ミッシングリンク

 迫田さんは、怒っていた。


「私に、事前に何も相談されなかったのはなぜですか? いえ、貴女の能力を疑っているわけではありません。しかし、今回だって一歩間違っていれば、日本と帝国の間に禍根が残る結果になったかも知れないのですよ? 分かっていますか?」

「はい。重々分かっております」


 平身低頭、謝るしかない。あの時、テシュバートに迫田さんがいなかったとはいえ、連絡するくらいの時間はあったもの。連絡を忘れていたわけじゃない、あえて連絡しなかったのだ。連絡すれば絶対、迫田さんがテシュバートに着くまで動かないでと言われるに決まっているから。立場上は私の方が迫田さんより上だけど、迫田さんの申し出を無視するってことを公式記録に残したくなかったの。でも、迫田さんには悪いことをしたと思っている。

 申し訳なさに頭を下げ続けていると、迫田さんは「もう良いです」といって、ソファに深く腰を下ろした。


「今更、過ぎたことをとやかく言っても仕方ありません。問題は、これからどうするかです」


 オッシャルトオリデス。


「ひとつひとつ、クリアにしていきましょう。最終的には蓬莱村で皆と協議して、それから政府に許可をもらうことになると思いますが、大まかな素案は作っておかないと」


 ソウデスネ。


「あぁ、もぅ。もう怒っていませんから、いつもの桜さんに戻ってください。で、まずは当面の方針ですが、帝国に協力するということでよろしいですね」

「できる範囲で、という形ですが」


 日本国政府が成立させた異界関連法は、実際のところザル法と言ってもいい。実際にそう言って批判する野党議員やマスコミもいる。異界こちら側の行動は、かなり自由裁量が認められているのだ。とはいえ、前回のウルジュワーン内乱の時のような武力行使には、それなりの制限もかかるし、集団的自衛権の範疇を超えないように気をつけなければならないわけ。たとえば、ガ=ダルガを見つけたとしても蓬莱村が先制攻撃することはできない。

 だから、あくまでも背後で支援していく形になると思う。


「えぇ。可能な範囲で<らいめい><らいこう>の装備更新を行うよう指示しています。テシュバートここの防衛システムについても同様です」

「建造予定だった帝国艦艇については?」

「予定を繰り上げ、すでに建造にかかっています。第三ドックの整備が完了していて助かりました」


 帝国の武器庫であったウルジュワーンが、内戦により大きな被害を受けたことで、帝国の戦力――特に海上戦闘能力――は低下している。一刻も早く、増強したいとエバさんからもお願いされているのよね。


「それに関しては、王国にも協力を仰ぐ予定です。その結果、新都市の完成は先延ばしになると思いますが」


 そうだった。帝国と王国、そして日本の和平の象徴として、帝国と王国の国境、大河エイシャのほとりに新たな都市が建設される予定だった。


「新都市の方は、現在、地盤の改良工事中ですので、ある程度キリの良いところで中断ということになります」

「それは、仕方ないわねぇ」

「むしろ、私たちにとって問題は、無名島の方です」


 ガ=ダルガが帝国への侵攻を画策しているとすれば、当然無名島が先に狙われる可能性が高い。日本だからと見逃されるわけがないしね。


「無名島については、最悪、放棄も視野に入れて検討しなくてはなりません」


 それは避けたいなぁ。

私と迫田さんは、その後も今後の方針について話合った。いろいろ課題も出てきて、少し頭が痛い。

 そして、最後に迫田さんがグ・エンについて聞いてきた。


「ガ=ダルガの少女、グ・エンの処遇についてですが」

「彼女は村で預かります」


 彼女から情報を引き出すには、帝国、ましてや王国ではなく、日本に置くことが必要だろうと、エバさんとも合意した。帝国には、仮面部隊に殺された人たちの遺族もいるから、その人たちの感情に配慮したということもある。これについては、迫田さんも賛成してくれた。


「何より、蒸気機関については研究部門も交えて正確に把握したいところですしね」


 そうなのだ。

 グ・エンの言動から、どうやらガ=ダルガには蒸気機関が存在するようなのよ。確かに、現代の内炎機関のような爆発は、この世界では抑制されてしまうけれど、水が沸騰する程度の蒸気ならば。完全に、盲点だったわ。


 「科学チームには、蒸気機関の可能性について検討を開始してもらっています。その対抗策も含めて」


□□□


 ヴァレリーズさんも怒っていた。


「帝国の皇后と会う前に、なぜ私に一言相談しないのだ?」

「いや、王国に迷惑かけるわけには……」

「私は、友人として言っているのだよ!」


 いや、ヴァレリーズさんの怒りポイントが分からない。


「事後報告になったのは、悪かったと思いますけど」

「帝国とは講和を結んでからまだ日も浅い。今回は大事にならなかったけれど、一歩間違えば、死んでいたかも知れないんだぞ」


 いらいらとテーブルの前を行ったり来たり。いつものヴァレリーズさんらしくない。なんだか理不尽だわ。私が反論しようとしたら、ヴァレリーズさんはいきなり口調を変えた。


「――っ、いや、もう過ぎたことはいい。問題はこれからのことだ」


 あれ? なんだか、同じようなやりとりを数日前にもしたような? 既視感デジャヴュ


「それで、あなたたちニヴァナの方針は決まったのですか?」

「あ、はい」


 有事が発生するまでは、帝国の防衛準備を支援する。無名島は破棄せず、防御機能を向上させ、<らいこう><らいめい>どちらかが常駐する形になる。ただし、自衛隊員以外の研究者などは島から退避する。

有事が発生した後、蓬莱村、テシュバートは自衛に努める。ただし、日本の財産(人や艦船、建造物など)が攻撃された場合、自衛権を発動する。


「――とまぁ、日本政府の方針はこんなものです」

「で?」

「で?」

「サクラ、君自身はどうするんだ? また、危険な場所に立とうとしているのではないのか?」


 えーと。危険な場所に飛び込むつもりはありませんが、できる範囲で護りたいとは思っていますが。


「“竜の護り”とやらに頼りすぎではないか?」


 あ……。なんだか、ヴァレリーズさんするどいなぁ。確かに、安心しちゃってる部分はあるかなぁ。


「でもね……」


 私の言葉は、ノックの音で遮られた。


「どうぞ」

「失礼するよ」


 入って来たのは、豊崎先生と巳谷先生だった。あら、珍しい組み合わせ。


「や、ヴァレリーズさん。あー、今、少し良いかな?」


 ちらり、とヴァレリーズさんに視線を送ると、彼は小さく頷いた。


「いいですよ、なんですか?」

「それがなぁ。グ・エンの検査結果なんだが」


 豊崎先生が、何やら数字の並んだ書類を差し出してきた。受け取って、パラパラとめくるけど、さっぱりだ。


「なにか、悪いところでもあったんですか?」

「いや、極めて健康体だよ。健康面ではなくてね」


 豊崎先生が巳谷先生を促す。


「実は、彼女のDNA検査の結果判明したんだが、どうやら彼女は“ネアンデルタール”の可能性が高い」


 は?


□□□


 ネアンデルタール。学名、ホモ・ネアンデルターレンシスHomo neanderthalensisは、地球上では約四十万年前に発生したサピエンス種のひとつ。かつては「旧人」と呼ばれ、我々現生人類ホモ・サピエンス・サピエンスの祖先と考えられていた時期もあったが、現在では否定され別系統の人類とされている。


「たしか共通の祖先から四十万年前くらいに枝分かれしたってことだったなぁ」

「君たちの暦で、一年が季節一巡だったね。途方もない昔の話だが、君たちニヴァナではそんなに昔のことが伝承として残っているのかい?」


 巳谷先生の説明に、ヴァレリーズさんが突っ込んだ。いやいやいや。


「さすがに、そんな記録残っていませんよ。地層とか化石とかいろいろ調べて、たぶんそうなんじゃないかなぁって推測しているんです。ですから、異論もありますよ」

「ふむ。そうなのか。てっきり昔から吟遊詩人がいたのかと思ってしまったよ」


 あー、なんかそのくらいは生きてそうな吟遊詩人、知ってる気がする。ま、それは置いておいて。


「でも、ネアンデルタール人って、絶滅したってことになってますよね」

「そうだね。およそ二万年くらい前って言われているね。ただし、我々の世界ニヴァナでは、だよ」

「まさか、異界こっちに移住したって事ですか?」

「という可能性もあるって話だよ」


 巳谷先生によれば、その絶滅も謎が多いらしい。現生人類ご先祖様に滅ぼされたという説もあるらしい。


「私も豊崎先生も、医者であって人類学者じゃないからね。そんなに詳しいわけじゃないし、なにしろサンプルが彼女グ・エン一人だけだからね」


 現在、蓬莱村には生物を専門にする研究者はいない。異界こちらを訪問したいという要望はたくさんあるけれど、こちらにはダニー君もいるし特定の研究者だけを優遇するわけにも行かなかったのよ。

 今、蓬莱村にいる研究者は、こちらへの移住を希望してきた人たちで、日本に帰国できなくなっても構わない、こちらで生きていくと決めている人たちだ。あいにく、生物学者でそこまで決意する人が、これまでにはいなかったというだけのこと。


「改めて聞きますけど、ネアンデルタールだってことは間違いないのですか?」

「あぁ、間違いない。こちらにはシーケンサーがないので、日本とそれからドイツでゲノム解析した結果だ。あっちでも大騒ぎらしい」


 そりゃ、絶滅したとされるネアンデルタール人が生きていたなんて、大ニュースだろう。また“ザ・ホール”の向こうから、異界こっちに来たいという人が増えるんだろうなぁ。


「ひとつ、質問があるんだが」

「なんですか、ヴァレリーズさん」

彼女グ・エンが君たちの言う“ネアンデルタール人”だったとして……何が問題なんだね?」


 ヴァレリーズさんの言葉に、私を含め日本人は虚を突かれた。きっと、間の抜けた顔に見えただろうな。いけないいけない。


「……ごもっとも。彼女が何者であったとしても、さしあたり問題になるのは、ガ=ダルガの方ですね。ネアンデルタールの件については、報告書をあげてください」


 私は、巳谷先生と豊崎先生にお願いした。それから、詩に連絡して、移民者の中で文化人類学の専門家がいないか確認してもらおう。


□□□


 ヴァレリーズさんには「問題ない」と言ったけれど、テシュバートから蓬莱村への道中で私の心を占めていたのは、やはりネアンデルタールのことだった。

 もし、彼女の祖先が私たちの世界ニヴァナから、こちらへ来たとするなら、これまでにも“ザ・ホール”が開いたことがあるということ。そして、ネアンデルタール人が使った“ザ・ホール”が見つかっていないということは、現在は閉じてしまった可能性が高く、それはまた、私たちが今使っている“ザ・ホール”も閉じる可能性があるということだ。開いたり閉じたりするなら、その間隔はどのくらいなのだろう?

 “ザ・ホール”が閉じる可能性については、異界こちらにいる全員が納得済みだ。だからこそ、日本の援助がなくてもやっていけるよう、いろいろな施策をとっているつもりだけれど……。


 蓬莱村に帰って会議を開く前に、詩たちの家に寄った。


「調子はどう?」

「うん、思ったよりも辛くはないわ」

「無理してない?」

「あたしが? まさかぁ」


 元来、詩は楽天家で、彼女が辛そうにしているところは想像できないのだけれど。


「そりゃ不安はあるわよ。でも、それ以上に楽しみなの」

「そっか。でも、辛かったら言ってね。あまり無理しないでね」

「君は私のお母さんかっ。大丈夫よ、先生たちもいるし」


 詩は、異界こちらでの出産を決めた。日本人として、初めて異界こちらで出産するにあたって、巳谷先生だけでなく、わざわざ婦人科の先生も呼んできている。王国の魔導宮も興味があるらしく、出産時のケアをする女性の魔法使いを村に派遣してくれている。

 実を言えば、新しい移民の中には妊娠が分かっている家族もある。今後も出産は続くだろうから、その試金石という意味合いもある。詩は「村長が身をもって範を示す」とかいってるけど、環境が整った日本とは違うのだ。


「休んでいてもいいのよ?」

「巳谷先生から、適度な運動をするように言われているし、出産までにはまだちょっと時間があるから、ギリギリまで仕事するわよ」


 そうか。そうよね。私は友人の意思を尊重することにした。


「じゃ、会議に行きましょうか」


□□□


 最近、定期的に開催することが難しくなってしまった運営会議だけれど、常に情報共有はしているので荒れることはない。迫田さんは、帝国との調整をお願いしているので、ここにはいない。巳谷先生もテシュバートに残って、豊崎先生と一緒にグ・エンの検査を続けている。


「それで、村としては今後どのような方針で進めるのかね? 科学班としては、調査研究が止まってしまうのは困るのだが」

「研究は、予定通り進めてもらって構いません、小早川先生。ただ、無名島は立ち入りが制限されます」

「ヴェルセン王国の方は?」

「ヴァレリーズさんにお願いしていますが、私も王都に出向いて説明と協力をお願いすることにしています。あ、新都市の方は、少し遅れることになると思います、上岡一佐」


 とまぁ、細かな説明に終止した。私が無名島で見た夢については……私の心の中にだけ仕舞っておくことにした。詩に変なストレスかけたくないしね。

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