第3話 聖女からの依頼



 よく見てみれば、聖職者風の服装からは魔力が帯びており、それがただの魔法ではないのが感じ取れる。少女の手に握られている紫の魔法石を基調とされた装飾のロッドも、これが一般的な冒険者では持てない代物だ。


 聖女であるのならばこの服装と持ち物にも納得ができる。



「リジュとファルは黙って! 紅眼ですよ! 〝神の落とし子〟ですよ!」

「……なんだ、その〝神の落とし子〟というのは」



 聞き慣れない言葉にクラウスは首を傾げる。少女は「知らないのですか!」と驚愕したふうに叫んだ。



「紅の瞳を持つ者は神の落とし子とされているのですよ!」



 紅の瞳は神にしか与えられない色だ。それを持って生まれた人間は神の産み落とした子供であるとされている。ただし、紅の瞳を持つ神の落とし子は悪に落ちることが多いのだという。


 とにかく、珍しく紅の瞳を持つ者は特別な力を持っているとも聞く存在だ。「少女は貴方は凄いのですよ!」少女は力説する。


 そうは言われても別に特別な力らしいものなど持っていないと思う。そもそも、神などどうでもいい。クラウスは「それがどうしたのだ」と言った。



「神の落とし子がどうした」

「あの一瞬、気配もなく素早い動き! かなりの腕を持っている方であるのは分かりました。どうか、私に力を貸してください!」



 少女の言葉にリジュとファルと呼ばれた二人の女性が駆け寄ってくる、ダメです、いけませんと。



「聖女様! 何処の誰かも分からない相手に頼るのは良くないです!」



 赤毛を二つに結った女、リジュが言う。



「そうです! 何者かもわからないのですよ!」



 短い金髪の女、ファルが同意するように言った。


 彼女らの言い分は分からなくもない。身分も何もかも分からない男だ、それでいて神の落とし子などと呼ばれる存在らしいのだから警戒しないわけもないのは当然だ。



「たまたまとはいえ、助けてくださったんですよ! 悪い人なわけないでしょう!」

「し、しかし……」



 じっと少女の真っ青な瞳が見つめてくる。そんな瞳で見られても困るのだがとクラウスは思いながら、自身の首から下げているギルド認定のランクプレートを見せた。



「身分証明はこれでいいか? Bランクだ」



 冒険者ギルドに所属していると知り、二人はプレートを凝視する。偽物の可能性もあるからだろう。暫く観察して、リジュがファルに本物と囁いた。


 冒険者ギルドのギルド認定のランクプレートというのは特殊な魔力が籠められている。鑑定が得意な魔導士ならば見分けがつくようになっていた。彼女はそれができるようだ。



「すまないが、何をどうしてほしいんだ」



 クラウスが「はっきり言ってくれ」と言えば、少女はすみませんと頭を下げる。



「実は、私はこの森を抜けたカンタレという村に用がありまして……」



 カンタレという村で呪物による呪いで苦しむ村人を助けてほしいという要請があった。少女たちは浄化させるために水の都、クリーラからやってきたのだという。


 けれど、戦える人間というのが少女だけらしい。二人は魔法を使えはすれど、戦えるほどではなかった。このまま村までたどり着く自信というがないらしく、頼みというのは護衛をしてほしいというこうどのようだ。



「聖女だろう。何故、護衛がいない」

「それは……私が落ちこぼれだからで……」



 少女がしょんぼりとした様子で呟いているので、何かしら訳があるようだ。クラウスはどうしたものかと考える。


 ギルドへの依頼ならばいいのだが彼らはそうではない。だからといってこのまま見捨てて死体が転がっていたら後味が悪い。


 仕方ないとクラウスは溜息を一つついて頷いた。



「……村までの護衛なら、いいだろう」

「本当ですか!」

「その前に、まず名前を教えてくれ」



 クラウスが「依頼主なのだからまずは名を伝えてくれないと困る」と指摘すると、少女はそうでしたと慌てて名乗った。



「私はブリュンヒルト。長いのでヒルデと呼んでください」

「俺はクラウスだ」

「クラウスさんですね! よろしくお願いいたします!」



 ブリュンヒルトは笑みをみせながら手を差し出す。クラウスは慣れていないふうにその手を取って握手を交わした。



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