第27話 新たな仲間と共に


 デュラハンを倒してから三日、クラウスたちは様子を見るために屋敷にとどまっていた。ちゃんと倒せているかの確認をするために。


 亡霊が現れることはなかった。デュラハンもゴーストも何もいない静かな夜が訪れて、ラファの体調も回復していった。ゆっくりと眠れるようになったのもあってか、目に見えて顔色が良くなった彼女にブリュンヒルトはほっと息をつく。


 三日間何もなかったことを確認したクラウスたちはマルリダの町へと戻ることにした。屋敷を出て「また何かあれば此処にいるから」と村長、アルファンに伝えると「本当にありがとうございました」と深く頭を下げられる。



「なんとお礼をしたらいいのか……」

「依頼料は受け取っている。それだけで十分だ」

「そうでしょうか……」

「デュラハンの素材も手に入っているから問題はない」



 クラウスに「そこまでしなくていい」と言われてアルファンは納得したように引く。隣に立つラファが「お父さん、気を使わせたら駄目だよ」と父を小突いていた。



「皆さん、ありがとうございます」

「私からも礼を言おう」



 ラファに続くようにフィリベルトが言う、お前たちのおかげで助かったと。素直に礼を言われてアロイは少し驚いた様子だったが、クラウスは「気にするな」と返した。



「こちらも協力してくれて助かった」

「私は大したことはできていなかったがな」

「そんなことはない」


「そうですよ! 止めを刺したのはフィリベルトさんですし! あ、フィリベルトさんも此処を発つんですよね? 何処に……」


「当てはない」



 フィリベルトに当てらしい当てはないようだ。冒険者として登録した町まで戻るのもいいが、あのギルドの雰囲気があまり良くないのが気になるらしく、「気ままに町を転々とするのもいいかもしれない」と何処へ行くかは決まっていない。


 一人で生きていけるぐらいにはやっていけているというのもあるのか、特に気にしている様子が見えなかった。けれど、その姿は何処か寂しげで。



「あの、フィリベルトさ……」

「なぁ、フィリベルト」



 ブリュンヒルトの声を遮るようにクラウスが呼ぶ。少しばかり真剣な瞳を向ける彼にブリュンヒルトとアロイは顔を見合わせた。



「なんだろうか」

「俺たちと来ないか?」



 クラウスの言葉にフィリベルトは少しばかり目を開く、それはアロイたちもだった。



「どうしてだろうか、聞いても?」

「ラファから話を聞いた」



 話と聞いてあぁとフィリベルトは呟く。ラファのごめんなさいと手を合わせている姿が目に入ったようだ。


 何が言いたいのか分かっているようにフィリベルトは「同情か」と言う。同情など要らないといったふうに。クラウスはそれに首を左右に振って答えた。



「同情ではない」

「ならなんだと言うのだ」

「似ていると思った、俺と」



 似ている、戦うことしか知らぬことを、仲間に裏切られたことが。



「俺も叩き込まれたこの戦うことしか知らない。組んでいたパーティを離脱してからも一人で冒険者を続けていた。これしか俺は知らないから」



 裏切られた傷が数年で癒えるとは思っていない。今だって人を信じることに不安を持っていることも仕方ないことだ。



「すまない、俺は言葉が上手くないんだ。ただ、この放っておけないという自分の心に嘘はつきたくなかった」



 嘘は嫌いだ。こうやってフィリベルトを放っておけないと思っている自分の心を無視することはクラウスにはできなかった。


 真っ直ぐに向ける眼差しに嘘はなく、同情の色すら見えない。本心から言っている言葉であるのはその眼を見れば分かる。



「その、私もクラウスさんに拾ってもらった身ですけど、悪い人じゃないんですよ! その、ちょっと表情読めないかもしれないですけど、わたしのこと放っておいてもいいのに助けてくれて……優しい人なんです!」



 だから、そのとブリュンヒルトは言葉を紡ごうとする。彼女も同じようにフィリベルトを放っておけないと思っているようだ。


 フィリベルトは困ったように眉を下げた。それにアロイが「ヒルデの嬢ちゃんはしつこいぞ」と笑う。



「オレも引っ張り込まれたからなー」

「お前はいいのか」


「オレ? オレも拾われた身なんでねぇ。クラウスの兄さんはパーティのリーダーだし。まぁそれを抜きにしても、おっさんがいてもいいかなぁって」



 アロイは「盾役って大事だろ」とぱちっとウィンクをする。なんとも軽い調子にフィリベルトは思わず気が抜けてしまう、このパーティは不思議だと。


 リーダーが決めたことだからではなく、自分たちの意見を持ったうえで出迎えてくれようとしている。こんな愛想がいいわけでもない、人間を信用するのが不安だという男を。



「もう一度、信じてみてください」



 ラファはそう言ってフィリベルトの背を押した。


 もう一度、信じて。フィリベルトは三人を見遣る。アロイは何でもないようにして、ブリュンヒルトはきりっと眉を上げて見つめてくる。クラウスは何も言わず、ただその嘘のない瞳を向けてきていた。


 ラファが背後から「大丈夫です、きっと」という言葉にフィリベルトははぁと息を吐いた。



「……では、頼もうか」



 折れるようにそう言えば、ブリュンヒルトは「もちろん!」と声を上げた。クラウスよりも先に言った彼女に「リーダーの言葉っしょ、それ」とアロイは突っ込む。はっと気づいたブリュンヒルトがあわあわとクラウスを見た。



「気にしていない。フィリベルト、よろしく頼む」

「あぁ。だが、信用できないと思ったらすぐに抜けさせてもらう」

「それで構わない」



 自分が良い行いをしている自信はないが、仲間を裏切るようなことはしない。クラウスがそう言えば、フィリベルトは「その言葉を信じよう」と微笑んだ。


 また一人、クラウスのパーティに仲間が増えた。


          ***


「ねー、おっさん」

「なんだ、アロイ」

「おっさんって何歳?」

「三十二だが?」

「わーお、おっさんだ」



 馬車に揺られながら暇を持て余すように質問したアロイは、フィリベルトの年齢を聞いておっさんだわと笑う。そんな態度にフィリベルトは不快感をみせることはなかった。



「失礼だな。そういうお前はいくつだ」

「二十三でーす」

「なら、私が若造と言っても文句は言えないな?」

「うっわ、ムカつく」



 返しの言葉にむっとアロイは頬を膨らませた。それが可笑しかったのか、フィリベルトはくすくすと笑う。


 このやろうとアロイがフィリベルトに寄りかかって体重をかけるも、彼には効いていないようで「もっと筋肉をつけろ」と言われてしまった。



「むっかつくなー、このおっさん」

「アロイさんって二十三歳だったんですね」

「そうだぜー。何、若く見えるってか?」

「それはー、そのー」

「どうせ童顔だよ、オレはー」



 ブリュンヒルトの反応にアロイは拗ねたように返す。それに「わ、私は十八歳なので、一番年下ですよ!」とフォローになっていない言葉をかけていた。


 ぶっすーと不貞腐れる様子にブリュンヒルトは慌てながらも、「クラウスさんはいくつですか?」と話を振った。



「二十一だが」

「へー、二十一……え?」

「オレより年下かよ!」



 アロイに「見えねぇよ!」と言われてクラウスは「そうだろうか」と首を傾げる。表情が読めないからそう見えるのか、老けて見えるというのかクラウスにはよく分からなかった。


 そんなアロイたちの騒がしさにフィリベルトは小さく笑う。



「なんとも騒がしいパーティだな、此処は」

「元気があるってことでいいっしょ」

「そういうことにしておこう」

「その言い方、ムカつくー」



 アロイの眉を寄せる表情にフィリベルトはまた笑った。彼らの様子にクラウスは「大丈夫そうか」と一つ安心した。



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