第5話 駄肉下っ端女神は命の危機に晒されつつ、味方を手に入れる。

下界の人々が熱中症だなんだと倒れないと良いなと思っていると、エルグランド様は私の世話をする女神たちが一人もいない事に気がついたらしく、暫く考え込んだ様子だったけれど、チラッと私の顔を見つめるや否や――。



「取り敢えず、新たにフィフィの世話が出来る女神を配属しようと思うが、太陽神殿でも生活できる女神となると限られる。そう言えば君の友人のタイリアは仕事を失ったばかりだったな?」

「何故そこまで情報を知っているのかを聞くのが怖いので流しますが、その通りです」

「確か風の女神だったか? それならば太陽神殿でも生活は出来るだろう。直ぐにフィフィ専属の女神として雇おうと思うが?」

「あ――多分喜ぶと思い……ます? 給料は良くしてあげてくださいね」

「他ならぬ君の願いだ、聞き入れよう。直ぐに手配してくるから待っていなさい」



そう言うとエルグランド様は部屋を出て行き、思わずホッと息を吐いたところでもう戻ってきた。早すぎないか?

そう思ったが、エルグランド様専属の執事みたいな人が何人もいるらしく、彼等が代わりに動いてくれることになったらしい。

タイリア……自由で居たかっただろうけれどごめん。

最高位太陽神を前にしたら、どうしようもないよ。

まぁ、眼をつけられた時点で終わり――ではなく、運が良かったと思って働いて貰おう。



「さて、情報交換は出来たかな? 俺の愛の深さをきっと噛みしめて嬉しく思ったと思うが、これから苦労させた分だけ永遠に糖分を大増量して幸せにしようと思っている。是非俺の事も同じくらい愛してくれると嬉しい」

「添加物大盛りでも良いですか?」

「添加物は身体に悪い。故に天然物で頼む。俺はグルメなんだ」



グルメだったら最下位下っ端の豊穣の女神なんぞにうつつを抜かしたりはしないと思う。

緩い太陽神殿専用の高級な服の中はダルダルの肉だぞ、脂肪だぞ。

向上心があったわけではないから豊穣の女神の持つ豊満ボディとは程遠いというのに。

もしや――。



「エルグランド様、もしやお目が悪い……?」

「視力は9・0だが?」

「目が良すぎて分からないんですね?」

「なにがだ?」

「いえ、私の様なお肉ボディなんて需要ありませんよ? やはりもう一度考え直した方が宜しいのでは?」



貴方の名誉の為にも、私の平穏の為にも。

是非美しい女神を隣に添えた方が良いかと思いますけど??



――と、そこまで言った途端、無表情になったエルグランド様に私は首を傾げていると――。



「フィフィは俺を煽るのが上手いな? これだけ愛を伝えても一ミリも伝わっていないと見える」

「いえ、一応は伝わりましたよ? ですが最高位の太陽神ともなれば、隣に立つべきは雑草よりは誰もが目を引く美しい花の方が宜しいのではと」

「分かってない!!!!!!」



今日一番の熱波!!!

あーあーあー! 困ります困ります! 熱波が強い強い!!

吹き荒れる高濃度な熱波に髪がチリチリになってしまう!!

豊穣の女神と太陽神って本当は相性悪いんじゃないの――!?



「君は君の魅力を、全然分っていない!!」

「熱波を止めてください熱波を!!」

「俺の愛は永遠に不滅だ! 一度燃えた炎を止めることは出来ない!!」

「分かりましたから熱波を抑えてください!! 燃えちゃいます!」

「俺の想いに身も心も燃えてくれ!!」

「物理的に燃えちゃいます!! あーあーあー!! エルグランド様から発せられる太陽光も刺すように痛い!!」

「俺の! 気持ちを!! 受け止めてくれ!!!」



脅しか!! この状況は脅しか!? 命に係わるんだぞ!!!



「私の様な最下位下っ端豊穣の女神は! 今の状況で魂ごと燃え尽きて死にそうです!」

「む!!!」

「熱波と太陽光を抑えてください!!」



私の命がけの呼びかけに、エルグランド様は次第に心を落ち着かせたのか熱波は止み、突き刺さる様な太陽光も収まった……。

危ない、本気で命の危機だった。



「す……すまない。気持ちが高ぶってつい」

「殺されるかと思いましたよ。ペナルティ1です」

「むう」

「後、私腐っても最下位下っ端豊穣の女神なので、程よい太陽光はウエルカムなんですが、熱波と突き刺さる太陽光は嫌いです。後、水も欠かさないでください」

「そうだったな。では専属の水の女神も用意しよう! 安心しろ、エナリスのような者は呼ばん。水の女神ミューラに頼んで、フィフィを大事に出来る女神を連れてきて貰おう」

「是非お願いします。カラカラです」

「直ぐに手配してくる、少し待っていてくれ」



命がけのこんなやり取りを……何故せねばならんのか。

取り敢えず命があるだけでも助かったと思うしかない……。

つ……疲れた。

少しの間眠りたい……。

そう思った途端、敵の陣地の中だというのに座り心地の良いソファーにもたれ掛かって眠ってしまったのが、運の尽きと言うモノだろうか?


目が覚めると、今まで寝たことが無い程ふわっふわのお布団と、素晴らしく寝心地の良いベッドの上で眠っていた様で――隣には服を脱ぎ捨てたエルグランド様が私を撫でながら見つめていた。



「ヒッ」

「最初に言う言葉が悲鳴か?」

「裸で隣で寝ないでください!!」

「おやおや? 小さい頃は俺のオムツ交換をし、トイレトレーニングも一緒にした上に、真っ裸の俺の着替えもしていただろう? 今更恥ずかしがることはあるまい」

「あの頃とは成長して見た目も変わっています! なんて破廉恥な!!」

「だが気分は良くなっただろう?」

「あ、確かに気分が、」

「上質の水もタップリ、柔らかな太陽光もタップリでしたからね。栄養満点です」



聞こえてきた声の方を向くと、美しい水の女神であることが分かった。

優し気で儚げな女神に呆然としていると、彼女はクスクスと笑い始め、私の手を離すと恭しく頭を下げてきた。



「この度、フィフィ様のお世話係りに任命されました、エルナターナと申します。エルナと呼んで頂けたら幸いです」

「エルナ……」

「エナリスの姉だそうだ。優秀で穏やか、姉妹で随分と違うものだな」

「エナリスがフィフィ様を随分とイジメていたという話を聞き、水の女神全員が卒倒しそうでした。特に水の女神の長であるミューラ様は大層お怒りで。エナリスは下っ端の水の女神に神格を堕とされ、子供の園には新たな水の女神が派遣されましたのでご安心下さい」

「大丈夫なんですか? エナリスが言う事を聞くとは思いませんが」

「ミューラ様の言いつけを聞けないのであれば、消えるまでです」



神の世界、恐ろしい……下っ端には厳しい世界なんだよなぁ。



「フィフィ様は最下位の下っ端豊穣の女神とは言え、最高位であらせられる太陽神エルグランド様が唯一愛したお方。その地位は下っ端ではなく、最上位と並ぶほどの神格と言えます。わたくしはフィフィ様のお世話を誠心誠意行い、質のいい水を欲しい時に欲しい分だけ与えながらエルグランド様のお隣で健やかに愛されて行くのを見るのが、今からとても楽しみです」

「はぁ……そう……なんですね?」

「はい。愛とは尊いもの。それを目の前で見ることが出来るなんて、ご褒美としか言いようがありませんわ」



そのご褒美、余り与えられない気がします……すみません。

そう言いそうになったのを何とか堪え、ベッドから起き上がると確かに疲れていた身体が随分と楽になったような気がする。

水の質が良かったからかな?

今まではお金を出してエナリスから水を買ってたけれど、これからはそう言う事は無さそうで安心する。

姉妹なのに水の美味しさがここまで違うなんて……不思議だわ。

エナリスの水って苦かったのよね。



「これからは、俺からの温かい日差しと」

「わたくしの美味しい水で」

「程よい風はアタシから」

「――タイリア!」

「よっす!」



会いたかった我が友よ!!!

色々聞いて欲しい、此処に来てからの怒涛の時間をタップリと!!

そう思い駆け寄ると、タイリアは恭しく頭を下げた。



「友として、そして程よい風として参りました。これからよろしくな!」

「ありがとうタイリア!」

「俺専用の太陽神殿と言うだけあって苦労も多いかもしれないが皆、フィフィをよろしく頼む。何か起きたら即連絡をするように。フィフィに対して敵意を向けた者は即座に俺に伝えるようにしてくれ」

「「畏まりました」」

「それと、フィフィの部屋を案内してあげてくれ。今はまだ夫婦用の部屋は断られそうな気がしてな……君たちの部屋もフィフィの部屋の前と横にしてあるから有事の際は直ぐに動けるように頼むぞ」

「「はい」」

「では仕事に行ってくる! そう遅くはならないと思うから戻ってきたらフィフィに抱きしめて欲しい」

「……熱くなければ」

「太陽神とは常に熱いものだ」

「死にますよ?」

「火傷しないように心がける」

「分かりました、行ってらっしゃいませ」

「うむ! 行ってくる!」



そう言うとエルグランド様は魔法で服を一瞬で着ると颯爽と歩いていかれた。

そして、今寝ていたこの部屋は誰の部屋だろうかと二人を見ると――。



「此処はエルグランド様の寝室です」

「即刻! 直ぐに私の部屋へ案内してください」

「畏まりました」

「行こうぜ、色々話を聞いてみたい所が沢山ある。寧ろ何故こうなった?」

「私が一番それを聞きたいかもしれない」



そんな事をタイリスと話しながらエルナさんに着いて行きつつ、これからどれだけ生きて行けるだろうかとブルリと身体を震わせたのは言うまでもない。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る