第6話 壊れる絆と生れる絆と

 憎いと思ったことがある。

 でも手を出すほどの勇気はない。


 だから他人ひとからみたら、私はただの弱虫でしかない。力の無いモノは何もできない世界。失う自我と失う自信。それが続くと人間ひとは簡単に壊れてしまう。


 私は今日も耐えている。たとえ何を言われても。たとえ体に傷ができても。たとえ助けが来なくても。


 今までも、これからも、私は私一人しかいない。


 でもやられたことは覚えてる。言われたことは覚えてる。この感情が無くなったとき、私は深い闇の中に囚われる……。




――場所は変わってカレンの所属事務所の中。

「えぇ~っと、初めまして……いいのかな?」

「いいんじゃない? この体でこの姿の時に会うのは初めてなんだから」


 小さな音楽レーベルの入るとある雑居ビル、その会議室にこの付近ではお嬢様学校として知られている有名な高校の制服を着た、いかにもお嬢様してますって感じのが俺とテーブルをはさんで向かい合うように座っている。


 とりあえず、説明だけしちゃうと、俺はある能力を持っていたおかげで本来なら関わることがないであろう世界のこの娘と出会い、事件に巻き込まれ何とか大人の協力のもと解決することができた。その事件において被害者になってしまったのが目の前に座っている娘なんだけど、この娘を形式的には俺が助けた感じになっている。

 それからは高校進学とかいろいろあって会えなかったんだけど、この娘が突然やってきてここに来いって呼び出されたわけ。なんだけど……。

 

――なんか、機嫌悪くないすっかね? あれ? 俺が助けられたんだっけ?


「えと、日比野さん?」

「いまさらでしょ? カレンでいいわよ!」

「あ、はい 」

 ていうかさ、さっきから壁の方ばかり向いてるけど、俺って何かしたっけ? それにさっきから反対の壁際の方でドアからチラチラと見られてんのも気になるしさ。ちょっと以前に見かけた娘とかもいるけど……。


「で、カレン? 俺は今日どうしてここに呼ばれたのかな?」

 本当にわからないんだよね。

「どうしてって……あなたらしいわね、まぁいいわよ。それで、今シンジ君は高校生よね?」

「知っての通り、そうだけど。あ! 無事にお互い高校生になれたんだね。うん、おめでとう!」

「あ、ありがとう……じゃなくって!!」


 なんかドア越しに「うわぁ、カレンが乗り突っ込みとかしてるぅ」みたいな感じの顔と声がダダモレなんだけどさ、本当に何をしに来たんだろうか? 当の本人も震えてるし。

「ちょっと出てくる」

 とだけ言って小さなポーチをかかえて廊下へとでていってしまった。出ていく時に大きまため息をして。


 カレンと入れ替わるように雪崩にごとくチャンスとばかりに入ってきたのは、アイドルグループ[セカンドストリート]の正規フルメンバーたちだ。先ほどドアにはさまれたコや、一度だけ話をした子もいる。

 考えてみたらそのアイドルたちがこの会議室の中にかなり入っちゃってる。この状況は伊織ならならスゲー喜んだだろうなぁ、あいつガチのファンだからな。俺にはちょっと辛いな。だって男が俺一人しかいないってどう考えても怖いよ。


「久しぶりだね、え~っと……」

あの事件の時に話を聞いて顔だけは知っている(もちろん名前は知らない)が、メンバーをかき分けるように出てきて俺に話しかけてきた。でもさ、そのあと、考えてるポーズしてるけど、どうした?


――ああ、そういうことか!

「藤堂です」ペコっとお辞儀する。

「そう!!藤堂クンだ! 今日はどうしたの?」

 今、完全に頭に電球マーク出たよね、まぁいいけどさ。


「その、日比野さんに呼ばれたんだよ」

 その言葉がいけなかったらしく。

「キミ、カレンのカレシなの? 」

「いつから? 」

「学校はどこに通ってんの?」

「え~、普通のやつじゃ~ん」

「カレンのどこが好き?」

「カレンは裏切らないと思ってたのにぃ!!」

 きゃーきゃーと、黄色い声が飛び交う。狭い会議室は軽いパニック状態に陥った。何か途中でディスられた気がするけど、聞かなかったことにしよう。


「ハイハイハイハイ! ちょっとごめん。みんな出てってくれない?」

 カレンが戻ってきたようだ。そしてドアの向こうへとメンバーを押し出していく。

 正直助かった。女の子は苦手だ。そして再び二人だけになった会議室に沈黙が流れるのであった。


――やっぱどっちにしてもこえぇぇぇし。女子恐るべし!!


「何で、会いに来なかったのよ?」

 小さな声が、静まり返る会議室にこぼれた。

「はい?」

「な・ん・で・こなかったんですか!!」

 ばんばん!!

 テーブル叩くな叩くな。聞こえてるから。

「なんでって……。あの状況で会いに行けると思うか? ニュースにもなって今じゃトップアイドルじゃないか。そんなコのとこにこんな平凡極まりない男が行っても、会えると思わないだろ? それに……」

「それに?」

怖い顔のカレンが聞き返してくる。早く話せとばかりに。


「普通、いやまぁ俺の経験上だけど、[生霊]って形で出てくる時はたいていは本人にも無意識で出ることが多い。だから元に戻ったら、その時の記憶はないはずなんだ」

「……」

「だからまさか、カレンが覚えてるなんて思ってかったから」

「だからって、普通1回くらいお見舞いくらい来ない?」

 

――はい、ごもっともです。反省はしてますよ? ちょっとだけだけど。


「お礼くらいちゃんと言わせなさいよ!!」

「え?、いや、その、どういたしまして?」

 そんな感じで、あの事件以来となる約十か月ぶりの再会は怒られる形で終わったのだった。



「じゃぁ、俺そろそろ帰るよ」

 パイプ式の椅子を引いて腰を上げようとした。

「ちょ、ちょっと待って!!」

 カレンに腕を掴まれてしまう。慣れない感触にビクッとして固まる。女の子に触られるなんて義妹の伊織に位しかないから。


「あ、ごめん。でも、まだ、座って」

 素直に腰を下ろしなおす俺。話しにくそうに下を向くカレン。少し見ない間に大人っぽくなったような気がする。やっぱりアイドルってかわいいんだなぁなんて考えてると。

「シンジ君ってさ、まだああいう事してるの?」

「へ?」

 突然の質問の意味が分からない。


「だから、私みたいになったコとか助けたりしてるの?」


――いやいやいや!何を言ってんですかねこの子は。あのときは仕方なく流されてああなっただけで、基本俺はああいうモノは苦手なんです!!


「そ、そんなわけないだろ。あの時はたまたまだよ」

「じゃあ、もう見えたりしてないの?」

「いや……念だけど見えてるよ。今も、たぶんこれからもね……」

 会議室内に少し重い空気がながれる。

 俺は確かに[霊]は見えるけど慣れているわけじゃない、そもそも好きになれる方がおかしいと思う。


「あの、協力してほしいことがあるんだけど……」

「やだ!!」

「なんでよぉ~!! 話聞いてよぉ~、ね、ちょ、待ってよぉぉ~!!」

 鞄を掴んでスタスタと歩き出す。はい話はお終い。じゃさいならぁ……。


「は、放せ!! 俺は帰る!!」

 鞄を掴んだカレンが俺に引きずられている。

――結構チカラあるなお前!!こら! その顔は反則だぞ!! おまえ、くっ、このっ、分かっててやってるな?

 少し泣きそうな顔で掴んだまま放そうとしない顔には「お願い」って表情を浮かべている。しかも薄く涙が滲んで。


「わかった、もう、わかったから放せ。いいか、話をきくだけだからな」

「やった!!」

 やっぱり確信犯か、こいつ変なことに成長しやがって。

 降参した。カレンからの相談って時点で悪い予感しかしていなかったけど。俺も男だし基本女の子には弱いんだよね。それからカレンはパタパタと走って廊下に出ていったと思ったら、すぐに戻ってきてその手にマグカップを持っていた。

 長くなりそうな気しかしないんだけど……。


「で? 相談ってなんだよ?」

「あ、と、そうね。どこから話せばいいかな……えぇ~っと……」

「もう、要点だけ言ってくれよ 」

「わかった。じゃぁ、会って見てもらいたいコがいるんだ。そのコ最近突然変わっちゃって……なんか、こう、おかしいのよね 」

「それって、さ。見えない系?」

「そう、そっち系」

 ニコってアイドルスマイル。


――ほらやっぱりなぁぁぁぁぁぁぁ……。




 カレンは語る。

「そのコとは幼稚園からの長い付き合いでさ、お互いに家に遊びに行ったり、来たり。ずっと仲良くしてて。中学生になって学校は離れちゃったけど、それでも連絡したり遊んでたりしてたのよ」

 少しだけ言いよどんだ顔には、悲しそうな表情と複雑な思いが見て取れた。

「あの事件のあった後、すこしたって体調も良くなったし、お見舞いとかにも来てもらってたから、お礼もかねて遊びに家まで行って会ったんだけど…なんだか様子が変わってて……」

「それで?」

「それで、最近忙しくなっちゃったから会えてなかったんだけど、1週間くらい前かな…ライブの帰りに偶然見つけて追いかけて呼び止めたんだ。でもなんだか別人みたいになってて。あたしの事もよく覚えてないみたいだったし……」

 言葉尻が小さくなって聞き取れなかったが、カレンの表情を見ただけでかなり心配そうにしているのは分かる。

「だからさ……」

「お断りします」

 

 言われる前にスッパリと言っておこう。うん。

「何よ!! まだ何も言ってないじゃん!!」

「言われてなくても大体わかってるからだよ。俺に見てくれって言うんだろ? やだよ。知ってるだろ? 俺はそういうモノ達と関わりたくはないの!基本的に慣れたくないんだよ!!」

「うっ! な、なによ、そんなに強く言わなくてもいいじゃん」


――あれ? 俯いちゃったけど……カレンまさか泣いてないよね? あれ? 俺が悪いのかな?


「わ、分かったよ。見るだけ、ほんとに会うだけだからな」

「ほんと? いいの?」

 顔を上げたカレンは泣いてなんかなくて、むしろ舌を出していた。

――こいつ!! 女優か!! いやアイドルだったな!! 


「お、男だからな。二言はないよ」

 わぁ~いって両手上げて素直に喜んじゃってるし。こういう時はほんとにかわいいと思うんだけどなぁ……。


「で、どうするんだ?」

「そうねぇ……それじゃ今週末開けておいてよ。迎えに行くからさ」

 は? そんな顔したなたぶん。



 キっ

 という音とともに今藤堂家の目に黒塗りの車が止まる。

 時間は午前9時少し前。カレンと再会した週末。時間が過ぎるのは早いよね。


 ピンポーン!

 ピーンポーン!

「はぁ~い」

 今日は両親ともにいないらしく、義妹いもうとの伊織が玄関へと駆けていく。

 この時俺は完全に寝ていた。そもそもがこの日に約束していたことをすっかり忘れていたのだが……。


 タタタタッ

 バーン!!


「お、おに」

 鬼?

「お、お義兄にいちゃん。お、お客様が!! そ、その!!」

「あん?」

 まだ布団の中から顔だけ出して返事する。もちろん出る気はない。

「せ、セカンドの!!」

「お、落ち着け伊織。珍しいな」

 大変珍しい、うちの義妹いもうとの慌てる姿。

「だ、だって[セカンドストリート]のカレンが来てるんだもん!!」

「あん? カレン? ……あ、カレンって……」

 がばっと跳ね起きて時計を見ると9時を過ぎたばかり。


――来るのはやくねぇぇぇ? つかやっべぇ、忘れてた。


 慌てて着替えること5分。

 ようやくまとまった姿で玄関へ向かうと、伊織がまだ信じられないって顔してカレンと向き合っていた。

「早く来るなよ」

「早い? ……あなた今何時だと思ってるの?」

「あぁ~わり! 忘れて寝てたんだよ」

 すまんすまんと両手をあわせて謝っていると、隣にいた伊織の視線が俺に当たっているのに気付いた。

「お、お義兄にいちゃんてカレン……さんと知り合いなの?」

「え、あ、うんまぁ……な」

 フシギそうな視線だったものが尊敬のまなざしになっていくのを感じる。


「初めまして、妹さん? 私は日比野カレン。よろしくね」

 はい、出ましたアイドルスマイル。そしてその笑顔に瞬殺されるわが義妹いもうと。でもカレン、伊織の存在知ってるよね? 今の演技?

「あ、あの、私伊織です。あ、サ、サインいいですか?」

「いいよぉぉ」

 と、にこやかに返すカレンの返事を聞いた途端に自分の部屋に駆け出していく伊織。


「カワイイ義妹いもうとちゃんね」

 クスクスと笑う。

「知ってるくせに今更なんだよ」

 拗ねたように返事を返していると、手にサインペンと色紙のようなものを持った伊織が降りてきた。カレンは笑顔で対応する。


「じゃぁ、行きましょうか」

「ん、ああ、そうだな。伊織、悪いけど少し出かけてくるから戸締りだけはしっかり頼むな」

 っと、声をかけて車に乗り込もうとすると

「え、お義兄にいちゃん二人ででかけるの?」

 そんな声をかけられた。

「い、いや、勘違いするなよ。その、友達に会いに行くだけだからな」

「そうなの、ちょっとお兄さん借りるわねぇ」

 声をかけた後、車は走り出した。

 少し違和感があったような気がするけど、この時の俺は気づいてはいなかったんだ。



 立派な門を過ぎてからついた家は、とても立派な日本家屋で、庭もこれが日本庭園ですって感じのすごいとこだった。

 車から降りて、運転してくれていた、現セカンドストリートのマネージャー今田さん(女性の方でちなみにこの人には何もいてなくて安心した)に迎えに来る時間を確認をする。


 [市川]と書かれた表札の下のボタンを押す。

 ピンポーン

 カレンが押すとすぐにインターホンから反応があって、お母さんと思われる女性が迎えに出て来てくれた。

 さすがに小さい時からの顔なじみとあってすぐにリビングに通してもらえたけど、女性が俺をいぶかしげに見ている目が気にならないではなかった。

 そのあとすぐに呼びに行ってくれた。

 しばらく他愛もない話をしていると、今日訪れた目当てのコと思われる少女がドアを開けて入ってきた。


「あ、響子ちゃん来たよ」

「いらっしゃいカレンちゃん。待ってたよ。すぐ部屋に行くでしょ?」

「うん」

 じゃぁおば様とか挨拶しているカレンの横で、[響子]とよばれた少女を見ていた。もちろん頼まれたことを果たすためであって、男として見ていたわけじゃない。

 この[響子]、見た目はもちろんお嬢様な感じが出てるし先ほどカレンと話をしていた感じからしても全く何も感じられず、もちろん何かが憑いてる気配はしない。

 部屋に移動する間も二人から「カレシ?」とか聞こえたけどとりあえず聞こえないフリをしておこう。

 だな、良かったと思いながら二人の後を歩く。


 ブアァ

 ザワッ

 全身に寒気とともに鳥肌がたつ。頭から汗が流れだして背中に冷たい汗となって流れる。体が近づくなと警戒している。


「こんにちはカレンちゃん」

「来たよ、理央ちゃん」


 部屋から見えたその声とその姿に驚いた。響子がもう一人、地味目な服を着て立っていたからだ。


――双子か!!


 そして見えたモノはそれだけじゃなくて。それはこの[理央]にまとわりつくべったりとした黒いだった。

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