さあ、行くか
何故かは分からないが、視線を感じた日の夜、僕はこっそりと洞窟を出た。
月の光が明るい夜。
僕の特徴的な形の影が地面に映る。僕はそれを見て、魔法をかけた。
影が僕から離れ、粘土が捏ねくりまわされるようにグニョグニョと形を変える。
瞬き2回程度の時間、グニョグニョと蠢いていた黒い影はようやく形を得て、地面と垂直に立ち上がり、一度だけ大きく、月に向かって吠えた。
「塔の近くの兵士を気絶させて王都まで送ってやれ。あの塔に男が入っているのを見るのはうんざりだ」
僕の命令が聞こえたのか、影はもう一度大きく吠えて塔の方へと走って行った。
僕は自分の影の後ろ姿を少しだけ見送り、影に背を向けた。
「塔に行くかな」
自分が住処としている洞窟を通り過ぎ、少し歩くと木々が生い茂っている場所に辿り着く。
木々が生い茂ってはいるが、ちょっとだけ掻き分けると、何があるのかは一目瞭然に分かってしまう。
僕は木々を少し掻き分け、目的地を見つけた。
僕が目的地としていたのは、枯れ井戸だ。
水は出ないし、誰も使っていないため、木々が生い茂り、そこに井戸が存在していたなんて分からない。
それに街も近いし、井戸があっても不審ではない。
そう、“不自然でない”ところに“不自然でない”ように枯れた井戸がある。
不自然でないものがそこにあっても誰も不審に思わない。
きっと母さんはそれを逆手に取って作ってもらったのだろうと思う。
僕は魔法で風を作り出し、枯れ井戸の中に降りる。
この枯れ井戸は井戸ではない。
この井戸は幽閉塔に繋がる、僕と母さんだけが知っている秘密の通路。
井戸の中に降り立った僕は、魔法でランタンに淡い蒼い光を付けた。
淡い光は、僕の視界を広げてくれる。
母さんに教えてもらった歌の通りに、井戸の奥へと通じる迷路を進む。
『右手に苺、左手に梨、蜂が苺にとまったよ。綺麗な星の落とし物。拾って歩いて行ったなら、お花畑がありますよ。お花畑を真っ直ぐ歩いたら黄金と白銀の蝶がふわふわと右に左に飛びました』
母さんが歌ってくれた歌の最初を思い出しながら足音を立てないように静かに歩く。
その続きは何だっただろうか。
『蝶々は蜘蛛の巣にかかり、私はそれを助けましょ。お礼に蝶々が薔薇の花、美味しい蜜くれました。とっても美味しかったから、大切な家族にあげましょう』
微かな記憶しかないが、僕が幼い頃、何度もこの歌を歌ってくれた。
身体が弱くなってしまい、かぼそくなってしまった声で、僕と母さんしかいない幽閉塔の中で、見張りの兵士達に気付かれないように何度も歌ってくれた。
『病気になった母様に、父様とキラキラ輝く星になられる母様に、お見舞いの蜜を届けましょ。右から3回静かにグルグル回ってオオカミいないか確認。扉を3回ノックして笑顔でお見舞い参りましょ?最後に星月に祈ったら、ゆっくりお家に帰ってらっしゃい。お土産話し待ってるからね』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます