第八章……過去よりも今を
第43話 ドワーフの護衛
ファントルムの町はマルリダとは違った騒がしさがあった。ギルドが大きいこともあってか、道具屋や素材を売っている店が多く、冒険者たちで賑わっている。
数ある店の中から選んだ店内は落ち着いた雰囲気だ。アンティーク調のテーブルには多種多様なモンスターの素材が並べられている。品揃えは良いほうでルールエは目を輝かせながらそれらを眺めていた。
クラウスたちは馬の護送依頼を完遂し、ファントルムの町で休息をとることにした。ルールエに材料が欲しいと言われてクラウスは彼女の買い物に付き合うことにしたのだ。アロイとフィリベルトは午前中は休むからと午後にギルドで待ち合わせしてる。
シグルドはルールエの隣に立って彼女の話を聞いていた。ブリュンヒルトも見かけない魔物の素材に興味津々といったふうに店内を見て回っている。
「あ、これ雪猪の毛皮だ! 頑丈なんだよね、これ!」
「硬い毛皮だから強度はあるだろう」
「これほしいなー、ほしー」
「と、言っているがリーダー」
「ちょっと待ってくれ」
じぃっと見つめてくるルールエにクラウスが店主に値段の交渉をする。渋っていた店主だったが、グリフォンの羽根を見せると目の色を変えた。グリフォンの羽根は装飾品として人気な素材で、中級魔物ということもあり入手は簡単なモノではない。
店主は仕方ないとグリフォンの羽根束と雪猪の毛皮の交換に応じた。手に入ったことが嬉しいのかルールエはわーいとぴょんぴょん跳ねている。
その他にも牙や爪をいくつか購入して店から出た。これで暫くはぬいぐるみに困らないだろうとルールエは「頑丈なのが増える」と上機嫌だ。
「クラウスお兄ちゃんありがと!」
「必要経費だからな、気にするな」
「頑丈なぬいぐるみさん増えてきましたねぇ」
ブリュンヒルトにそう言われてルールエは増えたねと指折り数える。まだ布のぬいぐるみも操っているが、グリフォンの毛皮とこの雪猪の毛皮でぬいぐるみを作れば殆ど使わなくなるかもしれない。
頑丈な魔物の毛皮を使ったぬいぐるみはそう簡単に壊れることはなかった。ガルムとカプロスの毛皮で作ったぬいぐるみたちはグリフォンとの戦闘でも頑丈さを見せつけるように殆ど傷がないのだ。
「ぬいぐるみ頑張って作るぞー!」
「ルールエちゃん、作るの早いですよねぇ」
「慣れてるからね!」
量産しないと戦闘では戦えないのでぬいぐるみを作る速度も速くなったのだとルールエは話す。それはそうだよなとブリュンヒルトは納得しながら「手先が器用っていいなぁ」と呟く。
「私、得意な事って回復と防御魔法に浄化くらいですし……」
「それはそれで充分すごいとあたしは思うよ?」
ルールエは「あたしと違った得意なことだよ」と言った。それはブリュンヒルトにしかできない凄いことなのだと。そう言われるとそうかなとブリュンヒルトは照れたように笑む。自分の得意なことを凄いと言われるのに慣れていないようだ。
「次はフィリベルトおじさんたちと合流だっけ?」
「あぁ。もう午後になるから二人も来ているかもしれない」
空を見上げてみれば太陽がだいぶ昇っていた。もう昼になるのでクラウスたちは二人と待ち合わせをしているギルドへと向かう。
「ファントルムからマルリダに戻るのか」
「あぁ、そのつもりだ。クリーラからはなるべく離れたくはない」
ブリュンヒルトは聖女だ。いくら落ちこぼれと言われても聖女であることに変わりはなく、逃がしてもらったとはいえ、教主は「修行に出した」ということにしているはずだ。クリーラから離れてはいるがいつ呼び戻されるか分からない。
そうなった時、なるべく時間をかけずにクリーラまでいくならば、マルリダの町が一番距離が近くて便利なのだ。シグルドはブリュンヒルトが聖女であることを聞いてはいるので、クラウスの話に「そうか」と返事を返す。
ギルドへと向かえば丁度、アロイとフィリベルトがやってきたところだった。アロイはクラウスたちに気づいたのか、手を振っている。それにクラウスが声をかけようとすると、「おい」と呼び止められた。
振り返れば、鎧に身を包む男がいた。後ろにはパーティメンバーだろう男女が数人いるが見えてクラウスは首を傾げる。
「何か用だろうか?」
「お前、リングレットのところの奴じゃないか?」
リングレットという名前にクラウスは彼らがラプスの町の冒険者であることを知る。このタイミングで出くわすかとクラウスは渋い表情を見せたけれど、相手は構うことなく「お前、あいつの知り合いなら言ってくれよ」と文句を言った。
「あいつ、調子に乗りすぎなんだ。たかがBランク冒険者だぞ、偉くもなんともないっていうのに他の冒険者を馬鹿にしやがって。俺らのパーティも酷い言われようだ、ふざけてる」
「そうだったのか……だが、俺はもうリングレットたちとは関係ないんだ」
クラウスが「リングレットのパーティから俺は抜けている」と男に告げると、驚いた様子を見せるもすぐに「あいつの態度悪かったからな」と納得したように言った。
「お前、酷い言われようだっただろ。ちょっと聞いたことあるから知ってるぜ。あんな男がリーダーだと大変だっただろうから抜けて正解だろう」
「……そうだな」
「今じゃ、ラプスのギルドではあいつら毛嫌いされてるからな。抜けててよかったな、兄ちゃんよ。まぁ、良いように使われてた身だからもうどうでもいいか、悪かったな」
鎧の男は「愚痴って悪かったな」と言ってメンバーを連れて行ってしまう。クラウスはリングレットの悪評を聞いて大丈夫だろうかと少しだけ心配になった。他の冒険者に毛嫌いされるなど相当なことをやってしまっているのだから。
悪評が出る分にはまだ元気でやっているということなのだろうが、他の冒険者と協力できる状況でないというのはラプスの町でやっていけるのか。
「あの、クラウスさん?」
考えているとブリュンヒルトに呼ばれた。彼女の心配そうな瞳にそうだったと思い出す、今は彼らがいるのだ。アロイは「大丈夫か?」と遠慮げに問うし、フィリベルトは何も言わないにしろ気になるように見つめていた。
ルールエは何となく空気を察しているのか黙っているけれどそわそわしている。シグルドはそんなルールエの手を引いてクラウスの言葉を待っていた。
「大丈夫だ、問題はない」
「いや、まぁ問題はないだろうけどよ」
「もう関係ないことだ」
そうもう関係のないことだ、彼らとは。追い出された身が心配しているなど、相手からしたら余計なお世話だ。クラウスは「昔のことでもう関係はない」と言った。
「えっと、大丈夫ならいいですけど……」
「……すまない」
皆が心配している気持ちを察してクラウスは謝った。言うほどのことでもないだろうと思っていたことだったけれど、パーティメンバーに心配をかけてしまっているならば話さねばならないことなのかもしれない、クラウスは話すしかないかと小さく呟く。
「その……」
「そこの冒険者さんたち」
クラウスが口を開こうとして遮られる。彼らを呼んだのは背の低い年のいったドワーフの男だった。重たそうなリュックを背負ってクラウスのほうへと近寄ってきたドワーフの男は「依頼を受けてくれないか」と問う。
「実はドワーフの村までの護衛を頼みたいのだ。荷物を届けなければならなくてな」
「俺たちはファントルムのギルドの冒険者ではないが……」
「あぁ、構わないよ。ワシが戻るのはマルリダなんだ」
ドワーフの村には荷物を届けるために寄るだけてわ帰る場所はマルリダなのだとドワーフの男は話す。どうやらクラウスたちの話を聞いていたらしく、ラプスという単語が出たことでそっちの方面に戻るのではないかと思ったようだ。
「ドワーフの村とは何処だろうか?」
「ファントルムから一本道を逸れた魔囁きの森を抜けた先だよ。そこから平原を越えればマルリダの方面まで行ける」
話を聞いたクラウスはどうするかとフィリベルトに問う。彼は少し考える素振りを見せてから「できなくはない」と答えた。
「パーティ人数的には受けられなくはない依頼だ。ただ、魔囁きの森を抜けるのであれば少し心配がある。あそこはマンティコアが潜んでいる地域だ」
マンティコアは中級魔物の中でも狂暴な存在だ。狙われれば逃げることは難しく、倒すほかない。森深く入らないとはいえ、遭遇しないとも限らないので注意が必要である。
ルールエやブリュンヒルトのことを考えると悩ましい依頼だった。けれど、冒険者として生きていく以上は戦いというのは避けられない。それに中級魔物と何度か戦っているのでこれが初めてというわけではなかった。
「もし、受けるのならば……戦闘になった場合、ブリュンヒルトには守りに徹してもらったほうがいいな」
「ルールエとアロイはヒルデの守り内にいた方がいいだろう。悩むのも分かるが、私たちは冒険者だ。経験というのは大事になる」
「冒険者としての経験を積ませないわけにもいかない、か……」
クラウスはフィリベルトの言葉に呟く。もちろん、経験を積むのは大事だが無茶を無謀をはき違えてはいけない。
「魔囁きの森はそれほど深くない森だったはずだ。夜に越えさえしなければ危険は比較的避けられる、と思う」
「今から出れば森に着く前に夜になるが……森に入る前に一夜を明かせば問題ないかね?」
ドワーフの男に「危険が伴うのは重々承知の上だから報酬は上乗せするよ」と提案されてクラウスはそれならばと受けることにした。
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