第11話 彼女と同じ、嘘は嫌いだった
教会を出たクラウスは当てもなく都内を歩いていた。此処にも冒険者ギルドはあるのだが行く気にはなれず、ふらふらと彷徨うように。
石造りの家々が並ぶ景色を眺めていると、「ブリュンヒルトを攫ってくれないか」という教主の言葉が脳裏に過った。
彼の言う通りならば、此処にいればいずれはブリュンヒルトは殺されることになるかもしれない。聖女であるというのにだ。
聖女というのもそれほど輝かしいものではないようだ。特にもう一人、同じ存在がいるとなるとそうなのだろう。比較されて少しでも劣るようなことがあれば落ちこぼれのレッテルを張られる。そうして要らないと言われて、追い出される。
追い出されるならばまだいいほうだ、彼女の場合は殺されそうになっている。そこまでする必要があるのか、クラウスには過激派の人間が考えることが理解できなかった。
暫く街並みを眺めたクラウスは考えるのをやめて都心部へと戻ることにした。外れのほうまで来ていたが迷うことなく来た道を戻っていく、気配を消して音もたてずに。
「落ちこぼれが気安くカロリーネ様に話しかけるなっ!」
ふと、耳を掠めた声にクラウスは足を止めた。
「帰ってこなければよかったのに!」
無視をすることもできたけれどクラウスの足は声のほうへと向かっていた。
男と女の三人組がブリュンヒルトを囲むように立って口々に罵倒の言葉を吐き出していた。
真の聖女ではない落ちこぼれ、いなくてもいい。カロリーネ様の邪魔をしている。孤児のくせに。汚いそれらにブリュンヒルトは何も言わず、黙って聞いていた。
何も言い返してこないことをいいことに言いたい放題の三人は次第にエスカレートしていった。女が足元にあった石を投げつけたのだ。
ブリュンヒルトは石の当たった肩を押さえて三人を見た。
「なんだ、その瞳はっ!」
一人の男が手を上げようとして――その腕を掴まれた。
「やめておけ」
低い低い声だ。背後に音もなく立ったクラウスが腕を掴んでいる手に力を入れて捻り上げれば男は悲鳴を上げる。
一睨みしてぱっと手を離せば、彼らは散り散りになって逃げていった。大して肝が据わっていない人間だったようだ。
クラウスは彼らの背を見送ってからブリュンヒルトに目を向けると、彼女は目を丸くして見上げていた。
「怪我は?」
「あ、ありません」
「そうか」
「待ってくださいよ!」
クラウスがそう言って去ろうとしてブリュンヒルトは彼のロングコートを掴む。この展開は何度目だろうか。
振り返ればブリュンヒルトのじっと見つめる真っ青な瞳が潤んでいた。その眼にクラウスは一つ息をつき、「なんだ」と返す。
「どうして行っちゃうんですか」
「どうしてと言われても、たまたま見かけただけだ」
クラウスの「見かねて助けただけで終わったならば関係ない。もう護衛などしなくてもいいのだから」という言葉にブリュンヒルトは眉を下げる。
そうなんですけどと、か細く呟くがブリュンヒルトはコートを掴む手を離さない。いじいじと弄りながら言葉を発しようと口を開くも閉じるそんな彼女の様子にクラウスは分かったと頷く。
「愚痴でも話でも聞いてやるから離れてくれ」
クラウスは折れた、どうしてもブリュンヒルトの瞳には敵う気がしなかったのだ。
ブリュンヒルトはぱっと顔を明るくさせてクラウスの手を取り、「こっちに来てくださいよ!」と引っ張った。
腕を引かれるがままについていけば、少し先に小高くなっている立地に出る。そこからは都が一望できた。
綺麗に並ぶ石造りの家々に、小さな城のような教会が青空によく映えていた。風が吹き抜けて二人の髪を靡かせる。
「私、此処からの景色が好きなんです」
似たような、けれど綺麗に並ぶ家も、雄々しく建つ教会も、それを包み込む空の青さも。都を照らす太陽も全てが好きだった。
雨降る日も、雪降る日も、移り変わるその景色が好きだった。だって、嘘をつかないのだから。
「嘘を重ねて、カロリーネさんを持ち上げる方々が私には理解できない」
カロリーネの力は確かに強く、実力に文句があるわけではない。彼女は口だけでなくちゃんと聖女として活動しているのだから文句はない。
けれど、周囲の人間たちが嫌だった。カロリーネを持ち上げて、他者を落とそうとする彼らの行動が。
「私は落ちこぼれって言われても仕方ないので……。攻撃魔法とか全然だめですし。でも、嘘は嫌なんです」
嘘は誰も救わない、相手を傷つけるだけだ。「嘘をつかれるぐらいならば、本当のことを言ってほしい」とブリュンヒルトは言う。
「私はカロリーネさんの邪魔なんてしていない。してないんですよ……」
私のことを悪く言うならばいい。でも、やってもいないことを言い振らされるのは嫌だ。ブリュンヒルトはロッドを握る手を強める、泣きそうな瞳をしながらも堪えていた。
クラウスにはブリュンヒルトの気持ちを全て理解することはできなかった。彼女が言いたいことは分からなくもない。きっと、ずっと堪えてきたのだ、彼女は。
その悲しみと寂しさは辛いものだっただろうけれど、当事者でない身ではそれを全て分かることはできなかった。
「嘘は嫌か」
「嫌です」
「そうか……俺も嫌いだ」
クラウスはそれしか言わなかった。彼も同じだったから、嘘が嫌いというのが。
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