閑話 暗殺者と竜の巣
ここはとある町の冒険者ギルド。
熱気と罵声が飛び交うこの場で、酒場の奥にある机の周りだけはこの世から遮断されているかのように静かだった。
そこに座っているのは黒いローブを着た1人の人影。顔は見えないが、背丈からして12、3歳頃の少年だろう。
その少年の後ろに、新人冒険者とおぼしき4人の若者が立っていた。
4人の若者は少年の座っている机に1人ずつ座っていくと、その少年の顔を窺う。
その光景を見た周りのベテラン冒険者たちが顔を青くしながら依頼を受けて飛び出していく。
上級冒険者にもなれば長年の勘で危機を察知することができるのだ。
ギルドの受付嬢は呑気にニコニコと笑い、一般冒険者たちは酒臭い口を広げて大きく笑っている。
周りから完全に遮断された空間で、その4人は少年に話しかける。
「なあ。あんた新人冒険者か?実は俺たちもさっき冒険者になったんたが、パーティーを募集していてな。よかったら一緒にパーティーを組まないか?」
このパーティーのリーダーらしき青年がそう言って手を差し出す。
少年はやっとその4人に目を向けると、ゆっくりと席を立った。
少年のその行動に腹を立てたパーティーの女性は、歩きだした少年の手を握ろうとした。
「ちょっと、あんた……え?」
しかし、次の瞬間には少年はいなくなっており、その場には4人の若者たちだけがポツンと取り残されていた。
幽霊を見たかのように若者たちは顔を青ざめさせると、逃げるようにしてギルドから出ていった。
一方その頃、先程までギルドの酒場にいた少年は、今回の依頼の目標がいる山に行くための装備を整えていた。
やがて、食料や装備品などの準備が整うと王都から出て、足早に王都の門へと向かった。
大きな門から外に出ると、少年はローブについていたフードを外した。
そこから出てきたのは、小学生高学年ほどの顔つきの可愛らしい少女だった。
少女の名は水河叶。異世界から召喚された勇者のクラスメイトであり、勇者以上のステータスを持った《暗殺者》であった。
なぜ勇者と行動を共にしているはずの暗殺者が1人で冒険者活動をしているかというと、とある少年を探し出すためだ。
探している少年の名は荒瀬優。
その少年も勇者と共に召喚された者の1人であり、職業は魔術士だった。
少年はモンスターを狩っている途中で皆とはぐれてしまい、その次の日に死体となって見つかった。
クラスメイトのほとんどは荒瀬優という存在を認識しておらず、その少年が死んでもあまり深刻な問題にはならなかった。
死因はモンスターによる殺害とのことだったが、実際は違う。
彼の持つ《支配》という能力を恐れた国の重鎮たちが、彼の暗殺を謀ったのだ。
しかし暗殺は失敗。彼を殺そうとしたクラスメイトや国の暗殺者は、彼を逃したことを伝える。
殺していないので生きているはずだが、いつまで経っても帰ってこない少年を、もう戻ってこないだろうと判断した重鎮たちは彼を死亡したものとした。
その内容を知っていたクラスメイトの《預言者》によって、彼が生きていることを知った少女は、彼を探すことにしたのだ。
そして現在に至る。
その少年が生きているのなら、冒険者でもしているのだろうと判断した少女は、もうすぐ行われるギルド対抗のSランク冒険者交流会に参加すべく数日でSランクになった。
そして、その大会が始まるまで暇になった彼女は、依頼をクリアしながらレベリングをしていたのだ。
彼女が受けた依頼は、竜の巣の破壊。
難易度はもちろんS。しかも、今回の依頼は竜1体の討伐ではなく、竜の巣の破壊だ。難易度はSランク2つ分はあるだろう。
少女は走って目的地まで向かうと、そこには大きな洞穴があった。
光属性の魔法で光球を作り、それを宙に浮かべながら進む。
辺りにはレアな鉱石や植物があったので、できる限りの素材を採取しておく。
しばらく歩いたところで、奥の方に光が見えたかと思うと、骨や毛皮がたくさん散りばめられたところがあり、その上は空洞となって光が差し込んでいた。
ゆっくりと近づいていくと、親らしき黒竜が巣穴で寝ており、懐には5つの灰色の卵があった。
《隠蔽》を使用している少女の存在には気づいていないようで、吐息を吐き出しながら静かに眠っている。
少女は何も考えぬまま《暗殺術》《斬撃》《瞬発力》を使用して黒竜の首にナイフを振るった。
音すら立てずに振るわれたそのナイフは、黒竜の首を一太刀で切り取り、キレイな断面を残して首が切り落とされた。
できる限りの素材を切りとった少女は、ひとまず残りの素材と5つの卵を放置して帰ろうとした。
そのとき、空洞となっている上から1匹の白竜が翼をはためかせながら降りてきた。
その白竜はさっき殺した黒竜と番だったようで、呼気を強くしながら少女を睨み付けている。
白竜は少女を睨み付けたまま急降下してきた。
少女は《暗殺術》《投擲》《斬撃》を使用して、一本の投げナイフを投げつける。
シュッと小気味いい音を立てながら投擲されたそのナイフは、白竜の頭へ真っ直ぐに突き刺さり、脳天をパックリと割れさせて白竜を地面に墜落させた。
1分も経たずに二匹の竜を討伐した彼女は、溜め息を吐きながら白竜の解体を行い、依頼の達成を告げに王都へ戻った。
次の日から、彼女の二つ名に『音速の竜殺し』というものが追加された。
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