第2話 家具屋へ転職


 実家とギルドを追放された僕は、次の仕事を探して街を歩いていた。

 やっぱり、転職するなら家具屋さんとかかな。

 せっかくの【家具職人】のスキルなんだし、それを活かせる職業がいいだろう。

 もう武器職人ギルドはごめんだ。


 今までは僕が後を継がなきゃと思って我慢してたけど……。

 もともと武器は怖くて苦手だったしね。

 なんだか肩の荷が下りたような気がする。


「いっそ追放されてよかったのかもな……。まあ、実家に帰れないのはさみしいけど……」


 なんて独り言で自分をはげます。

 しばらく商店街を歩いていると、屋台の前で綺麗な女性が困っているのを見かけた。

 どうやらナイフやトンカチなんかの道具類を売っている店のようだ。


「うーん、どうしましょう……」

「どうかされたんですか?」


 思わず声をかける。

 綺麗な女性だったからというわけじゃない。

 もともと、困っている人は放っておけない性質だ。


「あの……えーっと、工具を見ているんですけど……。種類が多くて悩んでいるんです。その……あまり詳しくないもので」


 そう言って振り向いた女性は後ろから見るよりも綺麗だった。

 メガネをかけていて地味な感じだが、顔が整っているのがよくわかる。

 髪の毛は赤っぽい茶髪に、ショートカット気味。

 そしてニット生地のセーターが大きな胸を強調していて、目のやり場に困る。


「お困りでしたら、その……よかったら僕が選びましょうか?」

「え……? お詳しいんですか?」

「ええ、多少は。これでも武器職人ギルドで働いてましたから」

「まあ、武器職人さん。なら間違いないですね! ありがとうございます! それじゃあ、お願いしてもいいですか?」

「はい! 任せてください!」


 まさか武器や工具に関する知識が意外なところで役に立つなんてね。

 もう武器職人じゃないけど、見習いだった僕でも素人よりは詳しい。


「えーっと、用途は?」

「家具を作るのに、いくつか必要なんです」

「家具……ですか……」


 なんだか家具職人になろうとしている僕にはタイムリーな話題だ。

 これもなにかの縁なのだろうか。

 もしかして、この女性も家具職人だったりして……!?


「えーっとそれじゃあ、これとこれをください」

「あいよ」


 不愛想な店主から、いくつかの工具を買い取った。

 気のせいだろうか、店主は僕をにらみつけるように金を受け取った。

 まあ、僕がいなきゃもっとぼったくれただろうから、そういうことなのだろう。


「あ、あの……ありがとうございます」

「いえ、僕は別になにも」

「工具に詳しい男の人って、憧れちゃいます。そんな人が……そばにいてくれたらって……」

「え……?」

「あ、いや……なんでもありません……」


 なにかわけありなのだろうか……?

 まあ、こんなに綺麗な若い女性が、一人で家具制作用の工具を買いに来てるというのも不思議な話だ。


「ぜひ、また日を改めてお礼をさせてください!」

「え……!? いや、そんな……いいですよ! 気にしないでください!」


 僕はなにもお礼を求めて助けたわけじゃないしね。


「せ、せめてお名前と住所だけでも……!」

「あー、いやぁ……その……」

「あ、すみません。ぶしつけでしたよね……。住所だなんて、いきなり」


 女性がさみし気な表情を見せたので、僕は慌てて否定する。

 別に名前や住所をこの人に教えたくなかったわけではないのだ。


「そういうわけじゃなくて……! その、僕は今帰る家もない状況なんですよね……お恥ずかしながら……。勤めていた武器職人ギルドも、クビになっちゃいまして……」

「え……そうなんですか……? だったら、その……うちに来ますか……?」


 少し不安そうな顔で、上目遣いで彼女はそうきいてくる。

 うお……かわいい……。

 

「はい……!?」

「そ、その……! 今日のお礼もしたいので……!」

「で、でもその……若い女性の家に、二人きりだなんて……!」

「あ、そ……そういう意味でいったんじゃないです!」


 女性は顔を真っ赤にして否定する。

 僕も思わず照れてしまった。


「え、じゃあ……どういう……」

「自己紹介しますね。実は私、アイリア=アグナキドと申しまして……家具屋ギルド【精霊の樹木】のギルド長をしています」

「か、家具屋……!? しかもあの老舗の【精霊の樹木】の店長さんなんですか……!?」


 驚いた。まさかこんな若い女性が……。


「つい最近、他界した父から受け継いだ店なのですが……。なにぶんまだまだわからないことだらけで……。それに、職人さんも多くが高齢で……新しい人を探していたところなんです……!」

「な、なるほど……そうだったんですか」


 つまり、彼女は僕と同じく跡取りとして生まれ、育てられてきたわけか。

 違うのは、僕は追放され、彼女は立派にギルド長をやっていること。

 でも、これは僕にとってラッキーな話かもしれない。


「ですから、ぜひうちで働いてみませんか……!? あなたなら、きっといい職人さんになれます! 私の直観がそう告げています! それに……若い男性がいないので、助かるんです!」

「わ、わかりました……! ぜひチャレンジさせてください!」

「本当ですか!? うれしい! ありがとうございます!」


 これは願ってもないチャンスだ。

 武器職人としては才能のなかった僕だけど、家具職人として再スタートするんだ!


「それに、うちは住みこみでも大丈夫です……! たぶん……」

「本当ですか!? 助かります!」


 きっと社員寮かなにかがあるのだろう。

 老舗ギルドだから、そういう部分は手厚いに違いない。


「それじゃあ、これからよろしくお願いします。僕はカグヤです。カグヤ=クラーセコ」

「はい、よろしくお願いします。私はアイリア=アグナキドです」


 僕たちは、互いの手を握り合った。

 アイリアさんの小さな手が、冷え切った僕のこころを溶かしてくれるようだった。

 まさに捨てる神あれば拾う女神ありといったところだ。

 これから、僕は拾ってくれたこの人のために働くんだ!





 家具職人ギルドに着いて、さっそく試験を受けることになった。

 もちろん僕を採用してくれるらしいけど、一応形だけのものみたいだ。

 僕の適性を見てくれるのは、ベテランのおじさん職人。


「よしボウズ、まずは簡単なタンスから作ってみろや」

「はい……! がんばります!」


 教わりながらタンスを作ること数時間。

   ・

   ・

   ・

 少々いびつだが、ようやくタンスが完成した。


「ふぅ……こんなものかな……」

「すごいです! 初心者とは思えない出来ですね!」

「アイリアさん、ありがとうございます! 一応、実家の家具を作ったりはしてましたからね」

「そうなんですか!? それは頼もしいです! これもなにかの運命ですね!」

「う、運命ですか……!」


 アイリアさんは別にそういう意味で言ったんじゃないだろうけど、運命の人だなんて考えると照れるな。

 でも、武器は苦手だった僕でも、こうやって職人に認められるタンスを一つ作りあげることができたんだ!

 褒められて、自信にもなった。

 これなら僕もやっていけそうだ。


「それじゃあさっそく、鑑定してみましょうか」

「鑑定……ですか」

「ええ、家具スキルがあるので、鑑定もできると思いますよ?」

「やってみます……!」


 そういえば、今まで家具を作っても鑑定なんてしたことがなかったな。

 だけど、売り物にするのならちゃんと鑑定して状態を把握しておかなきゃだよね!

 僕は今しがた自分の作り上げたタンスに目を凝らした。


「こ、これは……!?」

「どうしたんですか!?」



============

《木のタンス》

制作者 カグヤ

耐久値 50/50

攻撃力 9999

============



「こ、このタンス……攻撃力があります……!!!!」

「な、なんですってえええええええええ!?!??!」


 た、ただのタンスに攻撃力……!?

 そんなまさか、武器じゃないんだから……。

 そんな馬鹿な話、きいたこともない。


「カグヤくんが作ったタンスは、ただのタンスじゃないみたいですね……」

「ええええ……!? 自分でもびっくりです……どういうことなんでしょう」

「さあ……もしかしたら、カグヤくんが武器職人の家系だからかもしれませんね……」

「そうなんですかねぇ……?」

「しかも攻撃力が異常に高い……これはすごい才能ですよ!」

「えぇ……でもタンスに攻撃力があっても仕方ないんじゃ……」


 不思議な話もあるもんだと思っていると……。

 いきなり、建物の外からすさまじい衝撃波とともに、騒がしい音がきこえてきた。


 ――ドーン!!!!


「な、なんだ……!?」


 僕は思わずアイリアさんをそばに抱き寄せる。

 振動によろけていたアイリアさんも、僕のほうに身を寄せる。


「す、すみません……」

「い、いえ……」


 そうこうしているうちに、外からいくつもの叫びがきこえてきた。


「モンスターだああああああああああああああああ!!!!」

「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「殺されるぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 突然の事件に、僕は身をこわばらせる。

 アイリアさんも怯えているようで、僕は彼女の頭にそっと手を置いた。

 すると彼女は安心したようで、少し震えがとまったようだ。


「カグヤくん……」

「大丈夫です……! 逃げましょう……!」


 僕は彼女の手を引いた。

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