第51話 これからもリーダーとして仲間を想う
森を調査し終える頃には昼を回っていた。すっかりと昇りきった太陽が眩しく照らしているのをクラウスは見ながらラプスのギルドを出る。
調査をした結果、オーガが潜んでいる気配はなく、全てを倒しきっていた。依頼を完遂した報告をラプスのギルドにして、やっと終わったことへの安堵と疲労感にクラウスは肩を擦る。
「疲れちゃいましたね」
「少しばかりな」
「クラウスの兄さんはかなり頑張ったからなー」
あれだけ動き回ったのだから疲れるのも無理はないとアロイは言う。フィリベルトも「少し休むべきだ」と休息を提案した。それにはブリュンヒルトもルールエも賛成のようで、休もうと言っている。
「リーダーは特に休むべきだろうからオレは賛成だ」
「そうだな、今日は休もう。マルリダへは明日戻れば……」
「クラウス!」
クラウスの言葉を遮るように声をかけられて振り返るとアンジェが立っていた。彼女の金糸の長い髪が風に靡く。
「今日は助かったわ、ありがとう」
「いや、気にすることはない。依頼を受けたのだから……」
「ねぇ、クラウス。また一緒に組まない?」
アンジェの言葉にクラウスは目を瞬かせる、彼女は何を言っているのだろうかと。もう一度、問おうとして今度はリングレットが割って入ってきた。
「お前、あんなに戦えるならもっと早く言えよ! 戦力になるじゃねぇか!」
「案外、戦えるのね、貴方」
「ほら、ミラもリングレットも言ってるし」
その会話を聞いていたブリュンヒルトが眉を寄せて口を開こうとするが、リングレットが「お前のこと見直したわ」と笑う。
「戦えるなら戦えるってちゃんと……」
リングレットの言葉を遮るように彼の胸倉は掴まれた。掴んだのクラウスで、紅い瞳には怒りの色を滲ませている。
「お前はリーダーなのだろう! 真っ先に逃げるな! 仲間を、愛した女性を守れ!」
どうしてあの時、アンジェを見捨てたのだ、愛した女性だったのだろう。クラウスは声を張り上げて怒鳴る。
クラウスの怒った姿を見たのは初めてだった。その場にいた仲間も、アンジェたちですら見たことはない。
「仲間を、愛した女性をなんだと思っている! 自分の命が惜しいことは理解できる、できるけれど守ろうとすらしない奴が何処にいるんだ!」
その言葉にリングレットは言い返せない。クラウスはやってのけたのだ、仲間を守りながら戦うことを。アンジェを守るだけでなく、息を切らし危険な行為であるのを承知の上でブリュンヒルトを守った。自分が怪我を負うことを厭わずに。
クラウスが許せなかったのは、愛しているはずのアンジェを見捨てるような行動をしたことだった。誰かを見捨てるような行為を簡単にやった彼の行動が許せなかったのだ。
「自分たちのやってきた行動を反省しろ! よく考えてから物を言え! お前は何をやった! 仲間を危険な目に合わせて、自分勝手なことをして、リーダーとして仲間を大切にしていると思っているのか!」
クラウスは自分が信用されないのは別によかった。けれど、仲間を大切にしているのならば自分勝手な行動は控えるべきだ。上から目線で相手を見下すことなどやるべき行為ではない。
だからこそ、クラウスは怒った。仲間を愛した存在を危険に晒すようなことをしたリングレットを。
リングレットは自分がしてきた行動を思い返すように目を伏せた。クラウスの言う通り、自分はリーダーとして何もできていなかったことを理解したようだ。それはミラやアンジェも同じようで、自分たちの行動が少なからず悪かったのだと感じたように俯く。
「……ちゃんと、反省してくれ。知り合いが死んだなど聞きたくないんだ」
知り合いが死んだなど聞きたくはない。それは幼馴染のアンジェだけではなく、リングレットやミラのこともだ。だから、彼らには自分たちの行動を反省してほしかった。
「アンジェ、すまないが俺は戻るつもりはない」
クラウスはそう言ってリングレットの胸倉を掴んでいた手を離した。その瞳にはもう怒りの色は含んでおらず、悲しげなものだった。
「……クラウス、その……わたしたちの関係は戻れないの?」
「それは……」
「何を言ってるんですか!」
アンジェの言葉に反応したのはブリュンヒルトだった。彼女は睨みながら「ふざけないでくださいよ!」と怒る。
「クラウスさんを裏切ったのは誰ですか! アナタでしょう! 勝手についてきたとか嘘をついてまでクラウスさんを追い出したくせに! 何がまた一緒に組みましょうですか! 自分勝手なことを言ってるって自覚がないんですか!」
誰かを好きになることについてはいいとしても、邪魔だからと嘘をついて追い払う行為が許されるはずがない。使えない、戦えないというレッテルを勝手に張ったのはどこの誰だ。アナタたちでしょうとブリュンヒルトは指摘する。
「どれだけ人を傷つければいいんですか! 自分勝手で、自己中心的で、それで何もやってませんなんて態度で戻れないの? なんて言わないでください!」
ブリュンヒルトは言う、アナタはクラウスのことを知らないと。幼馴染だというのに彼のことを見向きもせず、良いように使っていただけでちゃんと見ていなかったのだと。
クラウスがちゃんと戦えることも、優しいことも、仲間想いなところも、判断能力が高いことも。彼の良いところを見ていなかったアナタにそんなことを言う資格はないとはっきりとブリュンヒルトは告げた。
「私はまだ短い付き合いですけど、クラウスさんの良いところたくさん知ってます。ちょっと無茶しがちではありますけど、誰かを想い、手を差し伸べてくれる優しい人だって。そんなことも知らないで、見直したなんて言わないで! アナタよりも私のほうがクラウスさんをよく見てます!」
ブリュンヒルトは泣きながら怒っていた。涙を流しながら「アナタたちは最低な人間ですよ」と言っている。
アンジェはブリュンヒルトに言われて何も言い返せない。彼女が言っていることは本当だからだ、自分はそこまでクラウスを見ていなかったと。
まだ怒りの収まらないブリュンヒルトの肩をクラウスは叩いた。
「もういい、ヒルデ」
「クラウスさん、でもっ!」
「いいんだ、もう」
クラウスはブリュンヒルトに微笑んだ、ありがとうと。彼女は自分の代わりに怒っているのだとクラウスは気づいていた。どうしてもアンジェを責めることができない自分の代わりに怒ってくれていることに。
「すまないが俺にはもう仲間がいる。彼女たちと共に冒険者として活動していくと決めているんだ。だから、その誘いには乗れない」
真っ直ぐな瞳にアンジェは引き止めることができないと理解して頷いた。
「ごめんなさい、クラウス。わたしたちは取り返しのつかないことをしてしまっていた……」
「もう気にはしていない。ただ、今までの自分たちの行動をちゃんと反省してくれ。シュンシュとランにも言われていただろう。何かあれば手助けはするからマルリダに要請を送ってくれればいい」
「わかったわ……」
アンジェもミラも、リングレットも言われたことに頷いた。これで彼らが反省してくれれば自分は何も言わないとクラウスは言うが、話を聞いていたアロイが「引き抜くのやめてくれよ」と釘をさす。
「クラウスの兄さんはオレらのリーダーなんだよ。自分勝手な感情だけでクラウスの兄さんを引き抜こうとすんな。オレらは許さねぇからな」
「そうだな、アロイの言う通りだ。私たちのリーダーはクラウス以外にいない」
鋭い視線をむけながらフィリベルトもアロイに同意するように言えば、リングレットは「悪かった」と謝罪の言葉を口にした。シグルドからの鋭い視線も感じているようで、彼の視線は地面を向いている。
「……こちらのリーダーなのだから文句は受け付けないぞ」
「そうだ、そうだ! クラウスお兄ちゃんはあたしたちのリーダーなんだから! 大体、自分勝手な言い分が通ると思っている方がおかしいんだからね! 自分たちの行動をよく考えてよ!」
シグルドにルールエは同調する、自己中心的な人たちにお兄ちゃんは渡さないぞと。そんな彼らにクラウスは小さく笑う、自分を受け入れてくれていると実感して。
「じゃあ、元気で、アンジェ」
「えぇ、クラウスも元気で……」
クラウスはそう声をかけてアンジェに背を向けた。もう戻ることはないという決意がその背にはにじみ出ていて、アンジェは自分たちしてきた行動を反省するように目を伏せた。
そんな彼女たちをまだ睨むブリュンヒルトにクラウスは「もう大丈夫だ」と言って彼女の頭を撫でる。それが嬉しかったのか、ブリュンヒルトは睨むのを止めてクラウスを見た。
「本当に大丈夫ですか?」
「あぁ、平気だ。ヒルデが俺の代わりに怒ってくれたからな」
「そ、それはですね。あれはないと思ったんで!」
「確かにあれはないよなぁ」
アロイは思い出したように頷く、あれはないと。散々の言いようでクラウスを追い出しておいて、何もなかったかのように声をかけてくるのはどうかと思うと呆れている。それはフィリベルトもだったらしく、「まさか平然と言ってくるとは思わなかった」と驚いていた。
「心配かけてすまない」
「いや、私たちはお前が決めたことなら止めはしない。だが、お前が私たちを置いていくことはないと信じていたからな」
「信頼されているな、リーダー」
「信頼の厚さに驚いている」
シグルドに言われてクラウスが笑えば、アロイに「こっちはあんたについてるんだからな」と肩に腕を回された。それほど信頼しているということを伝えたいようだったので、クラウスは「ありがとう」と礼を言う。
「クラウスお兄ちゃんはみんなのリーダーだもんね!」
「リーダーとして、これからもよろしく頼む」
「むしろ、頼むのはこっちだよクラウスお兄ちゃん!」
ねっとルールエが問えば、アロイもフィリベルトも頷き、シグルドは「そうだな」と返してブリュンヒルトは「こちらこそ、お願いしますね!」と笑みを見せた。
皆の優しさと信頼にクラウスは胸に広がる感情に気づく。これはなんだろうか、これはきっと嬉しいのだ。好き仲間に出逢えたことが。
クラウスは「あぁ」と返事を返して微笑んだ。
どれだけ自分にできるかは分からないけれど、彼らのためにリーダーとしてこれからもやっていこうとクラウスは心に誓った。
***
ラプスにやってきてから二日、クラウスたちはゆっくりと休息を取っていた。流石に連続しての依頼だったこともあり、しっかりと身体を休めることを優先したのだ。
今日は天気も良いのでマルリダへと戻るには丁度いい。クラウスたちはラプスの町を出ようと門前まで歩いていると、「おーい」と声をかけられる。振り向けば、シュンシュとランだった。
「クラウスたちは戻るのか?」
「あぁ、マルリダを拠点にしているからな」
「そっか。今回はほんと、助かったよ」
「気にしないでくれ。お互い様だ」
「いやー、リングレットも反省してもわないとね」
シュンシュは「今回の件でリングレットたちは冒険者の資格をはく奪はされなかったけど、謹慎処分くらったんだよ」と話す。
オーガの件はやはりギルド側も無視できなかったらしい。シュンシュとランの報告を聞いて厳重注意をした上で暫くの間、謹慎処分ということになったのだと。
はく奪されなかったことに関してはギルド長が「今回限り」と「BランクからCランクへの降格」を条件に免れたとのこと。
「あれ、次はないからこれに懲りてしっかり反省はしてもらわないとね」
「そうだな、反省してもらえるといいが……」
「いや、そこまでされて反省してなかったら馬鹿だぜ、クラウスの兄さん」
しっかり今回限りとランク降格を突きつけられているのだから、これで懲りなければ馬鹿と言われても文句は言えないとアロイは言う。
「また下積みからやり直すいい機会だろう。今回の件があるから次のランクまでのハードルは上がっているしな」
「おっさんの言う通りだわ。しっかり下積みしろってんだ」
「ギルド長は少し優しすぎはしないか」
シグルドが「はく奪されてもおかしくはないだろう」と言えば、「一応、あいつらにも実績はあるからね」とシュンシュは答える。
リングレットたちにも実績はちゃんとあった。自分勝手な部分が目立ちすぎているけれど彼らは依頼をこなしてはいたのだ。それと彼らをBランクに上げるのはまだ早かったとギルド長自身の判断を見余ったこともあって、このような処分になったのだという。
「ギルド長も自分にも責任があるからって自分の給金暫く下げたんだぜ? ほんっと、リングレットには反省してもらわねぇと」
「そうです。しっかり反省してもらいたいものです」
シュンシュの言葉にランがうんうんと頷きながら言う。
他の冒険者たちもこれに懲りてくれたらいいと言っているようだ。散々、迷惑をかけてきたのだからしっかりと下積みをやり直してもらいたいものだと。
「こっちが助けてもらってばかりだから、何かあったらいつでも言ってくれ。ラプスからならマルリダは近いからすぐに駆けつけるよ!」
「ありがとう。何かあれば頼らせてもらう」
「遠慮しないで大丈夫ですから」
シュンシュとランは「元気で!」とクラウスたちを見送る。彼らに手を振り返してクラウスたちはラプスの町を出た。
「いやー、ほんっとクラウスの兄さん働き過ぎだわ」
「そうだろうか?」
「アンジェって女だけでなく、ヒルデの嬢ちゃんまで守りに走れるってすげぇからね?」
あそこまでできる奴なんて早々いないってとアロイは突っ込む。フィリベルトにも「無理はするなよ」と言われてしまった。クラウス自身は無理をしているつもりはないのだが、傍からみればそう見えてしまうのかもしれない。
「無理はしていないが」
「あれは私も悪かったんですけど、その、クラウスさんありがとうございます」
「あれは仕方なかったことだから気にしないでくれ。ヒルデが無事ならばそれでいい」
「私が無事でもクラウスさんが無事じゃなかったら嫌ですからね!」
ブリュンヒルトからそう言われてクラウスは困ったように眉を下げる。怪我をしてでも守るかと問われると自分ならばしてしまうだろうと思ったからだ。それはその表情だけで誰でもわかってしまうもので、ブリュンヒルトはむっと頬を膨らましていた。
「私も気を付けますけど、クラウスさんも気を付けてくださいね!」
「あぁ、気を付けよう」
「クラウスの兄さんはやると思うけどな」
「こら、アロイ。私も思ったことを言うんじゃない」
アロイに突っ込むフィリベルトだが、二人の言葉を否定することはできないのでクラウスは何も言えない。ルールエも「やりそう」と少しばかり心配していた。
「クラウスお兄ちゃん、ヒルデに怒られちゃうからほどほどにね?」
「気を付けろ、リーダー」
「なんだろうか、この一体感は」
仲間の一体感にクラウスは小さく笑う。ルールエに「それだけ信頼されているってことだよ」と言われて、なるほどと頷いた。仲間からの信頼の厚さにあまり無茶はできないなと、気を付けようと身を引き締めた。
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