第四話 侯爵令嬢パトリシアは十二歳

 人の叫び声が聞こえた先へ着くと、鷲が巨大化したような魔物が二羽飛んでいるのが見えた。

 道端には綺麗で豪華そうな馬車が停まっており、数人の騎士と一人の少女が戦っている。

 魔物は翼長が五、六メートルはあろうか。

 ゲームやファンタジーアニメで言えば、ガルーダっていうのかな。

 地球にいる鷲の翼長がだいたい二.五メートルというから倍以上の大きさだ。

 騎士は槍や弓矢で戦っているが、魔物の動きが速くて攻撃がまともに当たっていない。


 女の子は石のつぶてを魔物に当てている。

 あれが女神様が言っていた魔法か?

 それも魔物にはあまり効いていないようだ。

 私は魔物に向かって駆けだした。


「ちょっとどいてくださーい!」


『ギャァァァァァ!!』


 騎士たちの間を抜け、私はちょうど下降してきたガルーダの一羽に飛びかかる。

 ゴブリンを退治したときのように右手の手刀を振り、片翼を切り落とすことに成功した。

 魔物は地面に落ちていく。自分でも何だが、す、すごい……

 直ぐさま首を切り落とす。

 あまり触れなくても真空波のように切れてしまうようだ。

 よし、それなら!


『グエッ グエッ グエッ グエッ グエッ』


 残ったもう一羽のガルーダが、仲間がやられたので興奮しこちらへ急降下してきた。

 両手を肩の上から魔物に向けて思いっきり振った。


『グェェェェェェ!!』


 真空波で魔物は両翼がちぎれ、胴体と三つに分かれて落ちたので首を落としてとどめを刺す。

 他に魔物はいないようなので、これで片付いたのか。

 騎士たちと女の子は私の様子を見て、呆気にとられている。

 ハッと正気に戻った彼らは、私に向かって剣や槍を向けて取り囲んだ。

 一、二…… 七人いる。


「あ、怪しい奴め! 何者だ!」


「ええっ!?」


 おいおい、せっかく助けてあげたのにどういうことだ。

 だが、自分を客観視すれば変な格好の男がいきなり現れ、魔物をあっさりやっつけてしまったのだ。

 それで不審に思われても仕方が無いだろう。

 ヒャッハー盗賊団の時と同様に武器を向けられても、やはり恐怖感は感じない。

 そこで女の子が声を上げた。


「おやめなさい! 命の恩人に対して無礼です!」


 騎士たちは武器をザッと引き下げた。


「大変失礼をいたしました。

 わたくしはガルシア侯爵家の長女、パトリシア・ガルシアと申します。

 この度は危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」


 彼女はカーテシーという、スカートの両裾を持ち上げて片足を折る、貴族式の挨拶をしてくれた。

 基本的に目上に対しての挨拶のはずだが、それだけ礼儀を重んじてくれているのだろうか。


「いえ、とんでもございません。

 突然なことで、びっくりされたでしょう。

 私は旅をしておりまして、マヤ・モーリと申します。お嬢様」


 この少女は見た目通りの貴族だったか。

 色白の肌でで髪の毛はブラウンのロングヘアー、翠眼でパッチリ、赤いドレスで可愛らしく、凜々しさも感じる。

 今までテレビでも見たことが無い、超絶的な美少女だ。

 名前が地球のスペイン風なのは、パラレルワールド?

 でもサリ様の話では別の宇宙にある現実の世界だ。

 それを考える余裕が無いので、また後にしよう。

 馬車の中から執事らしき白髪白髭の品の良さそうな老人が降りて、パトリシア嬢の横に立つ。


「ガルシア家の執事、フェルナンドと申します。

 わたくしからも重ねてお礼を申し上げます。

 馬車の中から見ておりましたが、マヤ殿は大変お強いのですね。ホッホッ」


「本当ですね。

 私たちが何人もかかって魔物を相手に難儀していたというのに、マヤ様はあっという間にやっつけて下さいました。

 わたくしたちは隣町にあるお祖父様のところから帰る道中だったんです」


「へえ、そうだったんですね」


「それにしても近頃は急激に魔物が増えだして、護衛の騎士と私の魔法で何とかなると思っていたのですが、結果こんなことになりました。

 とても助かりましたわ。うふふ」


「いえいえ。叫び声が聞こえてきたもので、急いで向かったらこうだったという偶然と結果ですから」


「マヤ様はこれからどちらへいらっしゃるのですか?」


「遠い外国から来て、行く宛てが無い旅なんです。

 お腹が空いてしまったので、とりあえず街へ向かおうとしていたところでして……

 お恥ずかしながら、荷物もお金も訳あって無くしてしまいました」


 今は、この地上に降りてきたばかりというのは伏せておこう。

 元々荷物もお金も持っていないが、適当なことを言っておいた。


「お嬢様。もしマヤ殿がよろしければ、まだ先がありますから道中の護衛を兼ねてご一緒して頂くのはいかがでございましょうか?」


「それはよろしいですわね。

 もちろん護衛の代金はお支払いします。

 マヤ様、お願い出来ますか?」


「承知しました。私の方こそ助かります」


 私は快諾した。

 何も無くて途方に暮れていたのに、貴族に出会い、お金まで手に入るなんて一気に状況が改善したぞ。

 フェルナンドさんの提案が無ければ、いくら力があっても野垂れ死んでいた。

 どうもあの女神様は抜けているな。


 私はフェルナンドさんにうながされ、馬車へ乗り込んだ。

 馬車には前衛と後衛合わせて、先程の七人の騎馬隊がいる。

 結局、街へ着く数時間の間に魔物が二回襲ってきた。

 一回目はまたゴブリン、二回目は巨大なイモムシのような魔物だったが、難なく私だけで倒せてしまった。


 馬車の中では、パトリシア嬢とフェルナンドさんとたくさんお話が出来た。

 パトリシア嬢は私の隣に座っている。


「パトリシア様は魔法をお使いなんですね。

 私が見たときは石のつぶてを出しておられたようですが」


「ええ、あれは土属性の魔法です。

 私が使えるのは土、火、光の魔法です。

 林の中では火事になるから火の魔法が使えないので、土の魔法を使いました。

 残念ながら私は、あの鳥の魔物と相性が悪かったようです。

 風の魔法があったら一番良かったのですが……

 学校でも魔法を習いますが、私の魔法の師匠はお母様なんです。

 お母様は風の魔法も使えるんですよ」


「いろんな種類があるんですね」


「マヤ様はどんな魔法をお使いになられるんでしょうか?」


「いえ、残念ながら使えません」


「それは失礼しました。

 マヤ様から僅かながら魔力を感じたものですからどうかと思いまして……

 この国で魔法が使える方は一割もいないんです」


「私に魔力!?」


「はい。魔法使いならば、ある程度熟練したら感じ取れるようになるんです」


 そうなのか……

 それも女神様から付与された力なのか。

 いや、女神様の話では元々私が持っていた力は地球では使えなくて、ここに来て徐々に解放されると言っていたな。


 その他にもいろいろ聞いた。

 魔法の属性は、土、火、水、風、光、闇があり、回復の魔法は光属性の一つで、パトリシア嬢も光属性の魔法が使えるそうだ。

 闇属性はほとんど使える人がおらず、使うのは高位の魔法使いや魔族たちらしい。

 魔族っているんだ。

 緑色肌のなんとか大魔王がいたら嫌だな。


 基本的にこの世界の魔法は無詠唱。

 昔はどの魔法も詠唱があったらしいが、特に攻撃魔法は時間がかかっては意味が無いので、いろんな魔法使いが年数をかけ改良や最適化されて現在に至るそうだ。

 古い高位魔法の中には改良されていない名残で詠唱するものがあるという。

 属性魔法の他に、魔族を召喚できる召喚魔法、属性とは関係ない直接自分の精神から操作する魔法も存在する。


「マヤ殿は東の国の方のような顔立ちで、お名前もそのように思いますが、そうなんでしょうか?」


「えぇ、はるばるここまで来るのに大変でした」


 フェルナンドさんがそう尋ねてきたが、東の国がどんなところかもわからないので、適当ににごしておいた。

 やっぱり日本に似ている国があるのだろうか?

 顔立ちといえばそうだ……

 自分の顔をまだ見ていないから、お嬢様に鏡を持っていないか聞いてみよう。


「鏡ですか? はい、どうぞお使いください」


 パトリシア嬢は自分の手提てさげ鞄の中から手鏡を出して、私に差し出した。

 鏡を見つめる……

 うわっ やっぱり十八歳ぐらいの時の顔だ。

 本当に若返っていたんだ。

 女神サリ様の力はすごい。

 ぐっジョブだ。

 この顔でも不細工ではないつもりだが、どうせならばもっとイケメンにして欲しかった。


「マヤ様、どうなさいましたの?」


「いえ、こんな綺麗な馬車に乗せて頂いているのに、顔にも汚れや傷がついていないか確認してみたかったのです」


 と少し慌てふためいて嘘をついたが、パトリシア嬢はずっと私の顔を見つめている。


「何も汚れていませんし、とても男前ですわよ。ふふ」


 パトリシア嬢がうっとりしたような表情をしている。

 そういえばパトリシア嬢の歳がわからないが、中学生ぐらいの歳だろうか。

 ううむ…… 思い切って聞いてみるか。


「レディに対して歳を聞くなど大変失礼かと存じますが、パトリシア様はおいくつでいらっしゃいますか?」


「十二歳です。

 あと、わたくしのことはパティとお呼び下さいませ」

 

 なんとまあ……

 十二歳というと小学校六年生じゃないか!


「それで、マヤ様はおいくつなんですか?」


「十八歳です、パティ…… 様」


「だから様はいりませんの。パティでよろしいですよ」


 パティは私に寄り添って、私の上腕に両手を絡ませてきた。

 え…… えええ?


 十二歳なのに胸はCカップくらいあるんじゃないかな。

 うわあ、いい匂い……

 ほのかな香水の香りと、これは女の子独特の香りだ。

 いかん、これはいかんぞ。表情が崩れそうだ。

 ポーカーフェイスで耐えるのも大変だ。

 緊張して身体が硬直している。

 パティはたぶん、小さな女の子がお兄さんとじゃれ合う感覚でひっついているのだろうが……

 私を見てフェルナンドさんが笑っている。


「はっはっは。

 お嬢様はマヤ様が大変お気に入りのようですな。

 これは旦那様と奥様にご紹介するのが楽しみになってきました」


「ええ、爺。本当に楽しみですわ。うふふ」


 パティが満面の笑みで答える。

 この世界に来た初日に、貴族の令嬢に好かれてしまう都合の良さ。

 女神様に操作されているとしか思えない。


 中身五十歳のおっさんと十二歳なんて親子、下手すると孫じゃないか。

 大人になってからの男女六歳差はどうってことないが、十八歳から見た十二歳はロリコンと言われてしまう……

 若い子は確かに可愛いと思うけれど、五十歳の心では対等の気持ちで話すということがなかなか難しい。

 だからうまくやっていけるのか不安になってくる。

 三十代半ば以上の女性ならばだいぶん気が楽なんだがなあ。

 この世界に来てから何度も思っているが、夢じゃないよね?




(女神サリ視点)


 何とか無事に彼女と出会ったようね。

 私が探し出したこの子と出会うようにタイミングを仕組んでいたんだけれど、マヤさんにはうっかりお金を持たせずに行ってもらったから、野垂れ死にしてしまわないかヒヤヒヤしたわ。

 大貴族と親しくなれば生活はしばらく安泰ね。

 この女の子はマヤさんにとって最重要人物の一人になりそう。

 だからマヤさんと共に、ネイティシスの将来に欠かせないと思うわ。

 マヤさん、ちゃんと護ってあげてね。



※ここまで読んで気に入って頂けたら、どうか本作トップページの★で称えて下さいませ。

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