第34話 鹿能は片瀬に誘われる
帰国した片瀬はしばらくは本社ビル勤務で仕事をしている。そこで本社ビル内が殺風景すぎるから各部署の仕切りに観葉植物を置きたいと、健司を通じて社長にオフィスフロアーの改善を直談判した。社長にはまだ会長が取り憑いてるのか新しい部署が決まるまで彼の意向に沿わせた。
そこで片瀬は改装に必要な物を求めて直接立花園芸店を訪れた。此処で彼を見知っているのは鹿能だけだ。真っ先に鹿能が応対すると、先ずは送迎会での話から入り、会長の葬儀での装飾に礼を言ってから、用件を伝えた。
なぜ社内の改装に当店をいの一番に決めたのか会長の葬儀も参考にしたが、それ以上の魂胆がありそうな気がする。
依頼を受けるとさっそく立花社長と二人で片瀬の居るいろは商事会社へ視察に向かった。
五条通に面して六階建ての五階六階が本社で、四階以下は別の会社が入居していた。
広いオフィスフロアーに通路を空けて各部署の区切りにしているが、パッと見れば雑然と並ぶ机の群れである。これでは殺風景で仕事がはかどらんから、各部署事に観葉植物を置いて区切らせたいらしい。多い方が良いがそれでは作った垣根で迷路のようになって仕舞うから間隔をあけて、その間には低い花壇で繋ぐ方法を採った。
これで座っていると相手が見えないが、立ち上がれば周囲が見えるように、観葉植物は胸の高さまでにする。この案で立花社長と鹿能は片瀬さんと細かいところを煮詰めた。
「なんでまた急に思い立ったのです」
冬の長い北欧では結構室内に植物を置いて気持ちを
一通りの打ち合わせが終わり引き上げる鹿能を、片瀬は呼び止めて昼食に誘った。立花さんは、わしは先に帰るさかいゆっくりして行けと足止めされてしまった。
ヤレヤレこの男と一対一で食事に付き合うのはこれが始めてだ。第一のその魂胆がサッパリ分からない。希未子さんを巡る宣戦布告かもしれん、と身構えてみても、今日は大事な内のお客さんだ
このビルから歩いて数分の所にちょっとした人を招くには丁度良いファミレスよりは小綺麗な店があった。此処は洋食でも中華が主なメインらしい。好みを聞かれたが、片瀬に合わすことにした。注文を終えてメニューを置くと、さっそく希未子さんの事を聞かれた。
彼女はかなり変わってきたと先ず言われたが、以前の彼女を知らない鹿能にはピンとこない。同じように海外に居た片瀬には、どうも鹿能と希未子が、短期間でどれほどの付き合いなのか分かりづらいようだ。
希未子さんはその辺りは片瀬にもともかく、周囲にも詳しく話していないようだ。
片瀬に会う事は電話では伝えたが、彼女の反応はイマイチだ。おそらく片瀬の行動を掴み切れていないから、希未子さんは暫く様子見に留まっている。だから此の食事に誘われた真意は鹿能も掴みきれないでいる。けして気まぐれで誘う訳がない、そこに何か意図があるがそれをどう見極めるかだ。
「海外勤務は言葉や習慣の違いに戸惑いながら仕事をするのは大変でしょう」
と持ち上げてみた。これにはいたって気に留めていない。そう言う思考回路らしい。
「ぶっつけ本番で向こうへ着けばそんなことを考えてる暇なんてありませんよ」
営業マンを志した以上は、場所は違えどもみんなそんな心積もりで無ければ務まらないようだ。
「でもそれは亡くなられた会長さんの見立てで本当は自分に向いてる物は他には考えなかったんですか」
まあ当たりさわりの無い話から入り込んで片瀬を誘った。そこから本質に迫ろうとするが、中々展開しないで、食事だけがはかどってゆく。これはまずい、いや、食事は美味いがそこで直接核心に迫る。
「片瀬さんはどうして内の花屋に、まあ会長の葬儀と言う実績だけで頼まれたんでしょうか」
「千鶴さんからも伺いましたよ披露宴で洋装に着替えられたときのブーケがよく似合っていて鹿能さんに頼んで凄く良かったと聞きましたよ」
そう来るか、上手く
「会長が亡くなられて一時帰国された時に初めて片瀬さんにお会いした時を覚えているでしょう」
「覚えてますよ希未子さんから紹介されて、あの時は落ち込んでしまって何も言えませんでしたから」
「そうですか、希未子さんは友人として紹介していたようですが」
「あの人は時と場所を十分に考えて行動する人ですからあの場面で紹介すれば希未子さんにとっては相当に縁の深い人だと印象付けますよ」
ホウー、やっと本筋に入り出したが、しかし昼食は殆どが終わりかけている。これで時間切れに成れば来た意味がないと焦り掛けた時に、食後の珈琲を勧められて、一つ返事で承諾した。そこであの時に云った言葉を覚えているか訊ねると、どうも心臓をえぐられた気分になったらしい。しかし希未子さんの話だと、それも既に色褪せている(どんな心臓なんだ)と言われた。果たしてどうだろう。
「それで今はどうなんですか」
と片瀬の反応を見る為に彼の心の健康診断を試みた。
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