第2話 オートマトンの授業って、なんだよ……

 神。

 そう呼んでいいかはわからなかったが、そいつは俺の文句なんか、まるで聞きやしない。平然と話をつづけていく。




『君が今まで、自分の意識を、取り戻していなかったのは、単純な理由からだよ。早い話が、そういう仕様なのさ』




(仕様……だって?)




『便宜上、これを復活前と後とにしようか。君の、復活前の体について、一言だけ伝えておこう。そいつは君と同じさ。今朝がた、そこの屋上から死ぬつもりでいた。実際、死んだよ。肉体だけは、俺が助けちゃったけどね。ちょうどいいので、君の転生先として使うことにした。なので、復活前の持ち主には、気兼ねすることなく、好きなように使ってくれ。両親についても、心配はいらないよ。都合のいい環境を、用意してあげたからね』




(それなら、もっと本体のほうを、どうにかしてくれよ。俺が落ちこぼれだっていうのは、知ってるんだろ?)


 応えるように、そう胸中でつぶやけば、神はいきなり態度を急変させた。




『調子に乗るなよ、クソガキ。そんなご都合主義が、通用するとでも思っていたのか? はっ、バカが! 人生、そんなに甘くねえんだよ。たかだか身投げするくらいで、すべてをリセットできるなら、だれでもしているわ。こうして拾ってやっただけでも、ありがたいと思え』




 何も言い返せなかった。

 ぐうの音も出なかったというよりも、長年のいじめから、ひどく臆病になっていた俺は、相手に強く出られると、それだけで委縮してしまうのだ。だから、神の内容も、ほとんどよく理解できていない。たぶん、神が言うのだから、話した内容は正しいのだろう。どうせ、俺はバカだし、細かいことはわからんけど。




『まあ、そういうわけだから、君に与えた人生は、以前の延長戦。今まで意識がなかったのも、言ってみれば当たり前だね。延長戦なんだから。大丈夫、復活前の記憶も、そのうち馴染んでくるから、生活に大きな支障はないよ』




 それだけ言うと、神は俺の前から姿を消した。




「……」




 いつの間にか、暴力の雨もやんでいた。口元のヨダレを、服の袖で乱暴に拭うと、トイレに向かう。鏡で、顔の確認をしたかったからだ。

 でも、そんなことをしてみなくたって、とっくにわかっていた。

 神に言われたからじゃない。

 俺にだって、はっきりと確信していることがある。


(イケメンは、そもそもいじめられない)


 流しの前に立って、おもむろに鏡に顔を映せば、結果はそのとおりであった。

 嫌味なくらいに、そっくりだ。

 殴られた顔の腫れ方さえも、よく似ている。どうしようもない、転生前の俺と同じで、見栄えの悪い顔かたち。

 この世に、負のインスタ映え、なんてものがあったら、結構バズったに違いない。


(……どんな世紀末だよ、それ)


 教室に戻ると、すでにホームルームがはじまっていた。カバンは置いてあったはずだが、遅刻扱いだった。よく見れば、窓から捨てられたらしい。

 ふつうに泣きそうだった。

 でも、泣き顔を見られれば、また何かされるのだろう。

 俺は必死になって、痛む傷口を抑えつけた。その痛みで、涙をこらえようとしたのだ。




「一限と二限は、オートマトンの授業だな。全員、気をつけていけよ」




(……は? なんだって)


 聞きなれない言葉に顔をあげれば、目の前に、にやつく顔があった。気色の悪い顔だ。人をいたぶっても何も感じないような、そういう種類の顔。

 たぶん、性格が人相に表れるという話は、本当なのだろう。

 直感でわかる。

 こいつは、先ほどまで、俺を殴っていたやつに違いない。

 取り巻きが近づく――俺の席を囲むように。




「マコトぉおおお、楽しみだな」




(こいつは、人の名前を呼ぶとき、語尾を伸ばさないと、しゃべれないのか?)


 威勢がいいのは内心だけだ。震える声で俺は応える。




「じゅ……授業に、いか……行かないと」




 宣言するように、席を立って歩きはじめれば、そいつは、じゃれつくように、俺の尻を蹴飛ばした。まさか、そんなことをされるなんて、思ってもいなかった。

 俺は派手に転んで、顔を床にぶつける。




「寝るのがはええぞ、マコトぉおおお」

「うぐっ」




 俺の背中を踏みつけながら、一団が教室から出ていく。

 自分のみじめさに、こらえていたはずの涙が、目じりから自然とこぼれてきた。




「オートマトンの授業って、なんだよ……」




 復活前の記憶が、まだ完全に戻ってはいないようで、俺はその単語から、内容を想像することしかできない。


(「情報」の授業みたいなもの?)


 それがまさか、人型巨大ロボットを、操縦することだったなんて、夢にも思わなかった。

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