セノーベ
朝靄を食むように歩いた。両手に桶を下げて、村の端にある水場に向かっていた。
足取りは軽くなかった。とた、とた、と気怠そうに歩く娘の顏はやつれていた。
水を汲み、その足で食物庫に寄った。村人で共有していたこの大きな小屋で幼馴染と隠れて遊んだ頃のことを、近頃は来るたびに思い出す。夏場はひんやりとして心地よかったが、今は虚しく肌寒い。はあ、と一息ついて葉物と干し肉を脇に抱えて小屋を後にした。
砂利を踏む音がよく響く。ちゃぷんちゃぷんと桶の水が揺れる音、ときどき漏れるため息、鼻をすする音も必要以上に大きく聞こえる。この辺りは風があまり吹かないので、木々もざわめきを聞かせてくれない。
毎日がとても静かだった。この静かな暮らしが何か月続いているのか、だんだんと思い出せなくなっていた。
ただ、生きていなければならないので、今日も水を汲み、火をおこして食事を作り、肉と野菜を口に運ぶ。食事の間はまぶたを閉じる。そうすると、目の前に義母が座ってくれているような気持ちになったから。
静かな暮らしは時折乱された。―――侵入者。
娘は獣のように反応して椅子から跳ね上がった。ナタに似た大きな刃物を両手に掴んで飛び出していく。
村の開けたところに人影があった。屈みこんで手にしているのは手のひらほどもある見事な宝石だった。
娘は一足飛びで侵入者の頭上に躍り出て、思い切りナタを振りかぶった。
ストラリスコ 瀬戸内ジャクソン @h_jackman
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