第18話 相合傘

 雨が止んでるといいけどな、両手に荷物を持った状態で傘をさすのはかなりしんどい。


 残り半分は、海斗も食べることに集中した。


 外へ出たが、麻保の期待は裏切られた。雨脚は相変わらず途絶える気配を見せず、しかも結構強い。


「手分けして持ちましょう……」

「そんな……悪いですよ」

「いいから!」

 と麻保が困ったように提案したが、それでは給料をもらって仕事をしているのに気が引ける。何のために自分が雇われているのやら……。


「このくらい持てますよ。結構力はあるんですから」


 っと、麻保が持っているスーパーの袋をひったくった。ここは意地でも持たなければ、と意気込みを見せた。


「いいえっ、このくらいは私が。持てますよ! そんなにか弱くないんだから」

「いえいえ、持てませんって!」


 最後の一つのバッグをめぐり争奪戦になる。


「杉山さん、エコバッグを二つ持ったら傘を差せないでしょ?」

「僕は濡れてもいいです! 仕事ですから」

「そうだっ、いいこと考えた。私が差すから一緒に傘に入ればいいんですよ~~!」


 これぞ相合傘。こんなチャンスを逃すことはない。


「ええっ! そんなことしちゃ……」

「悪いですよ、とか、濡れてもいい、とかいってないで。さあさあ、さあさあ!」


 麻保は傘を広げて、海斗に接近した。両手に荷物を持った海斗がためらっているので、傘を傾けた。


「それじゃ、言われたとおりにしますけど……そんなに傾けないで、まっすぐっ持っててくださいよ」


 と海斗は従うことにした。


 両手に荷物を下げた海斗に麻保はぴったり体をくっつける。できるだけ体を接近させないとお互いに体半分が濡れてしまう。


―――雨は相変わらずざあざあ降っている。

 

 ちょっと海斗のほうへ傾けると、自分の方に雨粒が当たり服が湿ってくる。


「ああ~~、そんなにこっちに傾けないで! 僕は濡れても構わないんだから、麻保さんが濡れないようにしてください!」


 おお、優しいお言葉。麻保は、すぐ目の前に迫っている海斗の顔を見ながらうっとりする。


「そっ、そうですか。では……真っすぐにします」


 元に戻すと、今度は海斗の肩に雨粒が当たる。


「濡れちゃいますよ、だいぶ……」

「もう、諦めてるからいいです。こういう時は、仕方がない。いくら止めと念じても、止まないっもんです」


 二人とも、いつの間にか歩調が早まっていた。肩が歩くたびに触れあう。


 傘の中って、ちょっとした部屋のよう。ここは外界と隔てられた二人だけの密室、と麻保の気持ちは雨が降り続くほどに高まっていく。


「あっ、すいません。ぶつかっちゃって」と海斗が謝ると、

「気にしないで、わざとじゃないんだから。私こそ、ぶつかってばかりで、すいません!」と麻保が返す。麻保のほうは、わざとぶつかっていることなど、海斗にはわからない。


 早歩きしたので、息が上がってきた。水たまりがあると立ち止まり、さらに体をくっつける。


「ジャンプ!」

「せ~の!」

「よし!」


 チームワークもよくなってきた。


 あと少しで到着だ。遠くに家が見えてきた。


「あと少しです!」

「そのようですね、あと少し」

「あと少し……」


 玄関の下までたどり着き、ようやく傘をたたむことができた。バサッと振ると、しずくがぼたぼたと垂れている。


「……ふう、雨の日の買い物は大変でしたね」

「はい、お疲れ様です」

「麻保さんも、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました」


 ちょっとはにかんだように笑う海斗の顔がまぶしい。


「こんなに濡れてしまいました」


 と、麻保は海斗の服に手を触れた。服越しに張りのある肩の感触が伝わり思わず微笑んでしまう。それを見た海斗は、ようやく帰れて安心してるのかと勘違いする。海斗は自分のバッグの中から、ハンドタオルを取り出した。


「髪の毛まで濡れてますよ」

「えっ、そうですか」

「ほら、ほら、拭いてあげましょう」


 なんと、海斗はそのタオルで、麻保の髪の毛を優しく拭いてくれたのだ。


「……どうも」


 感激でウルウルしている。それ以上言葉が出ない麻保のことなどお構いなしに、海斗は玄関へ入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る