第九章……誰かを想っているならば守り抜け

第47話 ラプスのギルドからの要請


 ドワーフの村から西のほうへと進むめばマルリダに到着する。朝から村を出たクラウスたちは夕暮れ時にマルリダへと戻ってきた。


 ドワーフの男に「助かったよ、ありがとう」と礼を言われて報酬を渡される。彼はこのままマルリダの工房へと帰るらしい。「何かあったらあんたらに依頼するよ」と笑って別れ、クラウスたちは依頼書の提出をするためにギルドへと向かう。


 夕暮れ時だろうとギルド内は賑やかだ。依頼から帰ってきた冒険者たちがテーブル席で夕食を取っている。受付で依頼の完遂報告と書類を提出するとクラウスたちもテーブル席に着いた。



「いやーつっかれた」

「皆さん、お疲れ様です」

「ヒルデとルールエはよく頑張った」

「あたし平気だよー」



 労いの言葉をかけながらクラウスたちが話をしていれば、また騒がしい声がした。なんとなしに見遣れば、それは何処かで見かけた冒険者。


(あれはシグルドの前のパーティではないか)


 騒がしくしているのはシグルドの元パーティメンバーだ。リーダーである軽鎧の男が何やら文句をぐちぐちと言っているのをメンバーが宥めていた。また何かやったのだろうかと思いながらクラウスその様子を眺める。


 そんなクラウスの視線に気づいたのか、ブリュンヒルトは辿るように目を向けて「あっ」と呟いた。アロイも気づいたのか、「うげ、あいつらじゃん」と顔を顰める。



「うわ、シグルドお兄ちゃんに酷いこと言った冒険者だ」

「……またやったのか、あいつら」

「平気としてるね、シグルドの兄さんよ」

「別に特に気にしてもいないからな」



 どうせまたリーダーの気に入らないことがあったのだろうとシグルドは言って、ルールエを抱き寄せる。ルールエ以外に全く興味がないといった姿勢にアロイは「あー、はい」とツッコミを放置した。


 フィリベルトも「もう関係ないのだからいちいちつっかっかっていく必要はない」と言っている。クラウスもそのつもりなのだが、何をあんなに騒いでいるのだと気になっただけだった。



「あー、ほんっとムカつくぞ、あいつら!」

「落ち着けって……」

「なーにが弱い奴は要らないだ! 要請してきたのはラプスのギルドだろうが!」



 怒鳴る声は聞き耳を立てなくとも入ってきた。どうやらラプスのギルドから要請があって向かったらしいのだが、そこで問題が起こったようだ。



「えっらそうにしやがって! あのパーティくそだろ。誰が手伝ってやるか!」

「あのー、そうなると他の誰かが要請に向かわないといけなくて……」



 受付で話を聞いていた受付嬢が困ったように軽鎧の男を見つめていた。それでも軽鎧の男は「おれらは手伝わねぇよ!」と拒否する。



「でも、これBランク以上のメンバーが四人以上必要でして……」

「他にもいるだろうが!」

「それはそうですけど、なるべく急いでと……」



 受付嬢は眉を下げながらどうしたものかと悩んでいる。軽鎧の男のパーティである魔導士服の女が周囲を見渡して、クラウスと目が合った。シグルドがいることにも気づいてか、ぱっと表情を変えて駆け寄ってくる。



「シグルド、丁度良かった!」

「……なんだ」



 魔導士服の女にあまり機嫌のよくない声でシグルドは問う。その態度に一瞬、身を引くも女はクラウスたちを見て「あの時はすみませんでした」と頭を下げた。



「リーダーが酷いことを言って……」

「俺たちは気にしていないから問題はない。それで、要件はなんだ?」

「その、貴方たちってBランク以上ですよね?」



 カプロスとの戦いを見てか魔導士服の女は確信しているようだったので、クラウスは「ルールエとブリュンヒルト以外はBランクだ」と答えた。



 ルールエとブリュンヒルトはまだCランクだ。ただ、ここ最近は中級魔物を狩っていることが多いのでいつランクが上がるかは分からない。クラウスはそれがどうしたのかと話を促した。



「その、わたしたちが受けていた要請を代わりに受けて頂けないかと……」

「はぁ?」



 魔導士服の女の頼みにアロイは声を上げる。



「あんたんところの失態の尻拭いしろってか?」

「わたしたちは何もしてないんですよ。ただ、要請先で組む予定だったパーティが最悪で……」



 魔導士服の女は俯きながら話した。ラプスのギルドから要請を受けてBランクである彼らは出向いたのだが、そこで組むはずだったパーティに酷い言われようだったのだという。


 偵察をする時も「邪魔」、「前に出るな」、「役に立たない」と言われ、そのくせ自分たちは前にどんどん進み偵察などしている気配はない。むしろ、魔物を刺激しているだけで襲われてしまったのだという。


 撃退することはできたけれど、相手のパーティは「弱い」、「足手纏い」と罵倒してきた。こちらに非があったかもしれないが、組む以上は協力してもらわなければならない。けれど、彼らはその気を一切みせてはくれなかった。


 そのあまりの態度にリーダーである軽鎧の男が怒ってマルリダまで戻ってきてしまったのだという。話を聞いたクラウスは厄介なことを頼んできたなと思った。そんなパーティと組んでくれと言っているのだから彼女は。



「ちょっと、身勝手すぎねぇ?」

「それは分かってるんですけど……リーダーは絶対にやらないって……」

「これだから自己中心的な男は……」

「おれの悪口言ってるのは誰だ!」



 シグルドのぼやきが聞こえていたのか、軽鎧の男がぎろりとこちらを睨んできた。そんな睨みなどシグルドには効かず、「オレだが?」と返す。軽鎧の男は彼に気づいて眉を寄せながらずんずんと歩いてきた。



「なんだ、お前まだ冒険者やってたのか」

「それはこちらのセリフだな」

「なんだ、なんだ。ベスティア同士仲良くやってるってか」



 シグルドがルールエの腰を抱いているのを見て嫌味のように軽鎧の男は言った。



「楽しくやっていたらどうなんだ。別にお前には関係がないだろう」

「はー、そんな小栗鼠の何処がいいんだか。ガキじゃねぇかよ」

「あたし、もう成人済みなんだけど! 十八歳!」



 ガキと言われてルールエが反発する、自分はもう成人済みであると。彼女の主張に軽鎧の男は驚いたように目を瞬かせたがすぐに表情を緩めて笑い出した。



「はー、みっえねー。ガキじゃん」

「笑うな!」



 げらげらと笑う軽鎧の男にルールエがむっと頬を膨らませて反論しようと身を乗り出すと、だんっとテーブルが叩かれた。びくりと肩を震わせてルールエが顔を上げれば、シグルドが軽鎧の男の胸倉を掴んでいる。



「ふざけるのも大概にしろ。お前はリスのベスティアであるフルル族の特性を知らない知識の無さを晒しているのだと知れ」



 低い低い声だった。シグルドの狼特有の青い瞳が細まり、怒りの色へと変える。その迫力に軽鎧の男は気圧されてか黙ってしまった。



「シグルド、やめろ」

「…………」



 フィリベルトに「やめろ」ともう一度、言われてシグルドは掴んでいた手を離して椅子に座り直すその瞳はまだ怒りを含んでいる。



 魔導士服の女は「話がまとまらないからやめて!」と軽鎧の男に言ってから頭を下げた。



「すみません。こんな状態で頼むのは申し訳ないって分かってます、どうかわたしたちの代わりに要請を受けてください」



 魔導士服の女の言葉に軽鎧の男が「はぁ!」と声を上げるが、それを制止するように他のメンバーもやってきて、「お願いします」と頼む。



「あの、わたしからもお願いできないでしょうか……」



 おずおずと受付嬢がやってきて言った、「急ぎの要請なんですよ」と。要請内容はラプスの近くの森に数体のオーガがうろついているという情報が入り、その確認と討伐だった。


 オーガが複数体で行動し、人里に降りてきて暴れるということはあるので至急対処するということになったのだという。ラプスのギルドだけで対応をしようとしたが、Bランク以上の冒険者が不足しているということで近くのギルドであるマルリダのほうまで要請がきたのだと。



「最近、ラプスは忙しいようで……」

「なるほど、人手が足りないのか」

「今、手が空いているBランク以上の冒険者さんたちは皆さんぐらいで……」

「どうする、クラウス」



 フィリベルトに問われてクラウスはどうしたものかと考える。ラプスの町には正直に言えばあまり行きたくはない。けれど、急を要する要請を放っておくこともできないので、クラウスは仕方ないと息を吐いた。



「受けよう。放っておくこともできない」

「お前がそう言うのなら私は従おう」

「しっかたねぇなぁ」



 クラウスの決めたことにフィリベルトとアロイは仕方ないと立ち上がる。ブリュンヒルトも放ってはおけなかったようで「急ぎましょうか」とロッドを手にした。


 シグルドはまだ軽鎧の男を睨んでいるが、ルールエに「大丈夫だから」と声をかけられて仕方なく席を立った。



「帰ってきたばかりすみませんがよろしくお願いします」

「ラプスのギルドに行けば分かるだろうか?」

「はい、そうしていただければ分かるかと」



 受付嬢は依頼書をクラウスに渡してから「お気をつけて」と頭を下げる。軽鎧の男は何か文句を言っていたが、クラウスたちはそれを無視してギルドを出た。まだマルリダに着いたばかりなのだがと思いつつも、急ぎの要請なら仕方がない。



「あー、ほんっとひでぇなあれは」

「アロイ、そう言うな」

「だってよ、クラウスの兄さん。多分、ラプスのパーティも悪いと思うけど、あいつらも悪かったと思うぜ?」



 リーダーがあの態度なのだからとアロイは言う。それを否定することもできないのでクラウスは「やるしかないだろう」と返す。



「シグルドの兄さんは機嫌直せー」

「…………あぁ」



 まだ怒っているのかシグルドの瞳は鋭い。そんな彼にルールエは「あたし、大丈夫だよ!」と声をかけた。



「あたし、慣れてるからね! 子供に思われちゃうのはフルル族の女性ならよくあることだし!」

「ルールー、すまない」

「シグルドお兄ちゃんが謝ることじゃないんだよ。あたしは気にしてないもん!」



 ルールエは「だから、大丈夫だよ」とにこっと笑む。ありがとうと礼を言われてシグルドはぴくりと犬耳を揺らして気恥ずかしげに視線を逸らした。怒りは治まったのだろうとクラウスは尻尾を振っているシグルドを見て思う。



「クラウスさんは大丈夫ですか?」

「何がだ?」

「いえ、ラプスに行くので……」



 ブリュンヒルトは心配げに見つめてきたのでクラウスはあぁと気づく。ラプスにいるかもしれない前のパーティメンバーのことを心配しているのだろうと。


 会いたくはない相手ではあるけれど、要請を受けた以上はいかねばならない。関わることをしなければいいので、クラウスは「問題ない」と答えた。



「大丈夫だ、ありがとう」

「いえ、大丈夫ならいいんですよ」



 無理はしないでくださいねと言われてクラウスは頷くと、皆を連れて馬車を出してくれそうな商人たちへ交渉しに向かった。



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