第4話
翌日、孝弘は重い頭を抱えながら体を起こした。
頭痛がひどく気分も最悪。その日が休日だったから良かったものの、到底家から出る気もしない。
まだ酒が残っているせいか、どうにも頭が働かない。
「気分はいかがですか?」
アオイは水が入ったコップを手に持ち、孝弘の部屋に入る。
その立ち姿を見て、孝弘は、唐突に昨晩のことを思い出した。
「アオイ……――」
名前以上に、彼が何かを発することはない。
霧がかった表情で、ただただ彼女の顔を見つめていた。
「どうかしましたか?」
彼女の声で、孝弘はようやく我に返る。
「い、いや……」
「昨晩は、何やらうなされていました。疲労がたまっているのかもしれません」
「昨晩……」
孝弘は少しだけ思案する。
口に出すべきか悩み、アオイの顔を見た。
まるで生きているかのような顔である。目を凝らさなければ、触れなければ、絡繰りであることを忘れてしまうような……。
「……夢を、見たんだ」
孝弘は、確かめることにした。
「夢ですか?」
「ああ。ちょっと昔の夢をね。……アオイ、一つ、頼みを聞いてくれないか?」
「もちろん構いません。頼みとは?」
「その……」
少しだけ顔を逸らした孝弘は、掠れるような小声でアオイに告げる。
「……キスを、してくれないか?」
「キス……ですか?」
「あ、ああ……だめかい?」
「構いませんが……確認したいのですが、どちらに?」
「く、唇に……」
少しばかり、アオイは驚いていた。
孝弘が彼女を家に迎えてから、彼は、彼女に肉体的な接触を求めて来たことはなかった。
これはどういった心境の変化だろうか……。だが、考えてみれば仕方のないことなのかもしれない。
独身の若い男性と、作り物ではあるが、若い女性を模したアンドロイドの生活。
遅かれ早かれこうなることは予見出来ていたアオイは、静かに頷いた。
「……わかりました。では、失礼いたします」
コップを机に置いたアオイは、身を乗り出し、顔を近づける。
そして何の躊躇もなく、いとも容易く、彼女は唇を孝弘と重ねた。
「…………」
外の喧噪と鳥の囀りが微かに響く室内で、孝弘とアオイは、長いキスを交わす。
柔らかく、少しだけ湿っているが……彼女の唇は、いやに冷たかった。
孝弘は彼女の両肩を掴み、顔を離す。
そして、顔を両手で覆った。
「……ごめん、アオイ。ごめん……」
「なぜ、謝るのですか? 何か気に障りましたか?」
「違うんだ……違うんだよ、アオイ……。悪いのは、僕だ……」
ポタリ……と、孝弘の足元に落ちる。
指の隙間からは熱を帯びた雫が溢れ、手を濡らし、床に斑点を描いていた。
「なぜ……泣いているのですか?」
その問いに、孝弘は答えようとしない。
ただひたすらに謝罪を口にし、涙を流し続けていた。
目の前の主人は、一途に脆弱だった。
背を丸め、顔を隠し、声を潜め、塞ぎ込んでいた。
「――――」
また、ノイズが走る。
「……孝弘さん、失礼いたします」
アオイは両手を広げ、優しく、少しだけ強く、孝弘の体を包み込んだ。
「……アオイ?」
「私にも、この行動理由はわかりません。……ですが今は、こうすべきだと判断しました」
涙で彼女の服は滲む。
まるで彼の悲しみを吸い取るように、宥めることなく抱きしめていた。
「……暖かいな、アオイは……」
「そのような機能はありません。私の体温は、外気の温度に左右され……」
「いや、暖かいよ。君は、とても暖かいんだ……」
「……私には、わかりかねます」
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