第二十八話 エリックとの衝突

 僕たちが医務室に行くと、10人ほどの冒険者たちが運び込まれていた。


 僕はそのうちの一人に声をかける。


「大丈夫ですか? エリックにやられたんですか?」


「ああ……あの野郎、不意打ちをしてきやがった……なんてやつだ! イテテテ!」


「エリックは一人でしたか?」


「……ああ、おそらく一人だった。こちらは何人もいたのだが、恥ずかしながら一掃されてしまったよ……」


「そうでしたか。みなさん無事でよかったです」


「アイツは恐ろしく強い。イカれてやがる!」


「どういうことですか?」


「普通はモンスターにぶっ放すようなスキルを人間相手に本気で使えるもんじゃねえ……でもアイツは違う。俺たち相手に本気でぶっ放してきやがった。俺たちはアイツを生け捕りにしようとしてるのに、向こうは俺たちが死んでもいいと思ってるんだからな。その時点で俺たちは不利だ」


 別の冒険者も口を挟んできた。


「いいか。俺からも忠告だ。エリックとは殺す気で戦え! あと、闇雲に追ってはダメだ。不意打ちでやられるぞ!」


「わ、わかりました。では、ゆっくり休んでください」


 僕たちは今夜はもう休んで、次の日に出直すことにした。




 次の朝、僕とシンシアとカミーラは東の森へ向かった。


 すると、森の入り口に騎士団長のアレスさんがいた。10人ほどの部隊を率いている。


 アレスさんは意気込んでいた。


「昨日は、エリックを見つけることが出来ず冒険者たちに甚大な被害が出てしまった。なので今日は連携をとって捜索を行いたい」


「というと?」


「この笛を渡しておくので、見つけたら吹いてほしい」


「わかりました、アレスさん。では、お互い気をつけましょう!」


「うむ! 私は南側から中心に周るので君は反対側を頼む!」


 笛はシンシアに渡して、吹いてもらうことにした。




 アレスさんたちと別れてからしばらく歩いていると、不意に突風が吹いた。


「うわっ! なんて強い風だ!」


「っきゃ! 笛が!」


 シンシアの手元から笛が飛ばされた。


 次に僕とカミーラの足元から竜巻が起こり、風で剣が巻き上げられてしまう。


「はーっはっは! この笛と剣はもらったぜ!」


「なんだ!? エリックの声が!」


「ラルクさん! 上を!」


 シンシアにそう言われ、頭上を見上げると、木の上にエリックがいた。


「……エリック! 剣を返せ!」


 僕はそう言ってエリックに一歩近づいた。


「ははは! バカが! 木の上じゃ手も足も出ねえだろ!」


「クソッ……! 卑怯だぞ! エリック!」


(なぜだ! 注意を払っていたはずなのに不意を突かれるなんて……)


「まさか笛まで奪われるなんて……」


 シンシアが絶句していた。これでは応援を呼ぶこともできない。


「っは! その笛で応援を呼ぼうとしてたことはわかってるんだよ!」


「な、なんだって!」


「そもそも、なぜ俺がここにいるのか不思議だろ!? 教えてやるぜ。俺の操る風魔法の中には風に乗って遠くの音や声を聞くことが出来るスキルがあるのさ。さっきのお前とアレスの会話は筒抜けだったわけだ!」


「な……そんな……」


 苦悶の表情を浮かべている僕を見て、カミーラがそっとつぶやく。


「これって、ラルクの言ってた通りなのですぅ……、順調なのですぅ……」


 しーっ、とシンシアがカミーラに人差し指を立ててみせた。


「はーっはっはっは! ラルク! 手ぶらなお前たちに比べ、木の上からでも攻撃できる俺は圧倒的に有利だぜ!」


 僕とカミーラは遠距離の攻撃手段を持っていなかった。


「よーし! 土下座だ土下座! 地面に頭をこすりつけて、土下座してもらおうか! ついでに顔を泥まみれにして、命乞いをしてもらおう! それくらいしないと俺の気がすまねえ! まあ、許さねえけどな!」


 エリックは、ここぞとばかりに僕たちを見下して喜んでいる。そんな彼の背後に迫っている大きな影が見えた。


 もう少しこのやり取りを続けて見たかったがそろそろ終わりだろうか。


「っくそ……! エリック! なんてね。後ろ危ないよ?」


 僕の焦りの表情が、急におちゃらけたものに変わったことでエリックは戸惑ったようだ。


「あっ? ん?……」



 ドゴッ!



「おぶぶうぅっ!」


 エリックの後ろから現れたアレスが、思いっきりエリックの横顔を殴った。


 エリックは真っ逆さまに木から落ちて、地面に激突した。


「ぐおおおわあああ、いてえええ! なんだあああぁぁ!?」


「ラルク君、さすがだ。君の言う通りだったな」


 アレスが僕に向かって微笑んだ。


「作戦成功ですね」


 僕はエリックに向かってこう言った。


「エリック、君が僕たちの会話を聞いていたことはわかっていた。だからあえて利用させてもらったよ」


「っな! 何だとおおおぉぉ! ラルクのくせに! しかし、英雄アレスよ! 不意打ちとはっ! 卑怯だぞ!」


「貴様に言われる筋合いはない!」


「エリック! 君を逃したのは誰だ? 城の兵士か?」


 僕はエリックに問いただす。エリックが脱走した真相を知りたかったのだ。


「ああ、そうさ。見張りの兵士がカギを開けて俺を逃がしたのさ。だが、その兵士も所詮操り人形。本当の立役者は別にいるんだぜ?」


 エリックは意味深な笑いを浮かべてそう言った。


「……それは、どういうことだ? エリック。 君の脱走を指示した人間が別にいるということか?」


「さぁて、どうだろうな? とにかく俺はこんなところで捕まるわけにはいかねえんだ! 俺は、あの方の野望に付き合おうと思ってるんだからよ!」



 すると、突然エリックの足元に竜巻が起こる。



 小さな竜巻がだんだんと、エリックを上空に持ち上げていく。


「ハハハ! 逃げるが勝ちだ!」


「しまった!」


「覚えてろ! ラルク! アレス! いつか絶対復讐してやるぜ!」


 エリックは、小さな竜巻に乗り彼方へと消えていった。


 エリックの後ろには何かを企んでいる存在がいる。そんなことを匂わせておいて、実は逃げる算段を考えていただけかもしれない。




 エリックを逃してしまったアレスと僕たちは城に戻り作戦会議を行った。


 結局、次の日からエリックの捜索は、城の兵士で構成された捜索隊が引き継ぐことになった。


 僕たちはしばらくはギルドのクエストに専念することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る