仕切板越しの幼馴染

月之影心

仕切板越しの幼馴染

 二階建ての家屋が左右対称になってくっついている賃貸住宅がある。

 向かって右が東雲しののめ家、左が桜葉さくらば家。

 両家には同い年の子供が居る。

 東雲家の長男悠真ゆうまと、桜葉家の長女日和ひより

 二人は幼少の頃から何をするのも何処へ行くのもいつも一緒だったが、小学生高学年の頃だったか、思春期特有の異性を気にし始めた頃から口を利く事も殆ど無くなっていた。




『おぉ~ぃ。悠真ぁ~。』




 部屋で漫画を読んでいた悠真の耳に、何処からか名前を呼ぶ声が聞こえる。

 って、誰が何処から呼んでるのかなんて考えるまでもないんだが。

 悠真は漫画を裏返して床の上に置くと、すっと立ち上がってバルコニー側の大窓をカラカラと音を立てて開けた。

 バルコニーは床面と手摺が隣家と共有されていて、間を薄い仕切板で区切っている。

 マンションのベランダなんかをイメージして貰うといい。

 あれの床面積が外側に3倍くらい出っ張った感じ。

 その仕切板の向こう側から日和が悠真の部屋を覗くように顔を出していた。




「何してたの?」


「漫画読んでた。」


「えっちなやつ?」


「ちょっとだけそういうシーンもあるやつ。」


「そっかそっか。」


「何か用か?」


「ううん。今、家に一人だったから。」




 悠真はバルコニーに出て手摺の方へ歩いて行った。

 身を乗り出してこちらを覗き見るように日和は悠真の横顔を見ている。




日和の父おじさん日和の母おばさん、何時くらいに帰って来るの?」


「買い物行ってるだけだから、多分もう少ししたら帰って来ると思う。悠真んとこは?」


「お袋は下で何かやってた。親父は何処か出掛けてるんじゃないかな。」




 悠真が遠くの景色を眺めながらそう言った時、仕切板の向こう側から日和が悠真の方に左手を伸ばしているのが視界に入った。

 悠真は右手を伸ばし日和の指に自分の指を引っ掛けると、一本ずつ指を絡ませていき、完全に手を繋げてから、まるで室内から隠すように手摺の外へ出した。




「パパとママ……私たちが付き合ってるって知ったらどんな顔するかな?」


「びっくりするだろうな。」


「でも言っちゃダメなんでしょ?」


「うん。学生の恋愛なんて親から見たら”ままごと”みたいなもんだ。俺たちの気持ちがハンパなモンじゃないって納得してもらうなら、俺も日和も大人になってないといけないんだよ。体だけじゃなく、考え方とか社会の常識的な事とか。」




 日和は悠真の横顔をじっと見たまま、絡めた指にきゅっと力を入れた。

 その力を感じた悠真も、同じように日和の絡んだ指に軽く力を入れて握り返した。




「そういうところ……悠真ってきちんとしてるよね。」


「何をするにしても”覚悟”って大事だと思うんだけど、俺自身に覚悟があっても周りにそれを分かってもらえていないと意味が無いんだよ。」


「私は分かってるよ?」


「うん。」




 悠真は手摺に背を預けて仰け反るようにして日和の方を見た。

 日和も手摺に乗り出すように悠真の方へ体を伸ばした。

 ほんの一瞬だけ、触れるだけのような短い口づけ。




「取り敢えず今はしっかり勉強して大学行って、日和と一緒になる為の土台を作っておかなきゃな。」


「うん。私も頑張る。」




 手摺の外では指と指を絡めた二人の手が揺れていた。




◇◇◇◇◇




「あらまぁ……日和ちゃんも積極的ねぇ。」


「悠真君は将来、日和の尻に敷かれるんじゃないかしら?」


「しっかりした女房に支えてもらえる方が悠真には合ってるさ。」


「いやいや、悠真君だってしっかりしてるぞ。まぁ”詰め”はまだまだ甘いけど。」




 左右対称になってくっついている二階建ての賃貸住宅の裏には両家共同で育てている家庭菜園がある。

 東雲夫妻と桜葉夫妻は、二階で手を繋ぐ我が子らの背中を見上げながら、将来の楽しみを肴に小声で語り合っていた。

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仕切板越しの幼馴染 月之影心 @tsuki_kage_32

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