第50話 オーガとの戦い
黒い影が魔物を追う。大柄な体格の良いオーガは素早い動きに翻弄されながらゆっくりと追い込まれていく。ひょこっとぬいぐるみが茂みから顔を覗かせたかと思うとオーガを挑発するように動いた。
ちょこまかと動きながら噛みつき、引っ掻いてくるぬいぐるみにオーガは苛立ったように声を上げながら槍を振りまわす。ぬいぐるみはそれを避けながらちょこちょこと誘導するように歩いている。
一歩、前に出てオーガがぬいぐるみを掴もうと手を出した――ぐるんと手首に何かが巻き付く。
刃の鞭がオーガを捉えて勢いよく腕を引かれる。不意打ちにオーガはよろめき倒れそうになったところを刃が襲った。
二刀の短刀がオーガの首根を狙う。斬り裂かれて溢れる血にオーガは悲鳴を上げながら抵抗するように腕を振る。その攻撃を避けて宙で一回転すると影は着地した。
オーガは相手を視認してから捕まれている腕を力いっぱい引く。鞭のような剣の刃はその力に引き離されてしまった。しゅるりと刃を回収してから犬耳をぴくりと動かしてシグルドは鞭のような剣を構える。
「リーダー」
「シグルドは援護を」
クラウスは指示を出すと姿勢を低くして地を蹴った、音も気配もなく。オーガは目の前にいただろう相手が見えなくなっているかのようにシグルドへと槍を向ける。それを大楯が受け止めて剣で跳ね返された。
フィリベルトは大楯を構えながらオーガの動きを見定めるように剣を向ける。オーガが拳を握り振りかぶったのと同じく矢が飛んできた。それはオーガの肩に突き刺さり、傷を負わせる。アロイは茂みに身を潜めながらオーガを狙い撃った。
後方から魔法が飛ぶ。水球が、風の刃がオーガを襲う。ミラとアンジェからの援護を受けながら、シュンシュとランが一気に接近し、攻撃を仕掛ける。シュンシュが短剣で足首を切り、ランが膝を狙い殴る。オーガは足への攻撃にぐらりと身体を揺らして地面に膝をついた。
リングレットが駆け飛ぶとオーガの背中を切りつけるが、跳ね飛ばされてしまう。オーガが立ち上がろうと地面についた手にシグルドは鞭のような剣を巻き付けた。
「行け、リーダー!」
ぐっと力を籠めてシグルドが叫ぶと影が宙を舞った。オーガの背に着地して二刀の短刀を首根に突き刺す、イメージするは焼き切る――深紅の指輪が鈍く光った。
熱を持った刃が首を焼き切っていく、その激痛にオーガは悲鳴を上げた。クラウスは力を籠めて短刀を押し込み、首を跳ね飛ばした。
噴き出す血が地面を汚す、力無く転がる身体からクラウスは降りた。返り血を浴びた頬を拭いながらフィリベルトのほうへと目を向ける。
「今の悲鳴は厄介なことになるな」
「あぁ。今ので仲間は気づいたはずだ、すぐに来るぞ」
フィリベルトは「次がくる準備をしておけ」と指示を出す。シュンシュとランは警戒するように周囲を見渡し、ミラとアンジェはロッドを構えた。アロイとルールエは茂みからいつでも攻撃できるようにしている。二人を守るようにブリュンヒルトもロッドを向けていた。
ぴくりとシグルドの犬耳が音を捉える。彼は鞭のような剣を構えて「来るぞ」と呟く。のっしのっしと草木を踏みしめる音が近づいてきていた。
二体のオーガが草木をかき分けてやってきた。仲間の亡骸を目にして怒りを瞳に宿し、咆哮する。一体が槍を振ってシグルドを狙うも、フィリベルトの大楯で防がれてしまう。クラウスは気配を消し、音もなく駆けた。
ぬいぐるみたちがオーガたちの足元でちょろちょろ動き足元を悪くさせる。オーガが追い払おうとすれば、ぬいぐるみたちは噛みつき、引っ掻き、ナイフで切りつけた。
ぬいぐるみたちに翻弄されながらオーガは向かってくるリングレットの剣を弾き返し、シグルドの鞭のような剣から逃れる。
ミラとアンジェの魔法が飛び、アロイの矢が狙い撃つ。猛攻にオーガたちは押されながらも抵抗をやめることはない。腕を大きく振ってぬいぐるみを弾き飛ばすと、槍を突き刺す。
シグルドは槍を避けてオーガの腕に鞭のような剣を巻き付ける。動きを封じて攻撃の隙を狙うも、別のオーガがそれを邪魔する。
仲間を助けるようにシグルドへと槍を向けた。シグルドは巻いていた鞭のような剣を解き、避ける。解放されたオーガがふらりと足元をふらつかせた隙にクラウスは一気に距離を詰めた。相手の懐に潜り込み、二刀の短刀をオーガの腹に突き刺す。
イメージするは光の刃が斬り裂く――深紅の指輪が反応し、魔法石が鈍く光る。短刀の刃から光が発せられてオーガの内部で破裂する。無数の光の刃が体内で暴れ、内臓を肉を切り裂いていく。
オーガは口から血を吹き出しながら地面を転がった。一体を無力化したクラウスは二体目へと目を向ける。残ったオーガは雄たけびを上げながらリングレットとシュンシュに殴り掛かっていた。二人はそれを避けながらダメージを稼いでいる。
加勢に行こうとした時だ、ひと際大きい咆哮が響いた。ぶんっと振られた棍棒が木をなぎ倒す、それは巨体なオーガだった。大人三人分はあろう背丈で体格の良いオーガは棍棒を手にクラウスたちを睨む。
巨体なオーガは棍棒を振るい、リングレットたちを殴る。シュンシュは避けることができたが、リングレットは受け身が取れたとはいえ、攻撃を受けてしまった。痛そうに表情を歪めながら巨体なオーガを見ている。
厄介な存在が現れてフィリベルトは渋い表情をみせていた。それはクラウスも同じで、他のオーガとは違う様子に警戒する。
「巨体なオーガは私たちのパーティが受け持つ、他は別のオーガを!」
フィリベルトの指示にシュンシュとランは巨体なオーガから距離を取り別のオーガへと攻撃を移した。クラウスは巨体なオーガへと短刀を向けるが、棍棒でいなされてしまう。
二手に分散し、連携を取ろうとするクラウスたちをあざ笑うかのように二体のオーガは暴れ始めた。
棍棒を槍を振るいながら殴り、薙ぎ払う。縦横無尽に動き回るオーガたちに思うように動くことができず、攻撃をすることができない。振るわれる棍棒を避けながらクラウスは攻撃をするタイミングを見極める。
巨体なオーガが振るった棍棒がミラとアンジェたちのいた場所へと向かう。二人はそれを避けると今度はリングレットへと向けれらた。リングレットが慌ててそれを避けるも、巨体なオーガは追撃してくる。
リングレットは攻撃から逃げるように駆けだすが、走った先にアンジェがいた。それでも足を止めない。アンジェも逃げようとするが足をもつれさせて転んでしまった。
「あっ」
どんっと地面に顔をつけてアンジェは身体を起こそうとする。リングレットは一瞬だけ振り返ったけれど走っていってしまう。アンジェが立ち上がろうとするのと同じく、影が落ちる。巨体なオーガの棍棒が迫っているのを見て、アンジェは動けなくなった。
もうダメだと思った瞬間、駆け飛んできた影がその棍棒を受け止める。
「く、クラウス……」
「いいから、離れろ!」
アンジェへと向けられた攻撃をクラウスは二刀の短刀で防いだ。彼女は動揺している中、もう一度、「早く離れろ!」と言われて慌てて駆けだす。アンジェが離れたのを見て、クラウスは指輪へとイメージを送る。
イメージを受け取った深紅の指輪が鈍く光り、炎を吐き出した。炎の勢いに巨体なオーガは慌ててクラウスから距離を取ると、棍棒を振り回しながら暴れ出す。クラウスは巨体なオーガへと短刀を向けよとして、別のオーガに邪魔をされてしまう。
振り下ろされた槍を飛び避けて、短刀を振るもいなされる。二体のオーガは連携しているかのように暴れているので、一体に攻撃を絞るのは難しい。
クラウスが再び短刀を向けよとして視界の端に捉える。
「ひぁっ」
暴れるオーガの攻撃が当たりそうになりよろけたミラを槍が襲う。
「危ないっ!」
ブリュンヒルトはミラの背を押した。突き飛ばされたミラは転がりながらもその攻撃を避けられる。安心したのも束の間、槍はブリュンヒルトへと振りかざされていた。
ブリュンヒルトが防御魔法を展開するよりも早い動き――勢いよく影が走り抜けて彼女を抱きかかえた。
槍が頬を掠りながら二人は地面を転がるも、抱き留められた腕は離れることがない。ブリュンヒルトを庇うように倒れたクラウスは荒い呼吸を整えるように息を吸った。
「クラウスさん!」
「大丈夫、か、ヒルデ」
荒い呼吸にどれほど早く駆け付けたのか、ブリュンヒルトは理解して瞳を潤ませた。クラウスははぁっと息を吐いてから抱きかかえていたブリュンヒルトを下ろす。彼女の前に立つと二刀の短刀を構えた。
「ヒルデ」
クラウスは視線をオーガたちに向けながら言った。
「少しの間でいい、オーガたちの目を眩ませてくれ」
少し、そう少しの間でいい。クラウスの指示にブリュンヒルトは頷いた。彼女がロッドを掲げたのを合図にクラウスは姿勢を低くする。
紫の魔法石が淡く光り、ぱっと弾けた。
「神の瞬きを、今っ!」
ブリュンヒルトの声と共に閃光が走る。周囲を包む眩い光に二体のオーガは目を潰されたように瞼を閉じて立ち止まる――影が駆け抜けた。
クラウスは地を蹴って飛ぶと巨体なオーガの背後を取った。二刀の短刀を首根に突き刺し、イメージを指輪に送る、瞬間、深紅の指輪から炎が溢れる。短刀が熱せられ、首根を焼き切っていく。
ぐっと力を籠めて短刀で押し切きる、血を噴き出しながら首が跳ね飛んだ。浴びた返り血を拭うことなくクラウスは翻って残りのオーガへと駆けた。
「シグルド!」
クラウスの叫びにシグルドは目潰しから回復しかかっているオーガの腕に鞭のような剣を巻き付けて思いっきり引っ張る。ぐらりと足元が揺れてオーガは倒れた、その隙を逃さずクラウスは二刀の短刀を背中に刺した。
光が短刀を通り、オーガの体内で溢れて刃と化す。内部で破裂し斬り裂かれていく中、オーガは血を吐きながら悲鳴を上げた。
ごぼごぼと溢れる血と共にオーガは息絶える。オーガの亡骸が地面に転がり、大量の血液で汚れていた。
二刀の短刀を引き抜き、クラウスは軽く血を掃いながら鞘に納めた。その顔は返り血で汚れて紅い瞳をより妖しく彩る。鬼か悪魔か、頭に過る光景にリングレットたちは目が離せない。
「クラウスさん、血!」
ブリュンヒルトは慌ててクラウスのほうへと駆け寄る。息を整えたクラウスはあぁとやっと気づいたように頬を手で拭う。
「返り血だ」
「知ってますけど! 見た目が凄いことになってますから!」
クラウスに突っ込みを入れながらブリュンヒルトはハンカチを取り出して彼の頬につく血を拭ってやった。自分でできるのだがと口にすると、「適当に拭くので駄目です」と言われてしまい、彼女のされるがままになる。
「相変わらず、クラウスの兄さんえぐいね」
アロイはクラウスを眺めながら言う。彼から見てもかなり見た目は酷いものになっているようだった。フィリベルトにも「しっかり拭け」と言われてしまう。
「よく動けたな、リーダー」
「殺るなら一気にやるしかないと判断した」
連携して暴れる相手に倒すならば一気に決めていくしかないとクラウスは判断した。ブリュンヒルトの光の魔法ならば、少しの間ではあるが動きを制限することができる。やるならばその隙だとクラウスは考えて指示を出した。
「やっぱり、やるねぇ」
シュンシュがランを連れてクラウスに話しかける。クラウスは「援護助かった」と礼を言えば、「あんまり大したことはできてないよ」と返されてしまう。
「グリフォンの時もそうだけど、あんたやる時の判断能力凄いよね」
クラウスは殺ると決めたら瞬時に行動を判断し、動く。考えるだけでなく行動に移せて実行できる者というのはそう多くない。シュンシュは「それはあんたの才能だね」と笑った。
「助かったよ、クラウス。ありがとう」
「ありがとうございます」
シュンシュとランに礼を言われてクラウスは「気にしないでくれ」と返す。倒すことができたのは自分だけの力ではないのだと。
「あとは周辺を調査するだけだ。他にオーガが潜んでいないか確認しないといけない」
「おっさんの言う通りだな、さっさと確認しようぜ」
アロイに促されてクラウスはそうだなと頷いてから周囲を見渡した。リングレットたちからの視線を感じたけれど、何と声をかけるか思い浮かばす気づかないふりをする。
ルールエは獣耳をひくつかせながらシグルドの隣に立って「ここらへんは大丈夫そう?」と聞いていた。シグルドが聞き耳を立てて「大丈夫だ」と返せば、安堵したように息を吐く。
「休む時間が短いが、周辺を調査しよう」
クラウスに言われてシュンシュとランがリングレットたちに「ほら、行くよ」と声をかける。彼らは何か言いたげにしていたけれど、ランに「勝手な行動は慎んでください」と言われてしまい、黙って二人に着いていく。
その背をクラウスは眺めながら少しばかり安堵していた、見つめられる視線というのがあまり得意ではなかったから。
「クラウスさん?」
「……あぁ、ありがとうヒルデ」
頬を拭い終わったブリュンヒルトにクラウスは礼を言って、「行こうか」と彼女の背をそっと押した。
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