第12話 ケニーの告白


 テオがつぶやいた言葉は、キアの頭からなかなか離れてくれなかった。それと言うのも、あの後テオが口を噤んでしまったからだ。


(手紙がニセモノって、どういう意味だろう?)


 キアはベルミ辺境伯家の中庭のベンチに座り、庭で遊ぶマティアスと幼い妹弟たちの姿をのんびりと眺めている。

 一見、昼休みの穏やかなひと時だが、キアの頭の中は手紙の件でいっぱいだ。


 仮に、ケニーに偽物の手紙を送ってくる者がいるとする。

 ケニーのおうちの事情を考えれば、それは恐らく、長兄を陥れようとする次兄の仕業だろう。ケニーを使って良くない事をしようと企んでいるのかも知れない。


(……でもなぁ。長兄様からの手紙をあんなに喜んでいたんだもん。手紙が本物かどうかなんて話、ケニー様には聞けないよなぁ……)


 キアは平民の出だし兄弟もいない。だから、後継者問題で兄弟が争うと言われてもピンと来ないのだ。

 中庭の中央に目をやれば、芝生の上でじゃれ合うマティアスと弟のセヴランの姿が目に入る。ケニーの兄たちを彼らに置き換えてみるなら、将来あの二人が辺境伯家の跡目を争うようなものだ。


(ううっ……ぜんっぜん想像できない!)


 キアは頭を抱えた。

 その時。


「キア! ここに居たのか。テオに聞いたら昼休憩だって言うから……探したよ」

「ケニー様?」


 キアは慌ててベンチから立ち上がろうとしたが、その前にケニーがキアの隣に座ってしまった。


「良い……天気だな?」

「はい。ここは王都よりも爽やかですから、暑くなくてちょうどいいです。ケニー様は、ご帰国の準備は進んでますか?」

「ん、ああ。そんなに荷物もないし、兄上の迎えが来るまでには、まだ何日もあるから……」


 そうだった。従者の一人も連れて来ていないケニーの為に、護衛を兼ねた迎えの馬車が来ることになっているのだ。


「キアは、いつまでこの館にいるんだ?」

「そうですねぇ。兄が起き上がれるようになるまで、でしょうか。あともう少しですね」


 別れの話は寂しいが、ケニーの旅立ちを応援したくてキアは微笑んだ。


 きらめく夏の日差しのもと、北の大地特有の涼やかな風が通り過ぎてゆくと、ケニーの漆黒の髪がキラキラと光を弾きながら風に舞った。

 うっとおしそうに髪をかき上げるケニーの姿は、まるで美しい絵画のようだ。


(ほわぁ~)


 キアは憧憬の眼差しで彼を見つめた。


「キアの髪はきれいだな」


 自分の髪を搔き上げていたはずのケニーが、いつの間にかキアの髪を手に取っていた。

 この辺境伯領への旅が始まってからハーフアップにしているキアの髪は、背中に下ろした部分が風に吹かれるままふわふわと揺れている。

 その一房を手で撫でながら、ケニーが耳を疑うような言葉を発したのだ。


「亜麻色、というのだろ? とてもきれいだ。キアの緑の瞳も優しくて好きだな」


 優し気に目を細めて見つめてくるケニーに、キアは慌てふためいた。

 こんな風に真っすぐな褒め言葉をもらったことなど、正直あったかどうか記憶にない。

 ケニーの言葉はもちろん嬉しかったけれど、どちらかと言えば恥ずかしさの方が上回ってしまう。


「そんなっ、私の髪はただの薄茶です! 緑の目も、ラキウス王国では平凡な色なんですよ! うちの上司なんか、私のこと、会った人でも一瞬で忘れるほど平凡だ、なーんて言うんですよ。それくらいよくある色なんです!」


 キアは照れ隠しにペラペラと言い募ったが、それを聞いたケニーは紫の瞳に怒りを浮かべ、ガシッとキアの手首をつかんだ。


「何て失礼な上司だ! キアはいったい何処で働いているの? 王都?」

「おっ、おお王都で侍女をしていますぅ」

「そんな上司の元に居て辛くはないのか? キアさえ良ければ、ナヴィア王国に来ないか? いや、違う。俺は、キアに、ナヴィア王国に来て欲しいんだ!」

「ほへ?」


 驚き過ぎて変な声が出てしまう。

 キアは一瞬遅れて、転職を誘われていることに気がついた。


「お気持ちはとても嬉しいんですが、さすがにちょっと、慣れない異国で働くのは不安です。それに、そんなに悪い職場でもないんですよ」


 キアは笑ったが、ケニーはムスッとしたままだ。


「言い方を間違えた。俺は、キアに、うちで働けと言っているんじゃないんだ。ただ俺は、おまえが側に居てくれたらいいなと思ったんだ。おまえといると気持ちが安らぐから……。でも、このまま俺が国へ帰り、おまえが王都へ帰れば、もう会えない」

「それは……」


 唇をかんで俯くケニーを見て、キアは、テオがつぶやいた言葉を思い出した。


『ケニー様の周りには人がいないんだ。国ではずいぶんと寂しく育ったらしい』


 彼自身の口からも、妾腹という理由で兄弟たちから疎まれていたと聞いた。

 ケニーの寂しい気持に、キアは危うくほだされそうになったが、ギリギリのところでグッと気持ちを引き締めた。


「会えない、なんてことはありませんよ。もちろん、偶然会うことは難しいかも知れませんが、ケニー様がマティアス様に会いにこのベルミ家を訪れるように、会おうと思えば会えるものです!」

「キア……そう、そうだな。家が落ち着いたらまたここへ来る。おまえも兄を訪ねてここへ来い」

「は、はい……」


 キアは困惑を飲み込んで、精一杯、口角を上げた。

  

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