第五章……魔犬は月夜に鳴く

第28話 魔犬退治の依頼



「クラウスさんって魔物に詳しいですよね」



 早朝、マルリダのギルドで朝食をとっていたクラウスにブリュンヒルトが問う。焼いたパンにバターを塗って頬ぼっている彼女を眺めながら「まぁ、叩き込まれたからな」とクラウスは答えた。



「父に生きるためには魔物のことも知れと言われて叩き込まれた」

「その暗殺技術を教えたのも父親か」

「……そうだ」



 フィリベルトの的確な指摘にクラウスは頷く。彼も騎士を務めていただけあり、暗殺技術というのを見知っているようで、クラウスの動きに気づいていたようだ。聞くタイミングだと口に出したのだろう。


 クラウスはフィリベルトにも「育ての親がそういう存在だっただけだ」と教える。拾われた頃には父はもうそういった仕事はしておらず、何処で何をしていたのかすらも教えてはくれなかったことを。


 ただ、己の技術を拾い息子として育てたクラウスに叩き込んだだけで、誰に仕えろなど指示されたこともなく、冒険者になることも咎めはしなかった。今は村で畑を耕しているだろう父のことを思い出す。



「かなりの歳か?」

「あぁ。年齢は教えてもらってないが随分と老けている。秘密主義で何も教えてはくれない」

「まー、クラウスの兄さんは冒険者なんだし、気にすることでもねーでしょ」



 暗殺業をしているわけではないのだ、冒険者として生きているのならば気にする必要はない。アロイの言葉にフィリベルトは「それもそうだな」と返す。



「隠さずに話してくれただけでも信用できるさ」

「なんだよ、ヒルデの嬢ちゃんのこともちゃんと話したっしょー」



 フィリベルトにもパーティを組む上で必要なことだとブリュンヒルトのことを話した。彼は驚いていたけれど、彼女の気持ちを察してか何か質問することはなく、「大変だったな」と声をかけるだけに止めてくれた。


 フィリベルトは「癖のようなものだ、許してくれ」と小さく笑ってこんがりと焼かれたベーコンを口にする。なんとも落ち着いた態度にアロイは突っ込むのも面倒になったように頬杖をついた。



「それはそうとデュラハンの素材の鑑定をしてもらわなくていいのか?」

「そうだったな……」



 マルリダに戻ってから休息を挟んだでいたので依頼の完遂報告だけしかしていなかった。素材を鑑定してもらうことで成果として受け取ってもらえるため、ランクを上げたい冒険者ならば絶対にやらねばならないことだ。



「私はランクには興味がないが、やっておくことは損ではないはずだろう」

「おっさんもBランクだっけ?」

「騎士を止めてからずっとこつこつとやっていたからな」

「やっぱり一人だとBランクまでが限界だよなー」



 フィリベルトは何年もやっているというのにBランクと言っているのだから、ランクを上げるというのは難しいものなのだ。ランクにこだわりがあるわけではないが、気にならないというわけではないのでアロイは「だからパーティ組みたがるやつ多いんだわ」と呟く。


 パーティならば大型の魔物に立ち向かいやすくなる。選べる依頼の幅も広がるのでランクを上げやすくなるのだが、問題も抱えやすい。



「でも、パーティによってはいざこざとか、手柄争いとかあるからなー。そんなものは面倒だから気楽にやるほうがいいね、オレは」


「依頼をこなしていけば評価はついてくるからな。私も無理して上げようとするのはお勧めしない」



 これもフィリベルトと意見は同じだった。無理をしてパーティを危険に晒すことはないのだ、何かあった後では取り返しがつかなくなってしまう。


 とはいえ、デュラハンの素材をそのまま持っているわけにもいかないので、クラウスは「食事を終えたら鑑定してもらおう」と返す。



「人間不信気味にしては落ち着いてるよなー、おっさん」

「お前たちはちゃんと隠さずに物事を伝えてくれているから問題がないだけだ」



 言いたくないことは無理して言う必要はないが、パーティを組む上で重要なことを隠されては困る。ブリュンヒルトのことは特にそうだ、彼女が聖女である以上は事情を知らねばパーティにいる理由に疑問が生じてしまう。


 聖女がどうしてこんな場所にいるのだ、ギルドなどにいる必要があるのかと。そういった小さな疑問から疑心暗鬼になることもあるので、情報共有はしっかりと行うべきである。



「それにパーティ内の雰囲気が悪いわけでもないしな」

「おっさん、どんなパーティにいたわけ」

「男女の縺れに、足の引っ張り合いと言えば伝わるか?」

「あー、オレ無理だわ」



 そんな面倒そうなパーティに数々当たれば嫌にもなるわなとアロイは納得する。「てか、運なさすぎでしょ」とフィリベルトに少しばかり同情していた。


 クラウスは話を聞きながら残りの料理を口に入れると水を飲んだ。綺麗に食べ終わった皿にフォークを置いて立ち上がる。



「鑑定してくる」

「いってらー」

「あ! 私も行きます!」



 ブリュンヒルトは慌てて残りのパンを口に放り込むと果実水を飲み干して立ち上がった。大したことではないだけれどとクラウスは思ったのだが、気になると言われては断ることもでもなので止めることはしない。


 受付まで行って受付嬢に話をすればすぐに鑑定士を呼んでくれた。初老の男が奥からやってきて「どれ、見せてみなさい」と眼鏡を押し上げる。クラウスはデュラハンの残した紫の宝石を取り出す。


 光の加減によって深い紫へと移り変わる掌ほどの宝石を物珍し気に鑑定士は観察する。ふむふむと暫く眺めてから測りを持ってきて重さを計り、溜め込まれているだろう魔力を測定した。



「これは珍しいねぇ……デュラハンのものだろう。中級魔物でも珍しい部類ものだから、久方ぶりに見たよ」


「俺のパーティで討伐した」

「メンバーの名前とランクを教えてくれ。報告に必要だからのう」



 渡された用紙にクラウスはメンバーの名前とランクを書いていく。ブリュンヒルトが横から眺めていると「あの」と声をかけられる。振り返れば、一人の小柄な男が立っていた。


 ふわりとリスのような丸まった尻尾に、小ぶりな獣耳をもつ男は「依頼したいことがあるのですが……」と遠慮げに言う。



「えっと、依頼でしたら受付の方にまず話を通して……」

「貴女方はその、お強いのかと思いまして……」



 男は「中級魔物を倒したと聞きましたので」と言った。どうやら、鑑定士との話を聞いていたようだ。ブリュンヒルトはどうしたらいいのか分からずクラウスのほうを見る。視線に気づいたクラウスが男のほうを向いた。



「どうした」

「依頼を頼みたくて……」

「話は聞くが、受付には通してもらう」



 ギルドへの依頼ならば受付に通さねばならないことを説明すれば、男は「問題ありません」と頷いた。


 彼は獣人種・ベスティアのリス獣人・フルル族だった。リス獣人の殆どが山や森の中に村を作って暮らしているのだが、マルリダの町の北部にある山間に魔犬が下りてきたのだという。


 魔犬は家畜を食い荒らしいつ村人が襲われるかも分からない状況らしい。村では戦える者は少なく、ギルドに依頼することにしたのだと男は話した。



「できるなら強いお方にと思いまして……」

「強いかどうかは分からないが……。その魔犬は一頭か?」

「見かけた者の情報だと一頭だと聞いています」



 一頭の魔犬討伐、クラウスは今のパーティならば受けても問題ないだろうと考える。前衛後衛がしっかりと別れており、アロイもフィリベルトも自身の役割を理解している。ブリュンヒルトが少々心配ではあったものの、無茶はしないだろう。


 クラウスは受付嬢に「この依頼はこちらが受けてもいいだろうか?」と問う。話を聞いていた受付嬢は「依頼をこちらで受理すれば問題ありませんよ」と答えた。



「まずはこちらに依頼書を提出してください。あと報酬金も」

「あ、はい……」



 男は受付嬢に言われた通りに依頼書を提出し、報酬金を支払った。報酬金の額は悪くはないが、魔犬の強さによっては割に合わないかもしれないとも思った。けれど、クラウスは何も言わずに受付嬢が作成した書類にサインをする。



「これで俺たちのパーティが依頼を受ける」

「ありがとうございます!」

「あまり期待されても困るが……やってみよう」



 クラウスはそう言ってテーブル席に座っていたアロイたちを呼んだ。二人に終わったのかと問われてクラウスは鑑定士を見遣ると、彼は「問題ないよ」と微笑んだ。



「提出された書類に不備はないし、素材の鑑定も終わったからね。この素材は売るかい、それとも預けておくかい?」


「預けておくことはできるか?」

「わかった、預かっておこう」



 鑑定士はそれだけ言ってデュラハンの素材を持って受付の奥へと引っ込んでいった。クラウスは二人に依頼を受けたことを話す。魔犬の討伐と聞いてフィリベルトが「種類にもよるな」と呟く。


 魔物には各分類各種類がある。魔犬分類される魔物でも種類があり、下級から上級まであるのだが、クラウスは「上級はないだろう」と返した。



「あの山に上級魔物はいない」

「いて、中級だが……滅多に下りてはこないからな……問題はないか」

「無理だと判断した場合はすぐにギルドに報告する」



 無理だと判断すれば深追いすることはしないとはっきり告げるクラウスに、それならばとフィリベルトは依頼を受けることを了承した。アロイもブリュンヒルトも反対ではないようで、「ならさっさと片付けてやろうぜ」と言っている。



「その魔犬がどういったものかなどは聞いていないだろうか?」


「わたしが見たわけではないので……。話では牛ほどの大きさの狼のような姿だったとしか聞いていません……」


 フィリベルトの問いに男が返す。小型の魔犬でないことは分かったがそれだけではどの魔物か判断できない。詳しい話を聞くためにクラウスたちはフルル族の村を訪れることにした。



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