第14話 閃光のもと


 ケニーを居間に引っ張り込むと、キアはすかさず寝室の扉を閉めた。


「早く廊下に出てください!」


 肩越しに振り返りながら、壁際にあった三つ足のテーブルをドアの前に引きずり寄せる。鍵の代わりだが、きっとで打ち破られるだろう。わかっていても気休めが欲しかった。


「キ、キア?」


 抜き身の剣を手にしたまま、ケニーは呆然と立ち尽くしている。


「何してるんですか! 急いで廊下へ出てください!」


 キアが扉から離れた瞬間、ガンッ、と大きな音がして三つ足のテーブルが弾き飛ばされた。賊が蹴破ったのだろう。扉も開いている。


(ほんとにだったぁ……や、そんなこと考えてる場合じゃない!)


 キアは出口に向かって猛然と駆け出した。その勢いのまま、ケニーを廊下へ押し出そうとした。なのに、逆にケニーの背中側に押しやられ、庇われる形になってしまった。


「逃げろ、キア!」


 ケニーが剣を構えた時、カッと外が光った。

 その光で、ケニーを取り囲む複数の黒い影が浮かび上がる。

 廊下へと続く扉を背にして立つキアとケニーを、賊が半円形に取り囲んでいる。


 このまま廊下へ逃れれば、外の雷光も届かない。暗闇に紛れて逃げられるかもしれない。そう思うのに、背を向ける勇気がない。踵を返したその瞬間に背中から切り伏せられる。そんな予感しかしないのだ。


 キアは無意識のうちに、壁際に置かれた床置き燭台キャンドルスタンドをつかんでいた。手練れの賊を前に混乱していたはずの心は、不思議なことに、シンと静まっている。


(────襲われた時の心得、その二!)


 キアは燭台の長い柄を両手でつかみ、床に水平になるよう右脇に構えた。


(相手の得物えものより、長い得物を使うべし!)


 伯爵家の騎士長を務めていた父に、教えこまれた護身術だ。


「右側の賊は抑えます!」


 ええいっ! 大声を発しながらキアは燭台を振り回した。

 装飾的要素の強い華奢な燭台だが、先が三つに分かれたフォークのような形をしている。それを賊の方へ向けて横に薙いだ。

 暗闇の中、無言で飛び退く黒い人影。

 キアの隣からは、刃と刃が触れ合う斬撃の音が聞こえている。


(このまま、いつまで防げばいいんだろう? どうして騎士団は来ないの?)


 人を殺しに来るような賊に、こんな子供だましの抵抗がいつまでも通用する訳がない。

 右へ左へと長い燭台を振り回すキアの手も、だんだんと痺れかけている。それでなくても、両手で握りしめている金属の柄が、汗でつるりと滑ってしまいそうだ。


(これ以上……ムリッ!)



 カッ、と強烈な光が何もかもを白く染めた時、耳をつんざくような雷鳴が轟いた。


 ガラガラガラガラガラ────ドォォォォォーン!


 地響きが床から伝わってくる。この城の敷地内、それも至近距離に落雷したのだ。

 一瞬にして暗転した部屋の中は、何も見えない。

 いつの間にかキアの手の中から燭台の柄が消えていた。無意識のうちに落としてしまったのだろう。


 キアは燭台を探そうとして片膝をつくつもりが、ガクガクと膝から床に崩れ落ちた。


(なんで? ……まだ座っちゃダメ、戦わないと、ケニー様が……)


 もう一度立ち上がろうとするが、キアの足は生まれたての小鹿のように震えている。


(こんな所で……)


 キアが死を覚悟した時、辺りの気配が変わった。

 次いで聞こえてきたのは、いくつもの斬撃音だ。

 ケニーはキアの隣にいるはずなのに、その金属音は別の方向から聞こえて来るのだ。


「うっ……」


 何者かの呻き声が聞こえ、床に砂袋を落としたようなドサリという音が次々と聞こえてくる。

 再び青白い閃光が部屋を照らした時、キアは誰かの腕に抱え上げられていた。


「よくやったな、キア」


 青白い光に映し出されたのは、同じように青白い銀髪と雷光のごときアイスブルーの瞳。

 至近距離に迫るのは、ふわりとした笑顔だ。銀色の長い睫毛が美しい目元に影を落としている。


(うわぁ、ご褒美だぁ~)


 もっと目に焼き付けなければ────そう思った事までは覚えている。

 数日間に及ぶ寝不足に極度の緊張。そして長い燭台を振り回した疲れと安堵が、一気に押寄せて来て。

 キアは、イザックの腕の中で気を失った。

  

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