第28話 かくして、彼は外出した。

 ここは、JR予讃線丸亀駅前にあるビジネスホテルのシングルの客室。

 本来、宿泊客以外の者が入り込める場所ではない。

 しかし、霊界からの客が入り込んだとしても、ホテル従業員としては、それをとがめだてする以前の問題で、確認のしようもないことではあろう。


 霊界と人間界の境目で話し続けること数十分。


 そろそろ、部屋の掃除を頼むラストチャンスの時間が迫ってきている。

 外に出て食事がてらに一杯飲んできますと言って、中年作家はその部屋を出た。

 さすがに、足の折れためがねはかけていない。先程の動画作成のときから彼は、外出することを見越していたかのように、ずっと、外出用のメガネをかけている。

 その眼鏡は、丸型のフレームではない。


 彼に続き、かの母子も、その部屋の今日の主に続いて部屋を出た。

 部屋の外には掃除係の女性がいた。

 彼は係の女性に一言声をかけ、エレベーターでフロントへと向かった。

 霊界からの来客には、彼はともかく、掃除係の女性たちもフロントの係員たちも気づいていない。この時間ともなれば、チェックインの時間にはまだ早い。連泊客もいないわけではなかろうが、そうそう接触がある時間ではない。


 彼はフロントにカギを預け、近くの食堂へと足を運んだ。

 その途上、誰もいないところで、かの親子は中年作家に挨拶し、去っていった。

この後中年作家氏は、近くの食堂でビールを飲みつつぶりの卵のつまみを食べた。その後別の居酒屋に移って、焼酎のボトルを頼んでそれを飲みつつカツの卵とじを一品頼み、それをつまみと昼食代わりにした。彼の座ったカウンターの向こうのテレビでは、セパ交流戦の阪神戦が放映されていた。

 この日は日曜。

 プロ野球はどの球場も、すべてデーゲーム。

 まだ暑い盛りでもないので、ナイトゲームはない。


 この日幽霊の母子を見た人は、彼を除いて、誰もいない。


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