第十九話 勇者エリックの暴走

 封印されていた謎の思念体を倒した後、僕はシンシアとカミーラと、村長といっしょに談笑していた。


 すると、向こうからエリックが走ってくるのが見えた。


(エリック、無事だったのか。慌ててどうしたんだ)


 次の瞬間、エリックは剣を抜き、こちらに向かって飛びかかって来た。


「なっ! なんだ! エリック!!」


 キキンッ!


 僕はとっさに剣を抜いて、エリックに立ち向かった。


「エリック! どういうつもりだ!」


「うるせえ! お前の正体はわかってるんだ! 覚悟しろよお!」


「な、何を言ってるんだ。エリック!」


 エリックの目は、恐ろしく釣り上がっており、我を忘れているように見える。


「みんな、危ないから離れて!」


 僕は、シンシアたちに向かって叫んだ。


「そうだぞ。関係ねえやつは、離れていろ! こいつラルクには魔物が取り憑いている! 今から俺が成敗してやるんだ!」


 村長とカミーラとシンシアは、とっさに距離をとって離れた。


「どうしたというのだ。コイツは何を言っているのだ」

「わかりません、とにかく危ないので、皆さん離れましょう」

「ほわわ〜、やっぱりオトコは怖いのですうぅ」


「エリック! どうしたんだ! 僕に何の恨みが!」


「うるっせえ! お前さえ、お前さえいなければ俺は勇者に近づけるんだ! 俺の邪魔ばかりしやがって許さねえ!」


 エリックが何を言っているのかわからなかったが、かつて僕が追放された時のような、あの時のような理不尽さと身勝手さを、感じることができた。


 キキン! キキキキン!


 エリックが繰り出してくる剣技を、僕は必死にさばいた。


「やめてくれ! エリック!」


「っけ、いいこぶりやがって。お前の仲間から先にやっちまうぞ?」


「何だと!」


(あの時は、僕一人だったから、何も言わなかったけど……今の僕には仲間がいるんだ。彼らを危険に晒すわけにはいかない!)


「エリック! なんだか知らないが、これ以上君の身勝手な行動に僕たちを巻き込むのはやめてくれ! 何より仲間を傷つけることだけは絶対に許さない!


「ヒヒヒ!! やる気になって来たじゃねえか!! お前を倒して俺は勇者になるんだアアアアア!」


「聞く耳持たないな。わかった! 僕は力ずくで君を止めるぞ!」


「一体どうしちゃったのよエリック!」

「何が起こってるんだ!」

「二人とも凄まじい闘気だ。どうなるんだ」


 いつのまにか、エリックの仲間たちも集まってきて不安そうに見ていた。


「ラルクさん、大丈夫ですか! もう聖域の効果は切れちゃってます。ごめんなさい!」


 シンシアが僕を心配してそう言ってくれた。


(そうか、聖域はもう消えているのか、でも大丈夫──)


 無敵にも近い能力を得られるシンシアの聖域バフ、今はもうそれが切れていた。だが、なぜかわからないが大丈夫だと思えた。


「大丈夫だ! シンシア! 僕を信じてくれ!」


 エリックは、他の冒険者から勇者と呼ばれ、遥かに強い冒険者だった男だ。僕なんかが相手になるはずはないと思っていた。


 ついこないだまでは──。


 その瞬間、エリックはもの凄い勢いで剣技を繰り出して来た。


 キキキン! キキキキン! キキキキキキン!!


(見える! 見えるぞ! エリックの神速にも近いと言われた剣技が今は見える!)


「ラルクさんっ! すごいです! 頑張ってください!」

「オトコ! じゃない、ラルク! 負けないでください~」

「敵もすごい剣技だがラルクは十分に戦えている。負けるなよ、我が村を救った英雄よ!」


 みんなが応援してくれる声が聞こえる。僕は負けるわけにはいかないんだ。


「ちょっと〜! ラルクのやつってあんなに強かったっけ?」

「エリックと互角にやり合ってるじゃん」


 ノエルとアリサの声が聞こえてくる。


(そうか、エリックの剣技にもついていけるほど、僕の腕はいつのまにか上がっていたのか)


 以前の僕は、無能な荷物持ちだとバカにされていて、自信などまるでなかったが今は違う。シンシアと出会ってからの日々で成長し、いつのまにか数段レベルアップしていたようだ。


(例え、シンシアの聖域の効果が無くたって、僕はもうエリックになど引けを取らない!)


「はああああ!」


 ガキンッ!


 そして、ついに僕はエリックの剣を弾き飛ばした。


(やった!)


「エリック! 終わりだ!」


「んあっ??? 認めないっっ!! 俺は認めないぞッ! うおおあああ」


 剣を弾き飛ばされたエリックは、尚も僕に向かって迫って来た。


「エリック! 勝負はついたんだ! 落ち着いてくれ!」


 丸腰で向かってくるエリック相手に、僕は剣を使うまでもないと思った。



 ドゴッ!



 思いっきり彼の顔面を殴り飛ばした!


「ぐああああ!」


 エリックは吹っ飛んで、地面でのたうち回っている。


「ぐううううぅう──ああああうううあうああああアアアアっっっ!!」


 僕に殴り飛ばされた屈辱に身悶みもだえているのか。彼は声にならないうめき声を上げている。


「ぐぐぐぐうううぅぅ、ううぅ??? バカなっ! 俺が、こんなやつに──劣るというのか……負けるというのか!」


「エリック。こんな争いはもうやめよう。今回のことは不問にするから、今すぐここから立ち去ってくれ」


「うるせーっ!!! 荷物持ちのくせに! 忌々いまいましい!」


 エリックは、尚も立ち上がって敵意を向けてきた。そしてその敵意は僕にではなく、近くにいたシンシアに向けられたものだった。


「くくく、お前が大事にしている物を奪ってやるぞ! うおらあああ」


(エリック……。君は……)


「エリックウウゥゥ! うおおおぉぉぉ!」


 次の瞬間、僕は一瞬でエリックのふところに飛び込んだ。


「ハアアアアアアアアァァァ!」


 ズバシャアアアアアァァァァ!



 僕は、エリックの身体を剣で薙ぎ払った!



「グワアアアアアアァァッァァ!!」


 エリックは悲鳴をあげて、吹き飛んで倒れた。


「はあ、はあ、はあ。エリック、君はやってはいけないことをした……」


「アガッ、アガッ、ガアアアァァァ」


 エリックは言葉にならない悲鳴を上げて倒れている。


「エリック! 仲間を傷つけることは絶対に許さないと言ったはずだ!」


「ぐあああ、痛い! 血が! 血がああああ? アリサ! アーリサー! ヒールだ。ヒールをくれえええ! うわああ」


 そこへ英雄アレスが近づいて来た。ノエルと、アリサ、アーサー殿下もいっしょだ。


「エリック! 貴様を拘束して連行する! 二度と冒険者として活動できると思うな!」


 英雄アレスは、倒れているエリックを両腕で押さえつけて叫んだ。


「があああっ! なんだよ! ノエル、アリサ! 見てないで助けてくれ! 傷が痛むんだ! ラルクにやられた! あの野郎にやられたんだ!」


「エリック、私たち、もうついていけないよ」

「アタシも、なんかさ……いくらラルクが嫌いだからって、こんなことするのは違うと思うの」


「っくううう、クソおお! どうしてこんなことに! アーサー殿下! どうかご慈悲を!」


「いや、君は最初から傲慢ごうまんで、思いやりがなく、変だと思っていたが、今はもはやただの犯罪者だ。気安く僕の名前を呼ばないでくれ」


「うううぅ、そんな。はぁはぁ…」


 僕は、打ちひしがれた表情のエリックを見下ろしていた。


「あ、ああ? あああ? あああああああ? この野郎! 何見てやがる!」


 エリックは、地面に這いつくばりながら、苦悶の表情で叫んだ。


「エリック……もう終わりにしよう」


 僕は、哀れみの言葉を投げかけた。依然とは変わり果ててしまった彼を見て、そうするしかなかったのだ。


「おい、ラルク! 昔、お前を拾ってやった恩を忘れたのか? 俺のパーティで荷物持ちとして働かせてやったろう? その恩を忘れたってのか?」


 エリックの往生際の悪さに、その場にいる全員が絶句していた。


「エリック……」


 僕は、必死に何かを訴えようとする彼を見て哀れとしか思えなかった。


 だが、昔仲間だったよしみで、彼のつむぐ最後の言葉に耳を傾けることにした。






──────────────────────


あとがき


次回、傲慢な勇者の憐れな末路……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る