第4話 聖女の力を見る


 森を抜けて草原を馬車が駆けていく。晴れわたった空に風が吹き抜けて、クラウスの長い黒髪を攫った。


 護衛依頼をしてきたブリュンヒルトは簡潔に依頼の内容を話してくれた。


 呪物による呪いは聖職者でしか解くことができない。それも強いものであれば、聖女のような力ではないと難しいのだという。聖女として一応は神託を受けた彼女はその浄化の任を受けて此処までやってきた。護衛とは名ばかりの二人の修道女を連れて。


 ブリュンヒルトはどうやら、聖女ではあるけれど落ちこぼれのような立ち位置らしい。都にはもう一人、聖女がいるのだと。彼女こそが真の聖女であり、自身はおまけだと彼女は寂しげに言っていた。


 クラウスには詳しいことは分からないが、彼女の立場があまり良くはないというのは理解できた。それは護衛のいないことで表されている、死んでもいい存在として。


 草原を駆けながら数刻、ぽつりぽつりと家が見えてきた。


 カンタレは長閑な村というのが最初の印象だった。小さな家が並び、家畜の鶏やヤギが歩き、村人が畑を耕している。ただ、見かける人の顔色は悪くて何処か不安そうだった。


 近くにいた村人にブリュンヒルトが話しかけると、やっときてくれたと喜び縋るように案内をしてくれた。村長の家で出迎えてくれた初老の男が、ブリュンヒルトの姿を見るや否や祈るように手を合わせる。



「わざわざご足労いただき有難うございます。聖女様に浄化していただけるとは……」

「いえ、気にしないでください。それで、呪物と呪われた方たちは?」

「あぁ、こちらです」



 村長は家を出て歩き出す、そこは村から少し外れた場所だ。お世辞にも綺麗とは言えない小屋がひっそりと佇んでいる。


 小屋に近寄ると腐ったような、生臭さが纏わりついていた。鼻につく臭いにクラウスは顔を顰めてしまうが、それはブリュンヒルトも二人の修道女も同じだ。


 村長が扉をゆっくりと開けてると一気に悪臭が襲ってきた。室内を覗いて見るが不衛生というわけではなく何もない、そう何もない部屋だ。


 小屋の中は何もない空っぽに近く、床に二人の男が転がっているだけだ。彼らの目は焦点が合っておらず、ただ呻いてるだけの生き物になっている。


 村長は「あれです」と部屋の奥を指す先にテーブルが一つあり、その上には奇妙な箱が置かれていた。


 小さな両手サイズの銀の装飾が施された箱だ。女性のアクセサリー入れのようなものから臭いがしているようだった。


 ブリュンヒルトはクラウスたちに終わるまで此処で待っているように言って箱へと近づいていく。手が触れるか触れないかの距離まで近づき、ロッドを向けた。



「月よ、聖なる光を――」



 詠唱が室内に響き、ロッドに装飾された紫の魔法石が淡く光を放った。



「――――っ!」



 それは悲鳴だった。耳をつんざくような叫び声が箱から上がってクラウスは思わず耳を塞いだ。


 光が強まっていくにつれて声が弱くなっていき、最後には嗚咽と共に静まる。すると箱がパンっと開き、どす黒いオーラを吐き出した。


 途端にあれだけ鼻についた異臭がなくなる。



「呪物の浄化は終わりました。あとは影響を受けてしまった人を……」



 ブリュンヒルトは寝転がりながら呻いている二人の男の元へと近寄り、ロッドを翳して再び詠唱をする。ゆっくりとゆっくりと男たちの瞳に光が宿っていくのが見えた。



「あ、あぁ……」



 男たちは意識を取り戻したのか、瞬きをして起き上がった。村長はそんな二人に駆け寄ってよかったと声をかけるが、彼らには何が起こっていたのか分かっていないようだ。


 ブリュンヒルトは箱の元へと戻ってそれを手にする。



「村長さん、これは教会のほうでお預かりします。まだ危険はありますので」

「はい、よろしくお願いします」



 ブリュンヒルトは箱を大事そうに持ってクラウスたちのほうへとやってくる。修道女たちは呪物が気になるようで「なんでしたか?」と小声で聞いている。


 ブリュンヒルトは「これには恨みが籠められている」と話した。


 人から溢れた恨みが詰め込まれ、一つのアクセサリーとなった。誰かを呪い、殺し、それを繰り返して力を強めたものだという。



「この呪物は力が強すぎて影響力を低くするのがやっとです。周囲で見る分には問題ないですが、触れたり身に付けたりしたらどうなるかわからない。なので、決して触らないでください」



 そう言われてクラウスは頷きながらちらりと箱を覗く。箱の中には指輪が一つ収まっており、深紅の宝石がついたそれはぎらりと鈍く光っていた。


 ブリュンヒルトは箱の蓋を閉じて、自身の肩掛けカバンに仕舞う。これで依頼は終わりのようで、村長も二人の村人を連れてきたのでクラウスたちは小屋を出た。



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