第11話 集く、猛者達!ダンジョン攻略へ!

 迎えた大規模ダンジョン攻略作戦。ダンジョンは「巨人の銛」と呼ばれているダンジョン。メイトクリフから南に向かって、遥か遠くに伸びる海岸沿いの途中にあった。巨人の銛と呼ばれる所以は、一目見て分かった。建築物は真っ直ぐ空に伸びた黒い角柱の塔で、下の部分が銛のように、広がっている。一言で言えば矢印が地面に突き刺さっているように見える。ダンジョンの入り口手前には多くの冒険者達が集まっていた。

 

「な、なんか空気が違うね」

 シャルロッテは視線を泳がせながら呟いた。

「ほとんどBランク以上だって言ってたからね……」

 

 年季の入ったベテラン冒険者が大勢いた。皆使い慣れた得物を担ぎ、防具を着込んでいる。クロが現れると、皆横目で見る。「解体師ごときが来る場所ではない」とでも言いたげだ。

 

「なんか嫌な感じ」

 なぜかシャルロッテが怒っている。

「大丈夫だよ。慣れてるから」

 

 本当に様々な者達がいた。種族もまちまちだ。小柄で大髭を蓄えた”ドワーフ族”のパーティー。頭に角、体に鱗の生えた”竜人族”もいる。さらに、ここには見慣れた一団もいた。

「あれって富食いの鯱じゃない?」

 耳や口にピアスをつけた人相の歩い男と、その取り巻きが3人。

「自警団、じゃなかったのかな」

「なりふり構わずって感じかしらね」

 

 そしてもう1つ、見慣れたパーティーがいた。剣と盾を背負った金髪の騎士。赤髪の魔女。それに斧を担いだスキンヘッドのウォーリア。

 

「もしかしてあいつら――ってクロ!」

 クロはシャルロッテの呼び止める声を無視して三人に向かって歩き出す。

「軽く挨拶するだけだよ、軽くね」

 

 三人は軽口を叩いて談笑していた。適当に戦ってお宝を掻っ攫おうとか、そんな会話が聞こえた。クロは金髪の騎士の肩を叩いた。

 

「やぁ、ローレル。元気にしたかい?」

 

 先にメリッサとゲルバルドがクロに気づいた。目を見開き、口をあんぐりと開けている。

「あぁ? なんだ――」

 振り向いたローレルも2人と同じ顔をする。

 

「ク、クロ!? なななななな、なんで生きている!」

「まぁ色々あって。そう言えば僕から奪ったダゴンの血液は売れた?」

「え? あぁ、いやまだ」

「ダゴンの血液は高額取引されていると言っても、一部の人達からだからね。プロの商人を仲介しなければ買手はつかないと思うよ。本当に本物なのか、商人がきちんと鑑定したお墨付きじゃないとね」

「そ、そうなのか」

「ちょっとローレル! 何普通に会話してんのよ! こいつが生きてるって、マズイわよ!」

 

 メリッサが慌ててローレルに言う。ゲルバルドが斧に手をかける。

 

「何? また僕を殺す気? ここで武器なんか抜いたりしたら、みんなに見つかるよ? いくら解体師だからって、人殺しはさすがに捕まるよね」

 

 クロは平静を保ちながら、ローレル達と会話する。そのつもりだった。だが、心の奥底から湧き上がる怒りは段々とクロの心を支配している。

 

「殺すならダンジョンに入ってからにすれば良いだろ? これだけ広そうなダンジョンだ。冒険者達は中に入れば散り散りになるだろうし、この大人数だ。誰が殺したかなんて分かりはしないさ。それにダンジョンの仕掛けで死んだことにすればいい。そうだろ?」

 ドス黒い感情が渦巻くと同時に、シリウスがクロに話しかけてくる?

(いいねぇ! 憎悪と復讐の感情。心の底からこのカス共が憎いだろぉ? なんせお前を殺そうとしたんだからなぁ)

 シリウスの力が足でも目でもなく、心に流れ込んでくるのを感じる。黒いヘドロがクロの顔、右半分にへばりつく。


「な、なんだおまえ、その顔は!」

 ローレルが1歩、2歩と後ずさる。

 

「でも、今度は僕の番だ。俺様が貴様らをバラバラに解体してやるよ!」

 

 3人が恐怖に顔を歪ませているのが分かる。

 

「ちょっとクロってば!」

 

 シャルロッテの声が聞こえる。だがそんな声は耳に入らない。今すぐにこいつらをしたい。そんな衝動が沸き上がる。クロは一歩、ローレル達に詰め寄る。そうだ。今こそ復讐の時だ。ドス黒い感情に心が支配されそうになるその時、突如クロの目の前にふわりと、影が飛び込んでくる。同時に優しい、甘い香りがクロの鼻を掠める。何が起きたか理解できない。ただ、一人の女がクロの口を、人差し指で押さえている。

 

「しーっ」

 

 女はそう一言呟く。流れるような銀色の長い髪。それと同じクロを見つめる銀の目。真っ白な肌。黒と白のモノトーンのドレスのような服を纏った姿は、絵本から飛び出てきたみたいに幻想的だ。いつの間に、クロの中の黒い感情が消えていく。

 

「あなたのその、少し抑えた方がいいかも……」

 女はクロの心臓に一瞬目をやる。そしてクロの口から人差し指を放すと、クロの脇を通り過ぎていく。


「え?」

 今の女の言葉は、まるでシリウスを知っているかのような口ぶりだった。

 

「クロ!」

 銀髪の女と入れ替わるように、シャルロッテが駆けて来る。

「何してるのって! それに何、今の女は。知り合いなの?」

「い、いや。知らない人だけど」

 シャルロッテは頬を膨らませ、クロを睨みつける。

「そう? だって、あなたの口にその……指を当ててたわ!」

「本当に知らないんだ。でも、この場で騒ぐなってな感じのことを言われたよ」 

 じっとクロを見ていたが、やがて視線を外し、ため息を吐いた。

「まぁ、それには同感。こいつらに復讐するとは聞いたけど、今ここじゃないでしょ?」

 クロの耳元で、シャルロッテは小声で言った。

「――うん。それはそうだ」


「さ、さっきのは脅しかい?」

 クロがローレル達を見ると、3人はびくっと肩を震わせる。

「と、ともかく俺達にこれ以上関わらないでほしいね!」

 そう言い残すと、そそくさと去っていく。


 「関わらないでほしいって、自分からクロのこと殺そうとしたきたくせに、最低の人間ね!」

 その後、憤るシャルロッテをなだめるのに、クロは一苦労した。やがてしばらくすると、冒険者ギルドの関係者が到着した。そこにはクライブの姿もあった。

 

「それでは定刻になったので、これからダンジョン『巨人の銛大規模攻略作戦』を開始する。私は冒険者ギルド、メイトクリフ総本部本部長のギルデロイだ」

 目元に傷があり、口髭を生やした大柄な男だ。背中には戦鎚を背負っている。

 

「爆鎚のギルデロイ。昔はタイクーンに近いと言われたほど、凄腕の冒険者だった人だよ」

 シャルロッテがこっそりと教えてくれる。確かに、その威厳は堂々たるものがある。

 

「本作戦はギルド主導により行われるものだ。よって発見されたアイテムや古代遺物は、全てギルドに帰属する。もちろん、それに見合う報酬は取った者に支払うことを約束する。また、これだけ巨大なダンジョンだ。攻略にはそれなりの日数を要すると想定される。だからこそ、パーティー同士で連携しなければ、最奥に辿り着くことは難しいだろう。烏合の衆の君達だが、まとまればそれは何物をも突破するの力があると思っている。それでは諸君らの健闘を祈る」

 ギルデロイが言い終えると、冒険者達は我先へと巨人の銛へとなだれ込む。

「僕達も行こう!」

「えぇ!」

(いいね! いいね! ワクワクするなぁ!)


 こうしてクロ達の初のダンジョン「巨人の銛」の大規模攻略作戦に飛び込んでいく。

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