ルリ

桜庭ミオ

第一話

 中学校の昇降口から出ると、カラスのような声がした。空をあおげば、どんよりとした雲が広がっている。後ろからにぎやかな声が聞こえてきて、あたしは学生鞄と傘を持ったまま急いで階段を下りた。


 しばらく進み、校門をくぐる。泥の匂い。湿気を帯びた風が肌にまとわりついて離れない。今日も疲れた。


 入学して二か月経つけど全く慣れそうにない。未だに、他の小学校から来た子達があたしのことをジロジロ見るし。


「――あっ、妖怪とか見える子だっ!」


 大きな声に、ドキッとする。女子だ。


「梅雨でジメッとしててダルイのにさ、アイツがいるなんてサイアクー」


 別の女子の声がした後、走るような足音が近づいて来る。そして、傘と学生鞄を手にした制服姿の女子が二人、あたしを追いぬいていくのが見えた。彼女達が角を曲がった後、痛む胸を押さえて、深呼吸を繰り返す。


 人間が嫌いだ。

 物心ついた頃から、他の人には見えない存在が見えていた。それは動物や、人の姿に見えることもあったし、よくわからないこともあった。形がはっきりしないというか、なんかいるのが見えるというか。


 気配だけ感じることもあったし、音だけ聞こえることもあった。それを周りにいる大人達や子ども達に話すと、嫌そうな顔をされたり泣かれたり、『こわいこと言わないでっ!』って怒られたりしたので、そういう話をしなくなった。


 それでも、ふしぎな存在が見えたり、いきなり声や音が耳に届けばおどろくし、顔が強張るし、逃げたくなるものだから、中学生になった今でも、挙動不審とか、気味が悪いと言われたり、怖がられたりする。


 歩道脇に植えられている紫陽花。その花を見て、鼻の奥がツンとする。涙が出そう。


 歩いていると時々、視線を感じて立ちどまる。顔を上げれば電線や木の枝にカラフルな鳥がいるのが見えた。この町には普通の鳥もいるけど、そうじゃない鳥も多い。あたしがルリと出会ってから、ふしぎな雰囲気の鳥が増えた気がする。


 ルリの知り合いはみんな、あたしを見ても攻撃しない。理由は、ひたいにルリの獲物えものだというシルシがついているから怖くて食べようという気にならないのだそうだ。


 印のおかげでルリにはあたしの居場所がわかるらしいけど、あたしには印が見えないし、ルリがどこにいるのかわからない。あと、獲物扱いは悲しい。


 神社の近くを歩いている時。


 ふいに、甘ったるい臭いを感じた。嫌な感じだ。緊張しながら足をとめ、視線を動かす。

 ヌゥッと、道路の真ん中辺りに、ザクロ色の鯉が現れた。大きな鯉が、ギョロリとした黒目でこっちを見て、ニタァと笑う。


 その時、身体が震えた。寒気と気持ち悪さがあたしのすべてを支配する。嫌なのに、今すぐこの場から離れたいのに、金縛りみたいになってしまい、どうしたらいいかわからない。背筋に冷たい汗が流れる。


 ザクロ色の鯉は、でっぷりとした魚体をくねらせた。


「いやーん。とってもおいしそうなニオイがするって思ったらぁ、若くてピチピチしたニンゲンがいるわぁ。ウフフフフ」


 逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ。

 気持ちは焦るのに動けない。


「じゃあ、行くわよぉ!!」


 ザクロ色の鯉が勢いよく飛び跳ねる。

 助けてっ! ルリッ!

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