第42話 二人きりの家

 姉の要請で、久しぶりに家に来ることになった海斗。もちろん家事代行の仕事で来るのだが、麻保もそのことを知り少し複雑な気持ちで迎えた。いけない、いつも通りにしていなきゃと思うが、顔や態度に現れないか心配だ。


「こんにちは、今日もよろしくお願いします」


 海斗が明るく挨拶して、入ってきた。


 未津木の後ろから顔だけ出して「海斗さん、こんにちは」と麻保は小声で挨拶した。未津木の方は、堂々と前に立ちはだかって腰に手を当てている


「ご両親はご在宅ですか」

「今日も仕事のようです。いつものことで、えへへ」

「そうですか。お忙しいんですね。それじゃ未津木さん、何なりと用を申し付けてください」

「はい、これをお願いします。私も今日は用が合って外出するので、麻保がずっといますので」


 急に話を振られた麻保が答えた。


「え、ええいるわよ、もちろん」

「ってことで、今日もよろしく」


 わあ、お姉ちゃん気を利かせたの、今日は家で海斗さんと二人きりなのが分かったとたん、心臓の鼓動が早くなった。海斗の方は全くいつも通り。


「さて、今日の仕事は」


 姉からもらったメモを見る海斗の目付きが変わった。特別な仕事なのだろうか。


「何が書いてあるの。今日は買い物、それとも草取り、それとも夕食の準備?」

「まあ、そんなところだよ」

「私も今日は一日空いているから、手伝う」


 とのぞき込もうとすると、慌ててポケットにしまった。


「じゃ、手伝ってもらおうかな」

「任せておいて」


 と、家事代行に来てもらっているのに、手伝う気満々だ。


「掃除しようか。リビングとダイニング、それが終わったら麻保ちゃんの部屋」

「了解で~す」


 二人で掃除機をかけたり、テーブルを拭いたりする。もちろん中心になってやるのは海斗だ。麻保は海斗の指示に従って動く。あまりたくさんは命じて来ない。


「なかなか手際がいい。普段もやってるの?」

「う~ん、あんまり。自分の部屋ぐらい」


 麻保がテーブルを少しづつ拭いていると、シンクを磨いたりガスコンロの周りを海斗が磨いていく。


「まるで新品になったみたい」

「コツがいるんだよ」


 結局九割がた海斗が綺麗にしてリビングルームの掃除が終わった。テーブルに座って紅茶を飲む。


「ふ~~、美味しい~~、これは」

「カモミール茶。気持ちを落ち着かせるお茶」

「私にはピッタリ」

「でしょう」


 ドキドキが止まらない自分には、ちょうどいいお茶。良い香りが部屋中に漂う。


「なんか素敵な午後ねえ」

「午後の紅茶だね」

「あっ、そうだ。ちょうどいいものがあった」


 麻保はクッキーを取り出し皿に盛った。


「ほら、午後のお茶にはお菓子が必要でしょう」

「うん、紅茶に合うね」


 クッキーに手を伸ばす海斗は、ちょっと照れ臭そうにしている。二人同時に手が伸び、最後のクッキーの上でそっと手が触れあった。


「あら、どうぞ」

「いいや」

「どうぞ、どうぞ、海斗さん」

「悪いな、いただきます」


 と口の中に入れた。窓の外を見ると、風にそよぐ気木々が揺れて部屋の中に入ってくる光がゆらゆら揺れている。


三十分ぐらい休憩すると、麻保が時間を気にし始めた。


「あれ、麻保の部屋も掃除しなきゃいけないんでしょう?」

「そうだった。それじゃ、そろそろ行こうかな」

 

 立ち上がった海斗は真剣なまなざしで麻保を見ていた。海斗さんこれから、部屋の掃除をするのに思いつめたような顔をしてどうしたのだろう。

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