更駄目ね。顔でも洗って、目を覚ましてこよう。


「メア、御手洗いに行ってくるわ。後はお願いね」


「はーい!」


 そして私は、薄暗い廊下へと出た。ランタンを手に持ち、壁に触れながら進んでいく。まるで洞窟へと迷い込んだような静けさと閉塞感。そんな恐怖を紛らわす為、外を眺める私。

 珍しく今夜は星空が見えない。暗い夜空の中に、黄昏時のように染まる橙色の空が、うっすらと侵食しているだけだ。


「……ちょっと待って、今は夜の九時よ。何で空の色が、オレンジ色なの」


 ふと思った疑問。


「……まさか」


 その理由は、すぐに想像できた。

 私が今居るのは本邸東棟の廊下。その位置から見えるものは、あそこしかない。


「はぁ、はぁ、はぁ……どうして……こんな」


 館内履きのまま、急いで外へと飛び出した私。

 立ち上る煙の隙間から、僅かに照らす月明かり。夏の宵月が私に見せたもの。それは無惨にも荒らされた薔薇園だった。

 鉄柵に絡めた蔓薔薇も、噴水を囲む薔薇も焼かれ、辺りには高純度のアルコール臭が漂う。辛うじて難を逃れた噴水だけが、火の手を阻んでいた。


「ごめんね、ごめんなさい」


 踏み付けられた薔薇を手に取り、そう言う。

 私が連れて来なければ、この薔薇達は酷い目に遭う事はなかった。

 私がアンスリアでなければ、こんな事をされたりしなかったのに。

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